五体の小さな英雄

なんだ……苦しい……


息苦しいぞ……


なんとか眠い目をこじ開けるユウマ。


ん……むごっ!!?!!!??!


こっ!?この感触は!!?


ラウがユウマに抱きついている!そしてユウマの顔はラウの柔らかい胸に埋もれていたのだった……



「ンン……ちょっと……変なトコで動かナイで…………ヨ?」



……


…………


………………



「こ……コノ……変態ドスケベ最低オトコーー!!!!!」


「ちょっ!?まっ……」



嗚呼ぁ~~~~~……


2日連続で理不尽パンチを食らうのは前世でも今世でも初体験である。


氷で部屋が冷えすぎたせいで、無意識に俺に抱きついてしまった……らしい。



「か……風邪をひかないヨウに私ノ優秀な防衛本能ガ働いたノヨ!!」



そうですか……


寝てる男に抱きつくような防衛本能が本当に優秀なんですかね?なんてことはもちろん口に出せるはずもない。


何はともあれ、トレーネの冒険者チームが明日には町に戻るらしいし、今日は美味いもの探しの町内散策だな!


ラウ、そしてルルと共に町中を歩いていると、今日も口の悪い兎っ子が町の人たちの手助けをしているようだった。



「あらあら、今日もてとらちゃんはとっても元気ねぇ」



てとらの様子を遠目から見ていたら、花屋のお姉さんがそう呟いた。



「アレ?今日は魔兎たちは一緒ジャないのかナ?」


「あら、あなた達見かけない顔だけど、魔兎ちゃん達のことを知っているの?今日は町の子供たちと遊んでくれているようよ」



てとらもそうだけど、魔兎たちまで面倒見が良いんだな。


国から追われたてとら、普通の兎にも魔物のデスラビットにも馴染めない魔兎。


このトレーネの町はそんなあの子たちにとって安住の地なんだろうな。


町を色々と見て回り、ラウとルルの熱烈なリクエストもあり昼食は町の中心に位置する肉料理屋となったのだが……


料理屋の前でばったりてとらと会ってしまった。


昨日のこともありちょっと気まづい……



「あ、てとら……昨日は……ごめんな……」


「……別に気にしてねーてと」



……


…………


やばいやばいやばい


会話が続かん!!!!!


何か会話せねばと思考を巡らせた瞬間、常に展開していたユウマの探知魔法「シャロック」が反応した!



「魔物だ!二体……、一体は町の東側。もう一体は……こっちに急接近してくるぞ!」



ユウマの言葉を聞きラウとてとらが身構える!



「もうかなり近い!…………上だ!!」



ユウマたちが空を見上げると、まるで氷を身にまとっているような巨大な鳥型の魔物が現れた。



「こんな魔物……見た事ねーてと……」



てとら同様、俺も初めて見る魔物だ。


黄色オーラ……こんな町中で、しかも空中……厄介だな。



「ブリザバード!氷ノ山脈に住む魔物がドウしてこんなトコロに!?」


「ラウ!あいつを知ってるのか!?」


「兄様カラ聞いたことがあるダケ!氷の山脈から出るコトはないって言ってたノニ!」



ブリザバードは空中を旋回している。


見たこともない魔物が現れたことで町中がパニックだ。



「ドウするのユウマ?他にもう一体イルのよね?」


「この上のやつを速攻で倒して残りも始末する!」



ユウマが右手に魔力を込めた瞬間、頭上のブリザバードが町の西側へと飛び去っていく。


なんだ……俺の込めた魔力に気がついたのか?勘のいい魔物だな……



「……あんた、強いてとか?」


「……強いかどうかは分からないけど、あの魔物を絶対に倒せるぐらいの強さは持ってるよ」


「なら今のやつはあんたに任せるてと。東側のはてとらがやる!」



シャロックの反応では恐らく東側にいるのもブリザバード。


強さは二体とも同等だろう。


てとらのオーラは青色、ブリザバードのオーラは黄色……無茶だ。


でも今は緊急事態……



「了解だ!ラウ!てとらのサポートを!ルルは俺と一緒に来てくれ!」


「OKヨ!でもユウマ、アノ魔物のオーラ……」


「分かってる。すぐそっちに駆けつけるから何とか耐えてくれ!」



ユウマは静かに目を閉じた。


融合……融合……融合……


『オーバードライブ!!』


ユウマを包み込むオーラが激しく逆巻く!



「二人にも俺のこの魔法をかけておくね」



ラウ、てとらがオーバードライブの魔力に包まれる。



「すごい……こんな感覚初めててと!!」


「そうヨ!ユウマはスゴいんだからネ!!」


「じゃあ俺は西側のやつを倒してくる!よっと!」



ズドンッという音と、地面に深くめり込んだ足跡を残し、ユウマは一瞬でラウ達の視界から消えた。



「あいつ……こんな高等魔法を無詠唱で……いったい何者てと……」


「話はアト!わたし達もハヤク東側へ急ぎまショウ!」



ラウたちが東側へ向かおうとすると、その東側から数名の子供たちが駆け寄ってくる。


何かを叫びながら走って来ているようだ。



「……………………んだー!」


「…………大変なんだー!」


「てとらお姉ちゃん!!魔兎さん達がっ!魔兎さん達が大変なんだー!!」



向かってくる子供たちは魔兎たちが遊び相手をしてあげていた町の子供たちだった。



!!?


「あんた達!何があったてと!!!?」


「氷の鳥の魔物が来て……私達に向かって来たの……そしたら魔兎さん達が守ってくれて……私達を逃がしてくれて……」


「僕達……どうすることも出来なくて……てとらお姉ちゃん……このままじゃ……魔兎さん達が死んじゃうよーー」



静かに拳を握り締めるてとら。



「あんた達が無事で良かったてと。魔兎たちもきっと大丈夫!あとはこのてとらちゃんに任せるてとよ!」



てとらの全身に力が漲る。



「先に行ってるてと!」



そう呟くとすごいスピードでてとらは町の東側へと向かって行った。



「あなた達はタテモノの中に早くカクレて!魔物はわたしタチがなんとかするカラ」



子供たちを屋内に誘導し、ラウも町の東側へと急ぐ。


全力で走るてとらは、魔兎とのこれまでの事を思い返していた。


どこにも馴染めない魔兎たち、最初は気まぐれで助けただけだったのに、いつの間にか魔兎たちはてとらにとって大切な家族となっていた。



「いま行くてとよ!!」



一方その頃、町の西側では空中から町中に向けて攻撃を仕掛けるブリザバードの姿があった。



「させないよ!」



ブリザバードが口から吐いた氷属性のブレスを炎の壁が遮る。


『フレアシールド』


ふぅ……念の為に30回の重ね掛けをしたフレアシールドにしたけど、20回もあれば十分そうだな。


ブレスを防がれたのを見たブリザバードは、ギャギャギャギャギャと気味の悪い声を上げだした。


ブリザバードの周囲に鋭く尖った巨大な氷柱が幾つも生成されていく!



「おいおいおい……魔法が使える魔物かよ!」



魔法を使用する魔物の存在は父から聞いてはいたが、初めての遭遇である。


あの氷柱の攻撃を防いでも良いが、今のユウマにはとにかく時間が惜しかった。



「ごめんな。ちょっと急いでるからさ……手加減する余裕がないんだ。倒すね」



ユウマの両手に魔力が集中する……


右手に炎攻撃魔法ファイア × 60


左手に風攻撃魔法ウィンド × 40


融合……



「消え去れ……」



『エンドラグーン』


ユウマの両手から激しく渦巻き燃え盛る炎を纏ったドラゴンのような突風が放たれる!


同時にブリザバードから放たれた30本はあろうかという氷柱は瞬く間に消え去り、ユウマが放ったエンドラグーンはブリザバードも容易く飲み込んでしまったのだった。



「よっし!東側へ急がないと!」


ユウマがラウ達のもとへ向かおうとした瞬間、背後から不気味な声がした。


「オイ、ヒトゾク」


なに!?気配なんて無かったぞ!


ユウマが振り向くと、揺らめく影のような何かがそこにはあった……




ーーーーー町の東側




建物の屋根から大ジャンプするてとら!



「てめぇ!おらぁ!!」



飛翔しているブリザバードよりも高く跳び、渾身の蹴りがブリザバードの首元に命中!


その衝撃にブリザバードは地面へと激突した。



「あんた達ぃいい!」



振り向かずに魔兎たちに声を掛ける。


魔兎たち五体がそれぞれ消え入りそうながらも鳴き声をあげた。



「みんな生きてるてとね……あんた達は町の子供たちを救った英雄てと!あとはこのてとらちゃんに任せるてとよ!」



ブリザバードが砂埃の中から起き上がる。


激しく地面に激突したものの、ダメージはあまり無いようだ。


てとらは気にする素振りも見せず突っ込み、持ち前のスピードを活かしブリザバードを撹乱している。


四方八方から攻撃を仕掛けるてとら。


しかし無闇矢鱈に攻撃している訳では無い。


ブリザバードが空に逃げようと、羽ばたく瞬間の隙を狙って的確に攻撃しているのだ。


それでもブリザバードが大きなダメージを受けている様子は無い……しかもイラついているようだ。


ギャギャギャギャギャと不気味な鳴き声をあげるブリザバード!


ブリザバードの周囲に幾つもの氷柱が生成されていく!



「瞬ク炎は瞬きにアラズ、その猛ル業火ヲ以て守護セヨ」



『フレキャスウォール』


てとらの周囲に炎の城壁が現れブリザバードの放った氷柱を全て消滅させた。



「フゥ……間に合ったミタイね」



炎魔法でてとらを守ったのは汗だくのラウだった。



「さすが魔王の妹。すごい防御魔法てとね」



ラウは周囲を確認する。


魔兎タチは無事……ブリザバードはダメージあまりナイみたい……てとらは……!!



「てとら、アナタその手足……」


「あの魔物とてとらは……相性最悪ってとこてとね……」



てとらの両手両足は氷属性特有の蓄積ダメージを受けている状態だった。


ブリザバードは自身に触れた相手に微量ながら属性ダメージを与えることが出来るようで、何度も攻撃をあて続けた事が裏目に出てしまったのである。



「てとら、魔族ノ私の回復魔法は他種族ニハ効果がナイ。フレキャスウォールもそうナンドも使えナイ……」



唇を噛み締めるてとら。



「このバカタレはてとちゃんの大切なものを傷つけたてと……絶対に倒す!」


「……わたしモ付き合うワヨ」


ユウマ……ハヤク来て……



その頃ユウマはラウ達のもとへ向かっていた。


あの影のやつ、探知魔法にも引っ掛からず近距離にいても気配を感じ取れなかった……


でもそれよりも気になることがある。


こんな事は初めてだ。


あの影のやつには……オーラが無かった。


どんな生物も臨戦態勢に入ったり殺気を放つと身体からオーラが出る。


あの影のやつは確実に殺気を放っていた。


なのにオーラは無い……


いや、色を認識できないだけ?色無しのオーラか……


とにかく今はラウたちのもとへ急がないと!!



ブリザバードと激しい攻防を繰り広げるラウとてとら。


ラウの意識が一瞬飛びかける。


強力な防御魔法を連発して魔力が底を尽きそうなのだ。


てとらの方も両手両足への属性ダメージが大きく、さらに体力も限界に近づいていた。


その場に片膝をついたてとらの様子を、ブリザバードは見逃さなかった!


不気味な鳴き声をあげ、周囲に大量の氷柱を生成する!これまでにない程の量だ!


てとらはアノ様子じゃ動けナイ……わたしノ魔力、お願い……モッテ……


最後の魔力を振り絞って詠唱するラウ。


一人ずつ確実に始末するつもりなのであろう。


ブリザバードの大量の氷柱が全て、てとらへと向かう!



「んぁァァアぁー!フレキャスウォーーーール」



炎の城壁がてとらの前に現れる!


……あァ、ダメ……防ぎ、きれナイ……てとら、逃げ……テ……


炎の城壁を抜けた2本の氷柱がてとらを襲うが、体力の限界から体が動かない!


次の瞬間、氷柱が肉体にめり込む嫌な音が響き渡った……


滴り落ちる大量の血液。


そして、その大量の血のように溢れ出るてとらの涙……



「あ……あ…………あんた達ぃぃいいい!!!!!」



そう。


氷柱に襲われるてとらを、魔兎たちはその身を呈して守ったのだ。



「嘘……てとでしょ…………こんなのって……ないてとじゃん……」



魔兎たちは最期の力を振り絞っててとらに向け優しい鳴き声をあげる。


それはまるで愛するものを守れて満足しているような、そんな優しい声だった。



そして、魔兎たちは……もう動くことも鳴くこともしなくなった……



この日この瞬間、トレーネ周辺に生きる全ての生物が、空気が激しく振動するような感覚に襲われた。


武神が、目覚めようとしている。

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この異世界物語はフィクションです 桜花オルガ @okaoruga

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