第26話 『魔剣の勇者』アルス
手応えはあった。
確実に、『
これまで幾度となく強力な敵を撃ち倒してきた。
ワイバーン、ゴーレム、そしてアルスくん。
いずれもランクで表すならBランクの強者たち。
それらを一刀の下切り伏せてきた一撃を、僕は心のどこかで信用し切っていたんだと思う。
だから。
カウンターを貰うなんて、想像すらしていなかった。
「ご、ぱ」
斬撃を叩き込んで油断した隙に撃ち込まれた尻尾の一撃。
普段ならまだしも、大技直後で強化の解けていた僕には致命的だった。
「だ……だい、じょうぶ?」
気がつけば、いつの間にか近寄ってきたマリィちゃんに心配されていた。
違う。僕が吹き飛んできたんだ。
激痛に蝕まれる全身を何とか鞭打って動かすと、そこに信じられない光景が広がっていた。
「見え見えの大技……ッ!だってのにやるなァ聖剣の勇者ァ。咄嗟に地面で作った剣を盾にしてなきゃヤバかったぜェ……」
ザッハークが、全身傷だらけで震えていながらも、両の脚で直立していたのだ。
「嘘だろ……アレフスラッシュだぞ。聖剣の、一撃なんだぞ……!?」
最強の手札が、致命傷にならなかった。
その事実が、僕にどうしようもない絶望を感じさせてくれた。
「いいぜェ、やっぱ食事ってのはこうでなくちゃ!下拵えはここまで!!こっからはメインディッシュ、本番だァ!!」
ザッハークが再度口元に炎を集中させる。
ブレスが来ると思って警戒したが、様子がおかしい。
膨大な火炎はザッハークの両手へと収束していくと、やがて巨大な一つの炎の爪を形成した。
「『
「……冗談だろ」
あんな馬鹿げた威力の高熱が竜の魔爪に付与されたなんて、とんだ悪夢だ。
ただでさえ薄い勝機が一層薄まる。
奴はここからが本番だと言った。
つまりこれまでは本気じゃなかったということで。
「さァ、イタダキマァス!!」
「マリィちゃん息止めて!!!!」
迫り来る炎爪に対して、僕はマリィちゃんを抱えて跳躍力を強化することで飛び越え回避した。
直後に起きたのは爆発だった。
高熱により大気が膨張し、轟音を発したのだ。
「ぐ、うぅ!?」
「ああクソ、調整ミスった……!」
背中を打ち付ける熱と空気だけでもう痛い。
マリィちゃんを抱えて地面を転がり、勢いが止まったところで即座に体勢を立て直す。
どうする。手はもうない。
もう一度『
最悪発動すらしないかもしれない。
どうする。
或いは全て見捨てて逃げ出すか──?
「あ、ぁ……」
なんて。
そんな真似、泣いてる子供の前で出来るはずがなかった。
覚悟を決めろ。
命を賭けろ。
魔王を倒すのが勇者だろ。
だったら背中を向ける選択肢なんて考えるな。
「だ、いじょうぶだよ、マリィちゃん。絶対に君を守ってみせる。だから安心して」
「む、無理だよ……あいつ、お兄ちゃんを爪で……あ、あんたっ、殺されちゃうよっ!?」
「ヒャハハハ、よく分かってんなァ雌ガキィ!」
再び火炎の爪が燃え盛る。
それも今度は両腕を上下に構えて、まるで竜の顎のようだった。
奴の本気だろう。
間近に迫った死の恐怖を、勇気一つで踏み潰す。
「守ってみせるゥ?馬鹿が、勝ち目もねェのにンなコトできるわけねェだろうが!現実見ろよ『聖剣の勇者』ァッッッ!!」
「──勝ち目なんてなくたって!!」
剣の柄を握り締める。
「勝ってみせるから!!勇者なんじゃないかッッッ!!!!」
「だったら守ってみせろやヘボ勇者ァァァ!!!」
『
紅焔の竜と化して襲い掛かる炎爪の顎に対して、光の斬撃を叩き込む……!!
「『
「『
爆熱と極光が衝突する。
それは一つの災害のようだった。
全てを吹き飛ばす閃熱が、あらゆる物を破壊し尽くして止まらない。
それでも死力を尽くして、背後への被害だけは食い止めてみせる。
「どうした聖剣の勇者ァ!?さっきのが強ェぞォ!?」
やはり連続の使用は出力不足を招くのか、徐々に押し込まれていった。
死ぬ。死ぬ。死ぬ。
具体的な死が、炎となって目の前にあった。
──ごめんなさい師匠、僕はここで死ぬかもしれません。
逃げろと言ってくれた賢者に対して申し訳ない気持ちがあった。
けれどそんなもの、今はどうだっていい。
「なんで……死んじゃう、死んじゃうよおっ」
「き゛まってる゛」
ワイバーンの時と同じ。
「助けた゛いって、思゛ったから!!」
「オメェ──唆るじゃねェかァ!!」
全身の穴という穴から血を吹き出す感覚。
体に残る全ての力を振り絞る。
この後どうなってもいい。全霊を尽くす。
だってそれこそが。
魔物の恐怖に負けず、己の気持ち一つで死地に赴く背中こそが。
僕が、勇者になりたいと憧れた理由なのだから。
「誰も、お前なんかの食い物になんかさせない……!!マリィちゃんは守ってみせる!!」
そうだよね、父さん。
そうですよね、師匠。
「そうだろ──あっくん゛ッッッ」
「ッ!?」
ブレスによる莫大な熱量。
それによってザッハークも気付かなかった最後にして最大の伏兵。
「そうだよ、クソが……ッ!」
回復し、右腕も繋がったアルスくんが魔王の背後に迫っていた。
☆
両親を亡くして、俺と妹は二人で過ごしてきた。
マリィは根が臆病で他人と関わるのが好きじゃなかったし、俺がいないと一人ぼっちだった。
だから孤児院でも、常に妹と一緒にいた。
「『
魔法は両親から習っていた。
どうやら俺には才能があったようで、少し教えて貰えばすぐに覚えられた。
だから、七歳の時には既に一通りの初級魔法は扱えていた。
「素晴らしい!この才能は是非王立勇者学園で伸ばすべきだ!」
それが偶々孤児院にやってきたお偉いさんの目に止まって、平民ながら学園入学の資格を得た。
嬉しかった。
これでより強くなれる。
強くなって、父さんと母さんを殺した魔物どもを殺してやれる。
これで、妹を守る力を手にすることができる。
「なんで、行かないで!行かないでよお、お兄ちゃん!!」
孤児院にだっていつまでもいられるわけじゃない。自立して職につかなくちゃいけない。
だからこれは一挙両得の道なのだ。
力も金も、地位だって手に入るかもしれない。
だから妹に嫌われることになっても、選ぶべき道だった。
「ぼ、僕はユウっていうんだ。よろしく」
最初に会った時は、やたらビクビクした奴だとしか思わなかった。
弱そうにしか見えないが、次代『聖剣の勇者』なんて肩書を背負っている以上、何かを秘めた奴なのだろうと思った。
だけど、奴には何もなかった。
聖剣どころか魔法も使えない癖に、地位と権力だけで学園にしがみつく浅ましい貴族の子息。
それが、そう。
平民の身分で、努力を積み重ねてここにいる自分の癪に、大いに触ったから。
「よう無能、テメェが勇者になれるなんて本気で思ってんのか?」
だからイジめた。
こんな奴がここにいてはいけない。
同じ土俵に立っているなどあってはならない。
だから馬鹿にして、見下して、蔑んで。
見当違いの正当性を主張していた。
だけどきっと、そうじゃなかった。
無能でも、スライム相手に半日かけて死闘を繰り広げていた。
無能でも、せめて魔物の知識だけでもと必死に学んでいた。
無能でも、何度罵倒を浴びせても学園に通い続けてきた。
無能でも、ワイバーン相手に怯えて逃げ出した俺とは違って、勇気を持って飛び出した。
勇者とは武勇を兼ね備えた者だという。
だけど俺には勇が決定的に欠けていて。
あいつには武が決定的に欠けていて。
勇者として自分にないものをユウが持っていることから目を逸らしたくて、俺は。
「本当、なにやってンだ、俺」
同じ土俵に立てていないのは、俺の方だった。
「遠慮なくぶん投げやがって、死ぬかと思ったわ……!」
ユウに投げられた後、奴の狙い通りセレナがいる地下室の入り口に着地した。
突然の音に警戒しながらやってきた奴はすぐ状況を察したのか、治療に当たった。
『
部位さえ残っていれば千切れた手足すら繋げられる光属性の回復魔法を、奴は習得していた。
「はい完了!解毒もしといたからね!」
「……あんがと」
「えっなに急に殊勝に謝ってきたこの人。こわ」
ぶっ飛ばしてやろうかと思った。
だがこんなところで時間を浪費している暇はない。
今も肌を突き刺すような魔力の嵐が、戦闘の継続を物語っていた。
あいつが俺を助けるためだけに無茶をやらかしたとは思えない。
必ず逆転の一手として打ったに違いない。
だからこれから何をするかは決まっていた。
「そうだよ、クソが……ッ!」
大技同士の衝突で気を取られている『暴食の魔王』の背後を取る。
完全な死角。それもユウの一撃に対抗するために、俺の攻撃に対応する余裕は残ってない。
懸念すべきは尻尾のみ。
だが、同じ手を二度食うほど馬鹿ではなかった。
「クソッ、前菜風情がァッ!!」
「ハッ、勘違いすんなよ魔王サマ」
『
『
『
『
四種の上級魔法を一つに混ぜ合わせて放つ混沌を魔鉱剣に付与し、漆黒の魔剣へと変貌させる。
これまでは未完成で纏めきれていなかったソレは、賢者の指導によって奥義として完成していた。
「今のは当たるとちょっとヤバそうだったんでなァ」と奴は言っていた。
ならばこの一撃は、魔王にだって届くはず。
「俺
純白と漆黒。
相反する究極が、火炎の竜を押し潰す……!
「『
「『
「「──、
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