第2話:情報交換
――――――――――その日の夜。ノックレイブン公爵家邸にて。
「まったく王家は何を考えているのだっ!」
お父様がお怒りです。
昨日の公開婚約破棄についてなのでしょうけれども。
「王家が何か言ってきましたか?」
「使者としてロジャー殿下を寄越した」
ロジャー殿下と言えば陛下の叔父、宮廷一の良識派として知られています。
「結論としてニコラス殿下とそなたの婚約は解消される」
「でしょうね」
「そしてニコラス殿下と平民との婚約、これも決定だと」
「……ロジャー殿下は何も仰ってませんでしたか?」
「何も」
では平民のウテナさんをニコラス様の婚約者にすることを、思慮深いロジャー殿下も納得している?
それとも決定した方針には逆らわないだけ?
どちらとも取れますが……。
「いかにニコラス殿下の言葉を重んじるにせよ、我がノックレイブン公爵家を切って平民を取るとはな。王家も長くないわ」
「お父様」
「半分本心だぞ?」
「今日わたくしはウテナさんに会ってきたのです」
「ウテナ? ニコラス殿下の平民の婚約者か?」
「はい」
「どこでだ」
「学院の図書館です。ウテナさんは勉強家なので、時々図書館で会うことがあったのです。向こうも私に会いたかったみたいで」
「ふむ? 何か言っていたか?」
「ごめんなさいと」
お父様の表情は変わりませんね。
「平民がニコラス殿下を誑かしたわけではない、のだな?」
「はい。一〇日ほど前の魔物学の課外実習で、ニコラス様が魔物に襲われるという事件があったようです」
「ほう?」
「それをウテナさんが救い、ニコラス様が感激して求婚したのですって」
「殿下は何の魔物に襲われたんだ?」
「えっ? イノシシの魔物だと……」
おかしな質問ですね。
「マッドボアか。不意を突かれるとかなり危険なやつだ」
「そうなのですか?」
「頭でっかちの平民特待生が、よくマッドボアを撃退できたな?」
「ウテナさんは元冒険者なのだそうで」
「はあ?」
わかります。
わたくしもちょっと理解ができませんでした。
「どういうことだ?」
「ウテナさんは他国の生まれで、両親が冒険者なのだそうです。ウテナさん自身も旅の冒険者だったということのようです」
「そんな経歴の平民がどうして貴族学院に現れるのだ?」
「辺境伯ワイアット様の推薦とのことでした」
「トルブレアム辺境伯家が背後にいるのか? ならばニコラス殿下の婚約者交代はわからなくはないが……」
お父様の顔色が悪くなります。
王家がノックレイブン公爵家を排除して、トルブレアム辺境伯家と組む想像をしたのでしょう。
貴族の勢力情勢は変遷が激しいですからね。
ウテナさんの様子からすると、ノックレイブン公爵家が切り捨てられるということではないと思うのですけれどもね。
「お父様、落ち着いてください。トルブレアム辺境伯家にはわたくしと同い年の令嬢シャーロット様がいるではありませんか。王家がトルブレアム辺境伯家との関係を強化するつもりなら、ニコラス様とシャーロット様が婚約することになったはずです」
「う、うむ。エルシーの言う通りだな」
「判断材料が足りません。お父様もウテナさんの情報を集めてください」
「わかった」
◇
――――――――――三日後。辺境伯令嬢シャーロットとのお茶会。
「そう、じゃあウテナちゃんは正式にニコラス殿下の婚約者になったのね」
「ええ」
シャーロット様はわたくしとのお茶会に快く応じてくださいました。
というか待ち構えていたみたい。
「教えてくださってありがとう存じます。学院が休業期間に入ってしまったでしょう? 父も王家のガードが堅くて全然話を聞けんと言っていたのです」
「いえ、どういたしまして。それで……」
「エルシー様はウテナちゃんのことが知りたくて、私を呼んでくださったのでしょう?」
「はい」
「うふふ。エルシー様もウテナちゃんのことが相当気になるようね。すぐトルブレアム辺境伯家に縁があるって調べがついたのだから」
「淑女としてはしたないかもしれませんけど、すごく気になる子なのです」
「わかります。ウテナちゃんはすごいの。私はあの子がウェステリウス王国の王妃になるのなら、全然文句ないわ。エルシー様には悪いですけれどもね」
ニコラス様の婚約者がわたくしに決まる前、当然シャーロット様も有力な候補であったと思います。
そのシャーロット様にここまで言わせるウテナさんとは一体……。
「お父様もウテナちゃんのことをすごく気に入っているのよ」
「ウテナさんは辺境伯様の推薦で学院に入学したらしいですけれども」
「そうなの。領でスタンピードがあった時にね」
「スタンピード?」
「王都じゃ聞かないわよね。魔物の大発生現象のことよ」
何と、大変ではないですか。
「知りませんでした。大きな被害が出てしまうのでしょう?」
「と、思うでしょう? ところが大掃討作戦で死者どころかケガ人もゼロよ。ウテナちゃんがほとんど一人で片付けちゃったから」
「ええ?」
あり得ないでしょう?
どうやったって手が足りないではないですか。
「大きな魔力塊を作り出して魔物の群れを追って谷底に突き落とし、窒息魔法でとどめを刺すというのを繰り返したの。私も実際に見ていて、すごく興奮したわ! あれほど莫大な魔力をもつ魔法使いは、ウテナちゃんの他にいないと思うわ!」
驚きです。
ウテナさんがそんなにすごい魔法使いだったとは。
「お父様がウテナちゃんに褒美として何が欲しいって聞いたのよ。そうしたら勉強がしたいんですって」
「だから貴族学院への推薦を?」
「御名答! ウテナちゃんは強くてすごい魔法が使えるだけじゃなくて、意識が高いでしょう?」
「実際に特待生になるほど成績がいいですしね」
「ええ。お父様もそれだけじゃ功績に全然足りないって言ってたのですけれど、辺境伯領の人達は親切にしてくれたからいいんですって。詳しいことはわからないですけれど、外国で嫌な目に遭ったらしいんですよ」
「そうでしたのね」
ウテナさんも苦労しているのね。
「とにかくトルブレアム辺境伯家は、ウテナちゃんがニコラス様の婚約者であることを積極的に支持するのですわ!」
◇
――――――――――その日の夜。ノックレイブン公爵家邸にて。
「何と、辺境伯とはそんな因縁が……」
「お父様の方は何かわかりまして?」
お父様とウテナさんについての情報交換です。
「王宮文官や学院の教授どもは口止めされてるされてるようで何も」
「発表の時期を見計らっているのでしょうね」
「しかし外国の商人から面白いことを聞いた」
「何ですの?」
「三年ほど前に、ネルタ・コルラ連邦の辺境でドラゴンが出現して暴れたことがあったそうだ。そのドラゴンを退治した少女の名がウテナであるという」
ど、ドラゴンですって?
神話とかに登場する暴虐な魔物の?
「ホラ話かと思ったが、辺境伯領での活躍を聞く限りではどうやら本当で、同一人物なのではないかと思えるな」
「おかしいではないですか。ネルタ・コルラにいれば一生安泰でしょうに、どうしてウェステリウス王国に?」
「大変な争奪戦になったそうだ。ネルタ・コルラは寄り集まり国家だろう? ドラゴンを独力で退治できるほどの人材を手に入れれば大きな顔ができることは、そなたにもわかるだろう?」
「なるほど……」
「程なくして行方知れずになった。大方嫌気がさして国を出たのだろうと」
それでトルブレアム辺境伯領に流れ着いた、ですか。
冒険者なら魔物のいる辺境伯領を目指すのは自然です。
辻褄は合いますね。
「辺境伯が後ろ盾になるとなれば、案外そのウテナなる少女がニコラス殿下の婚約者でまとまるのかもしれん。エルシーよ、ウテナと親交を保っておくのだ」
「はい」
時々家にも招待しましょう。
きっと刺激的な体験談を話してくださるわ。
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