第3話
私のナイフは、確実にその頸動脈を切った。筈だった。
「!?」
「痛く…ないわね。」
傷ひとつ付いていない。その現状に頭が混乱する。
私がこの場に来た目的は、奴隷商人の暗殺であった。私の雇い主曰く、どうにもここの商人の金が隣国の方に流れているらしい。基本的な概要ではあるが、この国での奴隷商売と言うのはそれなりに厳しい制約が課されている。さて、私の知り得るのはここまで。すべきことは、本来ここに居る予定だった少女と入れ替わりあの商人を殺すこと。察するに、それだけ大きななにかが動いているのだろう。
と、そう思っていた。
「完全にイレギュラー…。」
対面したのは、悪魔である。そして、今この少女は悪魔と契約し、力を得た。
本来なら戦う意義などない。だが、長年生きてきた中での本能のようなものだろうか。この少女を放置してしまえばまずいと、そう思った。
「次で仕留める…。」
今一度ナイフを握り、突っ込む。単純に切り裂くことができないのであれば、刺突する他ない。幸いにも、彼女はこちらの速度に付いてくることはできないようである。ならば、なおのことここで決める。
踏み込んだ、刹那彼女との距離は縮まる。速度を乗せ、重さを乗せ、心臓を目掛けた一撃。避けることは不可能。確かにそれは彼女を貫いた。
貫いたのだ。
「え………?」
「これが、本来の私。」
ナイフは彼女の体に刺さっている。が、ダメージはないようである。それもそうだ。
「その炎は…。」
ゆっくりとナイフを引き抜く。傷口ひとつ残っちゃいない。あの瞬間、刺された箇所が炎に変わった。
よぎる可能性にゾッとする。もはや、この少女に物理的な干渉は通じないのではないだろうか?
「なんとなくだけど、貴方とは戦いたくないわ。」
その少女。アレルはそう言った。
「貴方が戦いたくなくても、私は…。」
「義務なんてないでしょ?さすがにここまで見せられたら私でも解る。貴方は雇われの殺し屋。それも別に私に用があったわけじゃない。なら、戦う意味なんてないんじゃないの?」
「それでも…野放しにはできない!」
悪魔と契約したものの末路は破滅の一言。それもただの破滅ではない。一国を巻き込んだ大騒動となる。ならばいっそここで、と、そう思っていた。だが決定打がないのでは殺すことなど出来やしない。それどころか、正直私はこの場から逃げれるかどうかさえ怪しい。
「なら1つ、私から提案してもいいかしら?」
「提案…?」
「あなた、私に仕えてみる気はない?」
と、彼女が口にしたのはそんな突飛な言葉だった。
奴隷皇女は再び成り上がる 烏の人 @kyoutikutou
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