第27話 終息

「ギ、ガァァァアアアアアア!!!??!?」


 聖剣と魔剣の一撃。

 威力だけならAランクにも引けを取らない超級の斬撃が二つ、同時にザッハークを切り裂いた。

 いかに堅牢なドラゴンの鱗や甲殻を有しているとはいえ、無敵の存在じゃない。

 白と黒が混ざり合い、一つとなった魔力の暴風は竜の身体を執拗なまでに滅ぼしていった。


「──ァ、ガ……」


 それでも原型を保っていられるのは流石魔王というべきだろうか。

 しかしもう体力は残っていないのだろう。

 全身から夥しいまでの血液を流していた。

 膝をつくと、そのまま無様に倒れ伏した。


「……勝った」

「勝った、のか」


 僕だけだったら勝ち目なんてなかった。

 僕ら二人だけでも勝てなかった。

 セレナさんの治癒があって、初めて背後からの不意打ちを成功させられた。

 つまりは僕ら『聖剣の勇者』パーティの勝利だ。


「……どうして」


 ふと、そんな声が背後から聞こえた。

 マリィちゃんだ。彼女は涙で顔をぐしゃぐしゃに汚しながら、震える声で尋ねてきた。


「……関係ないのに……私のこと、捨てたくせに……どうして、そんなになってまで助けてくれたの……?」

「そんなこと」

「決まってんだろ」


 僕らは二人、意図せず声を重ねて答えた。


「僕が、勇者だからだよ」

「俺が、兄貴だからだよ」


 答えまでは重ならなかった。

 けれどそれでいい。

 僕とアルスくんの関係は、きっとそんなものなのだろうから。


「っ……あり、がとう……」


 泣きじゃくるマリィちゃんを介抱する。

 この場も安全とはいえない。このまま泣き止んだら、地下室に避難させるべきだろう。

 

 そのあとはセレナさんに回復してもらって再度王都のワイバーンやレッサードラゴンを倒して回る。

 ザッハークに時間を取られすぎた。

 一体どれだけの被害が出ているのか。考えるだけでも肩が重くなってきた。


「よし、じゃあ地下室にいって」

「──ゲヒッ、ギヒヒヒッ」


 立ちあがろうとした瞬間、倒れたはずのザッハークが気持ちの悪い笑い声を上げた。

 まだ動けるのか。

 僕たちは戦闘態勢に入った。


「まさか、育つ前の若鶏にやられるなんてなァ……俺様もヤキが回ったってことか」

「ハ、今のテメェに何かできるとでも?このまま焼き入れてステーキにしてやんよ」

「確かに、動けそうにはねェな」


 俺様はな、とザッハークが呟いた。

 直後のことだった。

 奴の体から流れ出た大量の血液が泡立ち、複数の異形となって生命を象り始めた。


「これは……ベノムリザードに、レッサードラゴン!?」

「俺様の特性の一つ『眷属生成』だ。血液を媒介に竜に属する魔物を生み出すことができる」


 そうか、合点がいった。

 最近になって急に繁殖し始めたベノムリザードに、本来王都近郊で見られないはずのレッサードラゴンの群れ。

 そしていきなり王都を襲ったドラゴンの軍団。


 数が控えめなドレイクやワイバーンはまだしも、数百のベノムリザードやレッサードラゴンは今までどこに隠れていたのか。

 その答えがこれだったのだ。


「今作れるのは精々十数体だが、消耗したお前たちに倒せるかァ?よしんば倒せたとしても、今の戦闘音を聞きつけてじきに魔物も寄ってくる。勝ち目なんてなかったのさァ!」

「クソ……!」


 聖剣は魔力消費こそしないものの、体力の消耗が激しい。加えてアレフスラッシュを二度も使った影響で疲労困憊だった。

 アルスくんも同じような状態だろう。いくら回復してもらったとはいえ全力の魔力を込めた一撃を放ったのだ。

 今の僕らに、十を超える魔物を相手取る力など残っていなかった。


「ギャハハハハ!結局最後に嗤うのは俺たち魔物だ!!残念だったなニンゲ」

「へえ、最後に嗤うのが魔物だって?」


 その声が響くと、全く同時のことだった。

 ──空から降り注いだ無数の光線が、十数体の魔物を一気に消し飛ばした。


「ハ?」

「面白い冗談だ。嗤ってやるよアッハッハッハ!」

「あれは……師匠!?」


 空を見上げる。

 そこにいたのは『賢者』リオルカ師匠だった。

 暗黒色のローブを風に揺らしながら、金色の眼が瀕死の竜人を見下ろしていた。


「っと、遅れて悪かった。下手に本気出して向こうに隠し球があっても厄介だからな。戦力の見極めに手間取っちまった」

「いえ……助けてくれてありがとうございます、師匠」

「礼を言うのはこっちの方だ。よくみんなを守ってくれたな、ユウ。ついでにアルス」

「……へへっ」

「けっ」


 地面に降りてきた賢者に褒められ、頭を撫でられる。さっきまで張り詰めていた緊張が嘘のように解けていった。


「馬鹿な、賢者だと……!?先代『聖剣の勇者』に並ぶあの……!?そっ、そんな化け物がいるだなんて聞いてねェぞ!?」

「ほー、魔物の癖に物知りじゃねぇか」


 賢者が一歩を踏み出す。

 それだけでザッハークは先ほどまでの威勢が嘘のように怯え、後ずさっていく。

 Aランク超の魔王が心の底から怯えている。

 これが、賢者の威光だった。


「だ、だが外にはまだ大勢の手下がいる!それに内側にも!」

「親玉のオマエを確認した時点で全員ぶっ殺してやったよ。たかがBランクが精々の有象無象が、何百体集まったところで一分もありゃ殲滅できんだよ」

「……う、そだろ」


 聴力を強化して王都の様子を探ってみる。

 確かに、ザッハークと戦い始める前まで聞こえていた悲鳴が聞き取れなくなっていた。

 それどころか、魔物の生命反応を何一つ感じられなくなっていた。


「因みに人死にもゼロだ。リリィの奴が頑張ってくれたおかげだな。ハ、強襲かけた割にはお粗末な出来だったな『暴食の魔王』」

「ありえねェ……こんなッ、こんなことォ」

「よくもオレのユウに手を出してくれたな」


 ザッハークはなけなしの力を振り絞って立ち上がると、鋭い爪を立てた。


「あってたま」

「知るか死ね」


 『特級閃光魔法エストレイザ』。

 上級すら超える特級魔法の光線が、竜人の息の根を首ごと完全に消し去った。


 それが終わりの合図だった。

 『暴食の魔王』ザッハーク率いるドラゴン軍団による王都襲撃事件は、こうして幕を閉じたのだった。

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