第3話:事件と救世主
――――――――――学院の夏季休業期間も終わりに近いある日。王都の街中にて。
今日はお買い物です。
侍女と話をしながらスイーツショップに向かいます。
「最近ウテナ様がお嬢様のことを『お姉ちゃん』ってお呼びになるでしょう?」
「可愛らしいですよね」
そう、ウテナさんはわたくしのことをお姉ちゃんと呼ぶようになりました。
「わたくしとウテナさんが仲いいところを周知させるのは、王国の安定に役立つと言っていました」
「なるほどの見識ですねえ」
でも『お姉ちゃん』って言いたいだけなのではないかしら?
ウテナさんは家族との縁が薄いようですから。
わたくしも兄と弟はおりますが、妹はいませんのでほっこりしますね。
「そこの女、ちょっと待て!」
「はい?」
憲兵に呼び止められました。
五人もいますね。
何事でしょう?
でも一目でわたくしのことは貴族の娘だとわかるでしょうに、横柄な者もいるのですね。
「違法薬物についての取調べを行う! 署まで来い!」
「えっ? 知りません」
「言い訳は後で聞く!」
揉め事に関わりたくないのか、人々が避けていきます。
本当に何事です?
違法薬物ですって?
「早く来い!」
「あっ……」
「無礼であろう!」
「貴様逆らうか!」
護衛の従士が憲兵三人に打ち倒されました。
こ、怖い。
「あの、乱暴はしないで……」
「だったら早く来んか!」
「お姉ちゃんのピンチにあたし参上!」
「えっ? ウテナさん?」
どこから現れたんです?
にこっと笑うウテナさん。
「転移魔法だよ。お姉ちゃんをマークしてあるんだ」
「……いつぞやのおまじない?」
「そうそう」
つまりわたくし自身を目印にし、ピンチの時に転移で来られるようにしていた?
助けてあげるってこういうこと?
驚きです!
でも相手は憲兵ですよ?
「何だお前は!」
「んー? どうして憲兵があたしを知らないのよ。とゆーかあんた達の顔見たことないな?」
「わけのわからないことを!」
「大体お姉ちゃんに何の用なの?」
「そこの女には違法薬物使用の嫌疑がかかっている!」
違法薬物なんて心当たりがないのです。
本当です!
「令状は?」
「は?」
「あんたはアホか。現行犯以外でしょっ引くのは逮捕令状が必要だろうが」
そうなんですの?
ウテナさん頼りになる!
「あたしは親切で言っているのだ。貴族を令状なしで逮捕したなんて知れたら、あんたらは明日から路頭に迷うことになるからね」
「「「「「……」」」」」
「でも憲兵が五人もいるのに、この程度の常識を知らないってどーゆーことだ。あんたら本当に憲兵なん?」
「な、何を……ほら、憲兵手帳だっ!」
「そんなもの偽造できるわ。憲兵隊のスローガン言ってみ? 憲兵たる者っ!」
「「「「「……」」」」」
「さーてーはー偽者だな?」
「やかましい! 捕らえろ!」
「バインド!」
ウテナさんの魔法一発で、五人の偽憲兵? がバタバタと倒れます。
すごい!
あっ、また憲兵が駆けつけてきました。
「何事だ! あっ、ウテナ様?」
「こんにちはー」
「何があったのです?」
「こいつらがエルシー・ノックレイブン公爵令嬢を連れ去ろうとしてたんだ。偽憲兵だと思う」
ウテナさんの知り合いのようです。
じゃあ本物の憲兵?
「偽憲兵ですと? 本当なら重罪ですが……」
「部署が違うと顔はわかんないことあるか。憲兵手帳持ってるみたいなんだ。真偽の判別つかない?」
「……偽ですな。お粗末なことに、五人の憲兵手帳の登録番号が同じです」
「やっぱそーか。こいつら一時間くらいは麻痺解けないはず。署で尋問して。あたしのお姉ちゃんを誘拐しようなんてとんでもないやつらだ。しっかり背後関係洗ってね」
「はっ!」
「あたしはお姉ちゃん達を送るから、調書取るならノックレイブン公爵家邸に人を寄越してちょうだい」
「わかりました! 御協力ありがとうございます!」
「名誉の負傷の従者さん起こさないとな。ヒール!」
何とテキパキと物事が運ぶのでしょう!
ウテナ様有能!
「さあ、行こうか」
「今からスイーツショップへ行くところだったのですよ。ウテナさんもどうです?」
「わあい、ラッキー!」
◇
――――――――――次の日の夜。ノックレイブン公爵家邸にて。
「いや、驚いた」
お父様が憲兵総監のサイン入りの報告書を手に驚いています。
「何を驚いていらっしゃるのです? ウテナさんがわたくしを助けてくれたことですか? それとも報告書が届いたのが異常に早いことです?」
「一番はウテナ嬢が憲兵に大きな影響力を発揮していることだな」
わたくしもビックリしました。
「ニコラス様の婚約者としてただ憲兵総監と面識がある、ということではないようです。見知っている憲兵が多いようですので」
「普通ではできぬことだ。ニコラス殿下の婚約者とはいえ平民だから、いきなり貴族に食い込むのは難しいと見たのかもしれぬな。可能なところで顔を売るやり方だろう」
「では、軍や役人、宮廷魔道士などにも?」
「人脈を作りつつあるのではないか」
ええ?
ウテナ様すごい!
わたくしがニコラス様の婚約者であった時、全然そこまで考えていませんでした。
「いずれにせよ、エルシーの身に何事も起きなくてよかった。ウテナ嬢には感謝せねばならん」
「おいしいスイーツを食べさせてもらったから、これ以上の礼は不要ですってよ」
「ハハッ、欲のないことだ」
欲がないというか、ウテナさんにとっては何でもないことだからじゃないかしら?
「報告書によれば、そなたをさらおうとした者どもは、王家に恨みを持つ取り潰された領主達の連合だそうだ」
わたくしがニコラス様に婚約破棄されたため、ノックレイブン公爵家は王家に含むものがあるに違いないと思われているようです。
私を誘拐してノックレイブン公爵家に言うことを聞かせ、仲間に引き込もうという算段でしょう。
杜撰ではありますが、王国を揺るがす大事件に発展しかねない事件でした。
恐ろしいことです。
「不埒な者達は早く皆逮捕されればよいのですが」
「エルシーに王家の影をつけるそうだ」
「えっ?」
王家の影とは諜報員兼護衛です。
ニコラス様と婚約していた時はつけられていたらしいですが、今は関係ないですよね?
「ウテナ嬢が陛下を説得したそうだ。王家がノックレイブン公爵家を大事にしているアピールになると」
「なるほど、さすがにウテナさんは賢いですね」
ウテナさんほどの能力があれば影なんかいりませんから、代わりにわたくしに配備してくれるとのことのようです。
「ありがたいことです」
「うむ、王家の配慮もウテナ嬢の機転もな」
もっとも影をどこに配置するなんて、大っぴらにはしないでしょう。
それとなくリークはするんでしょうが、王家とノックレイブン公爵家の関係については、昨日ウテナさんがわたくしを助けてくれた事件の方がよっぽど知られると思います。
「秋の舞踏会が重要になってくるな」
「ええ」
秋の舞踏会とは、社交シーズンの始まりを告げる王家主催の夜会です。
まだ貴族の間では評価の定まっていないウテナさんにとっては、とても重要なものになるでしょう。
おそらくウテナさんの情報が解禁され、たくさん出てくる機会になりそう。
わたくしがウテナさんの力になってあげられる機会でもありますね。
頑張らないと!
「いや、エルシーにとっても大事だろう?」
「わたくしにとって、ですか?」
「新たな婚約者を見繕わねばならぬ」
「あっ」
そうでした。
すっかり忘れておりました。
「王家と関係のいい家がいいのだが」
「ええ……」
確かに国の安定のために、王家と関係がいい貴族の方がいいですね。
さらにわたくしと年恰好の合う、まだ婚約者のいない令息ですか。
ぱっと思い浮かびませんね。
伯爵家以下の令息になってしまいますか。
ニコラス様の妃になるために厳しい教育を受けてきました。
ムダになってしまうのは寂しいですけれども、のんびりしろという神様の忠告かもしれません。
「今のエルシーが社交界でどう見られているか、少々判断がしにくい。そなたの婚約者は社交シーズンが始まってから決めることになろう」
「わかりました」
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