婚約破棄されましたけど、殿下の真実の愛のお相手はスーパーガールなので仕方がないです
uribou
第1話:婚約破棄されました
「エルシー・ノックレイブン公爵令嬢。申し訳ないが、君との婚約を破棄する!」
貴族学院学期末のパーティーの会場に響きます、わたくしの婚約者である第一王子ニコラス様の発した言葉がそれでした。
一瞬何を言われたか理解できませんでした。
わたくし達はうまくやれていたではありませんか。
いけない、わたくしはノックレイブン公爵家の女。
震える身体を律します。
「……理由をお聞かせ願ってよろしいですか?」
「僕は真実の愛を見つけてしまったのだ」
真実の愛!
眩暈がします。
言うに事欠いてそれですか?
ニコラス様が王太子、そして王になるためにはノックレイブン公爵家の後ろ盾が必要でしょうに。
「僕は彼女に救われた。彼女を妃にすることに決めた」
「彼女……ニコラス様の心を射止めたのはどなたでしょう?」
ニコラス様がどこぞの令嬢と親しいなどという報告は受けていないです。
だからこそ驚いたわけですが。
ウェステリウス王国の平穏のために、わたくしでなくとも立派に後ろ盾の務まる高位貴族の令嬢でありますよう。
「ウテナ嬢だ」
「ウテナ様?」
記憶にない名前です。
どなたでありましたでしょうか?
頭をかきながらばつが悪そうに出てきた方がいらっしゃいます。
あれがウテナ様?
あっ、図書館で時々挨拶する、確か下の学年の……。
「平民特待生のウテナ嬢だ」
「へ、平民?」
平民というのは存じませんでしたが、勉強家でとても感じのいい、可愛らしい方です。
ニコラス様が惹かれたというのもわからなくはないですが……。
平民ではニコラス様の後ろ盾にはなり得ないです。
後継者争いは荒れる、ひいてはウェステリウス王国は乱れてしまいます。
「……ニコラス様、お考え直すわけにはまいりませんか?」
最後の抵抗です。
しかし、ニコラス様が口にした言葉は……。
「エルシーにはすまないが、もう決めたのだ」
わたくしではなく、ウェステリウス王国の将来をすまなく思ってくださいませ。
「……婚約破棄、謹んでお受けいたします」
ああ、わたくしにはこれ以上ニコラス様をお諫めする権限がないです。
「失礼いたします」
パーティー会場を後にします。
国はどうなってしまうのでしょう?
頭を占めていたのはただそのことばかりです。
◇
――――――――――翌日。貴族学院図書館にて。
今日から学院の夏季休業期間です。
学習に励む生徒のために、休業期間中も図書館は開放しているのです。
ウテナという名のあの子がいるといいのですけれども……いました。
向こうも気がついてこっちへ来てくれました。
「エルシーさん、こんにちはー」
「よかった。ウテナさん、あなたに会いたかったのです」
「あたしもなんだ。でも公爵家邸に行ったって門前払いされちゃうだろうから、どうしようかと思って」
ウテナさんも図書館ならわたくしに会えるかもと思っていたのですね。
ガラガラの図書館ですから、話をするのにも都合がいいです。
頭を下げるウテナさん。
「婚約破棄のこと、ごめんなさい。あたしも知らなかったんだ」
「いえ、いいのです。ウテナさんのせいじゃありませんから」
全て王家とニコラス様の責任です。
これからの国の運営をどうしていくつもりなのでしょうか?
「でもどうした経過でウテナさんがニコラス様の婚約者なんてことになったのです? そこは知りたく思うのですが」
「一〇日くらい前に、魔物学選択者の課外実習があったの」
存じております。
休暇を利用して王都郊外の魔物の生息する森に行くというものでした。
わたくしは魔物学を選択しておりませんので、知ってるのはそこまでですが。
「まだ森に入ったばかりの時にニコラス殿下がイノシシの魔物に襲われてさ」
「えっ?」
危ないではないですか。
護衛騎士は何をしていたのです!
「当たり前なんだけど、普通はもっと魔素濃度の高い森の奥に魔物は出るんだよね。護衛も完全に油断してた」
「ニコラス様は特におケガはされていなかったですよね」
「うん。あたしが魔法でイノシシは倒したから」
「えっ? ウテナさんって魔法を使えるんですの?」
「あたしは元冒険者なんだ」
元って、ウテナさんわたくしよりも年下ですよね?
冒険者だからと言って、魔法使えるわけじゃありませんよね?
色々不明な点はありますが。
「それで殿下はあたしの技に感動したみたいで、妃になってくれって」
「ええ、ニコラス様は感激屋ですものね」
「もちろんエルシーさんが婚約者だってことは知ってたから、いずれ側妃になってくれって話だと思ったの」
「普通に考えればそうですよね」
「あたしもあんなに情熱的に告白されたことはないんで、思わずオーケーしちゃった」
「わかります」
勢いがありますものね。
ニコラス様のいいところです。
「そしたら昨日の婚約破棄劇でしょ? 目が点になったわ。どゆことだかあたしも知りたいくらいなの」
ウテナさんは完全に巻き込まれたのではないですか。
お可哀そうに。
「当家には近い内に王家から釈明があると思います。詳しいことがわかり次第、ウテナさんにもお話しいたしますね」
「エルシーさん、ありがとう!」
平民のウテナさんには何も伝えられないまま、婚約宣言がなかったことになるかもしれませんから。
しかし……。
「ウテナさん本人に興味があるのです。よく図書館にいらっしゃる勉強家だとは存じていますけれど」
貴族学院に平民が入学するには、爵位持ち貴族当主の推薦がなくてはなりません。
特待生になるには学年三位以内の成績が必要です。
加えて魔法? 冒険者?
どういうことでしょう?
謎が多いです。
「ウテナさんのことを教えてください」
「あたしのこと?」
「あれこれ不躾に伺うことを許してくださいな。そもそもどうして貴族学院に?」
ウテナさんには不思議な魅力があります。
ニコラス様が婚約者指名したこと、特待生となるほどの優秀な学業成績も相まって、今後間違いなく学院の中心人物になるでしょう。
「本のたくさんあるところで勉強したかったんだ。そしたら辺境伯のワイアットさんが貴族学院に入れてくれるって」
「えっ?」
辺境伯って、ワイアット・トルブレアム様?
意外な名前が出てきましたね。
つまりワイアット様の推薦で貴族学院に?
「ウテナさんはトルブレアム辺境伯家領の出身なんですの?」
「いや、あたしは外国の出身なんだ。マイラスの生まれと聞いてるけど、本当かどうかはわからない。旅の途中で両親も亡くなったし、もう確かめようがないな」
山岳国であまり他国と交渉のないマイラス?
随分複雑な生い立ちのようですね。
混乱します。
「魔法を使えるのは?」
「両親も冒険者だったんだ。母親が魔道士で、小さい頃から指導を受けていたの」
「ああ、だからですか」
低年齢の内に魔法を覚え、使えば使うほど魔力は伸びると聞きます。
おそらくウテナさんは相当な使い手なのでしょう。
「御両親が冒険者だったから、ウテナさんも自然と旅の冒険者になったと」
「うん。あたしみたいな身体の小さい子は、身体強化魔法を使わないと冒険者なんてやってられないんだ」
普通は子供の内から冒険者なんてしないと思うのですけれど。
ウテナさんの言っていることは本当なのでしょうが、常識から離れ過ぎていて理解が及ばないところがあります。
客観的な情報を集めるべきですね。
「ありがとうございました。またお話を聞かせてくださいな」
「うん。それよりエルシーさんも気をつけてね」
「わたくしですか?」
「殿下が愉快なことやらかしたから、王国が動揺せざるを得ないでしょ? そーすると実力者ノックレイブン公爵家の令嬢であるエルシーさんの身辺は、かなり騒がしくなると思うから」
あっ、確かに。
ウテナさんの言う通りです。
迂闊にも自分のことは頭から抜けていました。
ウテナさんは勉強ができるだけではなくて、広い視野で物事を見られる人なのですね。
「ウテナさんこそ注意してくださいね」
「あたしは強いから大丈夫」
何となくそんな気がしてきました。
自信満々ですね。
やはり冒険者経験というのは大きいのでしょうか?
「エルシーさんは優しいね」
「えっ?」
「怒られたらどうしようかと思ってたんだ」
「まあ。ウテナさんはどちらかというと被害者ではないですか」
怒ったりはしませんよ。
ニコラス様には言いたいこともありますけれど、もうそんな機会はなさそう。
「嬉しいな。じゃあエルシーさんがピンチになったら助けてあげる」
「えっ?」
「ちょっと目を瞑ってくれる?」
「はい」
何か感じます。
魔法でしょうか?
「これでよし。エルシーさんの身に何か起きても大丈夫!」
「うふふ、ありがとうございます」
おまじないの類のようです。
可愛らしいですね。
「では、わたくしは失礼いたしますね」
「あたしは勉強してく。じゃーねー」
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