お気に入りの水平線
藤泉都理
お気に入りの水平線
海面は空の色がほとんどそのまま映り込んでいるため、海面で光が反射する事で空の青色がほとんどそのまま反映されている。
海底から青色の光が反射するのと、海面から空の青色が反射するのが重なる事でさらに海の青色が美しく見える。
じゃあ、だったら、どうして、水平線は、水平線だと判別できるのだろう。
海が空の色を反映しているのなら、海と空の境界線である水平線がわかるはずもない。
生まれた疑問に、おまえが答える。
ほとんどだから。だ。
空の色がすべて反映されているわけではない、ほとんどが反映されているから、境界線が判別できるのだ。
いいねえ。
おまえは目を細めて言った。
終わりが見えるって言うのはいいもんだ。
おまえは水平線を指さして言った。
あそこに向かってただひたすらに走り続ければいい。
そうしたら終わりがある。
終わりを迎える事ができる。
俺は違った。
終わりが見えるのはいい。
けれど、終わりを迎えるのは嫌だった。
ずっとずっと、ずっと。だ。
終わりを目指して、永久におまえと飛び続けたい。
ずっと、そう思っていた。のに。
魔法界において魔法の箒乗りとして最速を誇るおまえは、竜界で最速の飛翔を誇る俺にも難なくついてきた。
いつも涼しい顔で、遅いもっと早く飛べないのと尻を叩かれたりもした。
のろまだ。
飛翔を誇る竜がそう言われているのも同然にもかかわらず、頭にくる事はなかった。
楽しかったのだ、おまえと一緒に空を飛ぶ事は。
終わりのない水平線を目指して並んで、いや、おまえが少し先を進んで、俺が後に続くように空を飛ぶ事は。
楽しかったのだ。俺は。
おまえは、
違ったらしいが。
おまえは魔法の箒を置いた。
もう二度と乗らないと飛翔を止めた。
てちてちとちとち。
いっぽいっぽ地面を歩き続けると言ったのだ。
とても。とても遅い速度だ。
苛ついた。
咆哮を幾度浴びせても足りないほどに、むかっ腹が立った。
心身に不調が生じて乗らなくなったのならまだ納得ができる。
けれどおまえは、そうではない。健康体そのものだ。なのに。
別段、ずっと飛び続けようと約束したわけではない。
俺が勝手にそうできたらいいと望んでいただけの話だ。
だから、裏切られたと恨むのは見当違いだ。
そうわかっていて、この鈍痛が渦巻く感情を、腹の底に閉じ込めて。今。
必死になって化け学を習得した俺は、おまえと一緒の人型になって歩いていた。
空の色をほとんど反映している海の方が、青が濃く、空の方が、青が薄く、地平線が見える砂浜を。
さらさら。
ざらざら。
ねっとり。
ずぶずぶ。
海水が浸っていない砂浜を、海水が少し浸っている砂浜を、海水に浸りきっている砂浜を、ゆっくりゆっくりと歩き続ける。
まだ人型になって二足歩行で歩くのはおぼつかず、おまえのきれいで規則的に残る足跡とは違い、砂浜には不規則で不格好な足跡が残っていた。
一緒に歩いてくれるんだ。
おまえは言った。
一緒に歩いてやる。
俺は言った。
飛びたくなったらいつでも付き合うぞ、とは言わなかった。
もうおまえは飛ばないだろうと思った反面、一秒後にはやっぱり歩くのは疲れた飛ぼうと言い出すのかもしれないと思ったからだ。
俺からは言わない。
そう決めていた。
俺からは絶対に言わない。
おまえから言い出すのを、ただ、待っている。
水平線が見えるな。
おまえは言った。
曇り空だ。
海面は鈍く光っている。
水平線は、見えている。
早く夜が来ればいい。
夜になれば、水平線が見えなくなる。
終わりが見えなくなる。
終わりが見えなくなれば、終わりを迎える事はない。
そう、静かに思う反面。
見えてよかった。
そうも思った。
空の色をほとんど反映している海の方が、青が濃く、空の方が、青が薄い中で見える地平線があってよかった。
なあ。
俺はおまえに手を差し伸ばした。
なあ、まだ歩くのに慣れていないんだ、手を繋いで歩いてくれよ。
しょうがないな。
おまえは笑ってそう言っては、俺の手を掴んで、少し前を歩いた。
まだ、
いいや、もしかしたら。
俺は願い続けるのかもしれない。
ほんの少しだけでいい。
俺の先を進み続けてくれ。
空の色をほとんど反映している海の方が、青が濃く、空の方が、青が薄い中で見える地平線を傍らに置いて、俺は、そう思ってしまった。
(2024.5.10)
お気に入りの水平線 藤泉都理 @fujitori
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