第8話 力を合わせて巨悪を倒す正義の魔王軍

「来たか、魔王軍……」


「なんだ。やっぱりただの爺さんじゃねーか」


「フェルシア王国侵攻クイズ!……我々の目的、な~んだ?」


「正解は、貴方の首級です。爆炎王エルヴァルド陛下」


 最初にエルヴァルドに会敵したのはフレイガ、アーバイン。

 魔王軍四天王の風・火コンビ。


「殺し奪うだけの魔物共め、何処からでも掛かって来るがいい!」


 エルヴァルドは、魔王軍の到来を逃げも隠れもせずに迎え撃つ。


「で?遺言はそれでいいか?」


 アーバインは投げ斧を両手に持ち、火炎を纏わせる。フレイガはその背後からスリンガーを構えた。

 二人は左右に展開し、アーバインは勢いよくエルヴァルドに斬り掛かった。


「温いわ、小童共!」


 エルヴァルドの身体の前に、結界の様な障壁が発生し、アーバインの攻撃を防ぐ。

 魔王ヴォルガルが厭悪する、転生者だけが持つ神の力、いわゆるチート防御。


「あるぇ……?」


 自信たっぷりだったアーバインは首を傾げる。

 エルヴァルドは、鬼神の様な表情で既に爆炎を纏った巨大な戦斧を振り被っている。


「爆炎斧撃!」


「ほぶらばッッ!!?」


 魔法の炎を纏わせ、燃え盛る戦斧で斬り付けられたアーバインは火達磨になりフェルシア王城から叩き出された。


「ちょっとまて、このジジイ強すぎだろ!」


 フレイガは得物のスリンガーで狙撃し、一旦エルヴァルドから距離を取ろうとする。


死火絶拳デッドヒート・ブロー!」


「どあんごッッ!!?」


 エルヴァルドはスリング弾を焼き尽くしながら、フレイガとの間合いを一瞬で殺し、火炎を纏った右の正拳突きを叩き込む。

 フレイガは火達磨になってフェルシア王城から叩き出された。


*


「成る程、老いて尚覇王たる威容。相手にとって不足なし」


 大気が紫電を帯びて震えていた。

 アーバイン、フレイガに続いてエルヴァルドに会敵したのはハオカー、魔王直属の護衛。


「お主も魔王軍か、自信ありそうじゃのう」


「我が名はハオカー。魔王軍四天王が一人、雷のハオカー!」


 ピシャ、と空気が膨張し炸裂する音。

 王の間の天井を突き破り、ハオカーに降り注いだ。

 角と武器を帯電させ、ハオカーは構えた。


「爆炎王エルヴァルド。貴殿との戦い、楽しみにしていた。我は一騎討ちを所望する!」


「ヴォルガルの手下風情が、来い!相手をしてやるわ!」


*


「くっ、やりおるわ……!」


 エルヴァルドは、なんとかハオカーを打ち倒した。

 端的に言って、体力的をかなり消耗させられた。

 ハオカー程の猛者が、ヴォルガルの下に就いている事が信じられなかったほどだ。


「魔王様……申し訳……」


「お前達。この爆発ジジイ相手に良く戦った、見事だったぞ」


 最後にエルヴァルドの座す王の間に現れたヴォルガルは、手を叩いて四天王の健闘を称える。

 フレイガとアーバイン、しぶといことにエルヴァルドに吹き飛ばされてからも城壁をよじ登り、ハオカーと相見えたエルヴァルドの隙を伺っていた。


 ここに至るまで、エルヴァルド同様にチート能力を持つフェルシア近衛騎士団を最低でも数十名、ヴォルガルは素手で撲殺して来た。

 返り血を、蛇の舌がぺろりと舐める。


「ハオカーまでやられるとは少々予想外だったが……」


「自慢の爆炎魔法はあと何発打てるかな?エルヴァルド」


 ヴォルガルの戦術配置。

 サンタモニカ、河川氾濫による、近衛騎士団撃破、進路妨害、兵站破壊、王城の孤立化。

 船や筏で城に突入させたオーク軍団、アーバイン、フレイガ、全てエルヴァルドを消耗させる為の捨て駒。

 ハオカー、エルヴァルドの首を獲る本命。

 ハオカーが敗れた場合、この転生者の王を詰むのは自分しかいない。


 まお活も楽ではない。

 だが、兄フェンリルの現世侵攻という"偉業"に比べれば、この程度、魔王的活動としてはまだまだ序の口だ。


「貴様……ヴォルガル……!」


「老いたな。見る影もなく、貴様は弱くなった」


「このぐらい、屁でもないわ!」


 エルヴァルドは焦げ付きボロボロになった着物を脱ぎ捨てた。

 数々の古傷と、未だ筋骨隆々の体つきが露わになる。


「ハンデはもう十分か?弱虫ヴォルガルや」


「フン……ハンデだと?貴様等チート人間と真っ向からやり合う程、俺は愚かではないのでな」


 ヴォルガルは一歩ばかりだが、たしかにエルヴァルドを警戒し後ずさった。


「……それにしても、だ。後継者には恵まれなかったようだな?エルヴァルド」


 ヴォルガルがそう言い、姿を見せたのは王子、エルリックだ。


「エ、エルリック!?」


「父上……!降伏してください。ヴォルガルと交渉しました、降伏すれば我々も、民の命も助けると、彼は約束してくれました!」


「貴様エルリック、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」


「分かっていますとも!」


「この大馬鹿者が!此奴がそんな約束を守る相手だと思っておるのか!?」


「ああ!アンタよりはずっと話の分かる御方だったよ!アンタはいつもそうだ!いつもいつも俺を否定しやがって!」


「まあまあ、二人共。こんな時ぐらい仲良くしたらどうだ?」


 災禍の張本人が仲裁を買って出る胸糞の悪さ。


「貴様、ヴォルガル!エルリックにいったい何を吹き込んだのだ!?」


「別に大したことではない、貴様等王族がこの国を明け渡すなら、これ以上の害虫テロ攻撃をやめる。俺が支配した後、人類の自治領を設ける。そういう″約束″だ……!」


「馬鹿な……!正気かエルリック!?」


「俺は別に、貴様が老衰で死ぬのを待っても良かったんだ、エルヴァルド。その方が合理的だしな……」


「だが貴様との因縁だけは、どうしてもこの手で清算しておこうと思ったんだよ」


「何しろこの俺が……あの魔神王フェンリルの実弟にして、″世界蛇″《ヨルムンガンド》たるこの俺が……!このクソ下らねェ″世界″で躓き、今日まで地に這い蹲り、泥を浴びて来たのはよ、テメェ等クソ転生者共が創ったこのフェルシア王国のお陰だからな……!」


 蛇の眼が、エルヴァルドを睨み付ける。


「だが……貴様等は平和を享受し、こぞってガキ猿共を産み育て、その成長を見守る様になった。このクソみてェなぬるま湯の"世界"でなァ!……天下泰平と言えば聞こえはいいが、長き平和は常に腐敗を生むモンだ……」


「貴様……!」


「エルヴァルド。かつての貴様は、万象を焼き尽くすまさに爆炎の王。覇王と呼ぶに相応しい強さだった」


「だがそれも所詮、俺がこのあいだ粛清した神々に与えられただけの仮初めの力に過ぎなかったな」


「……自分だけは助かるなどと、貴様等の国を売り飛ばした間抜けな臣下共が先に地獄で待っているぞ?」


「待てヴォルガル!?私達を助命し、王国に人類の自治領を設けるという話ではなかったのか!?」


 ヴォルガルの失言に対し、エルリックは血相を変えた。


「ん?ああ、失礼。そうだったそうだった……エルリック王子……貴殿と父、エルヴァルド、そして民の命はもちろん……」


「エルリック!そやつから離れ……」


「助命するわきゃねェーだろ、バァ~~~カ!」


 ヴォルガルが細工を作動させるとエルリックが突如、全魔力を暴走させ、全身の体細胞が肉腫の様に膨れ上がり始めた。


「ぐわッ!があぁッ、がぎぃあああああッッ!あああああッッ!!!」


「貴様、ヴォルガル!息子に何をしたァ!」


「さあな。テメーから遺伝した″人間が本来持ち得ない量の魔力″が全全全部暴走してんじゃね?ヒヒヒヒ、ヒャアハハハハハッ!!」


「エルリック!?おいしっかりしろ、エルリック!」


 エルヴァルドはその先にある結末を否定するように、エルリックの全身で励起状態となった魔力を抑えようとする。


「オラ、まだ助かるかもしれねーぜー?精々気張って息子を助けてやったらどーだー?陛下ー?」


 エルヴァルドの救助も空しく、エルヴァルドを巻き添えにしてエルリックは父と同じ爆炎魔法で爆ぜ飛んだ。

 休戦と和平をチラつかせた王子エルリックの買収、エルヴァルドの弱点。


 これら全て計算の内だったヴォルガルは爆発から、脱皮した自分の皮を盾にして笑い転げていた。


「ヒヒヒ、ヒャハハッ、ヒャアハハハハハハッッ!!この馬ァ鹿共がよォ!ちっと考えりゃすぐ分かんだろ。てめェ直系の子孫なんざ、一族郎党惨殺死刑に決まってンだろうがァッ!!」


「……貴様、ヴォルガル!この悪魔めがァッッ!!」


 息子エルリックの全魔力を励起させた爆炎魔法を至近距離で受け、エルヴァルドは全身に火傷を負い、見るも無惨な有り様だった。

 だが、エルヴァルドは死力を振り絞り、戦斧を振り上げてヴォルガルに斬り掛かる。


「やっぱボケが回ったらしいな?エルヴァルド。……俺ァ、"悪魔そいつ等の王"だよ」


 ゴシャ、と鈍い音を立ててヴォルガルの"斬尾スラッシュ・テイル"がエルヴァルドの左足を刈り取った。


「ぐあッッ!?」


 吹っ飛んだ左脚よりも先に、エルヴァルドは地面に顔を叩き付けられる。

 がらん、と巨大な戦斧が王城の床に転がった。


「んっん~~~♪今の感触。テメェの神の加護防御も、使い果たしちゃった感じカナ~~~?"陛下"ァ~~??キヒヒヒッ!ヒャアハハハハハッッ!!!」


「……それはつまり、テメェのクソチート神の加護耐性でも、息子の全魔力自爆は防ぎ切れなかったって事だナ」


「つ・ま・り。つまりだ。エルリック王子も、テメーが馬鹿にしてたよーな、七光りボウヤって訳じゃなく、それなりの才覚はあったってことだ。時限爆弾扱いは勿体なかったかもなァ、ヒヒヒヒ!」


 言いながらヴォルガルは、エルリックの残骸を踏みつけて粉々にした。


「どうだ~?エルヴァルド。てめえが息子を、もうちッッとでも認めてやってれば、ここで這い蹲ってるのは俺の方だったろうになァ〜〜?"五十年前"みてェによォ……!」


「ま、神から与えられただけ力をテメーの力と勘違いしてのうのうと生きて来たカスに、分かるわきゃねェーよな。″敗者を強いられた側"の気持ちなんざよォ!」


「貴様ァあッ!!ヴォルガル、貴様よくも!」


 千切れた左脚を引き摺りながら戦斧を振り被ったエルヴァルド、ヴォルガルはその顔を思い切り踏み付けて止めた。


「おいおいおいおい、俺様を怨むのは筋違いだろ。俺様がやっとこの国を潰せたのも、テメェをこうして始末できんのも、それもこれも全部!てめェが耄碌しても尚!ずぅ~~っと王の座に座っててくれたお陰だ、エルヴァルド!」


「ぐううゥ、おのれ……おのれェッッ……!!」


「神の力に目が眩んだてめェの無能な采配が、倅も!この国も!全てを台無しにしたんだよ!ヒャアハハハハッ!!ざまアァねェなァッッ!!」


「この卑怯者があッ……!」


「あ?卑怯はどっちだ、このクソチートザルがよォッ!神の力でッ!!散々名君主ヅラしてイキがりやがッてよォッッ!!!死ねェッ!!死ね死ね死ねッ!死にやがれッ!!そんなに転生してェーなら百億回死ねやオラァッッ!!!」


 ヴォルガルはエルヴァルドの顔を蹴り、踏み付け、蹂躙する。何度も何度も、言葉通り百億回でも蹴り付けそうな勢いだ。


「く……ぐうう、ぉおおぉ……」


「あ"あ"ァ"ァ"~~ッッ!!気持ヂイ゛イ゛ィ~ッ!!チート人間サル殺すの、サイッコーの娯楽だァ〜〜〜ッッ!!!やめられねェよォ~~~ッッッ!!」


 ヴォルガルはまさに気が狂った様子で、両手で自分の顔の鱗を剥ぎ取り始めた。


「さて、楽に死ねると思うなよ。チート人間の分際で散々この俺様を虚仮にしやがった罰だ。達磨イモムシ、死ぬまで市中引き摺り回しの刑!」


「テメェーの死刑を執行するのはこのフェルシア国民のサル共だ!拒否った奴ァ、全員テメェと同じ目に遭わせてやる。キヒヒヒヒ、ヒャハハハ!!」


「そんでもって……てめェ等が蛆虫みてーに沸かした転生者共は、俺様が全員狩り殺してやるよォ……!キヒヒヒヒ……!」


「二度と何処の″世界″にも転生出来ねェ様に、世界蛇俺様の牙毒でキッチリ魂をブチ壊してやるァ!……てめェは地獄で息子と仲良く反省会でも開いてなァ〜!」


「ヒヒヒヒヒヒ!ヒャハッ、ヒャハハハハハ!!ヒャアーッハハハハハハッッ!!!」


 フェルシア王城から、魔王の狂笑がこだました。

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