精神を喰らうはな〜消したい記憶や感情、買い取ります〜

狐の剃刀

第1話

ーーカランカラン


ドアベルが店中に心地よく響く。

店の中はアンティーク調度品で構成されており、商品棚や陳列されている花はこの世のものとは思えない程美しく、この空間だけ異世界の様だ。


俺は店の中に足を踏み入れ、ここの店員らしき人に声をかけた。


「す、すみませーん」


実は俺はいつの間にか此処にいたのだ。如何やって来たのか全く分からない。さっきまで学校の図書館でレポートを作成していたはずだ。


「おや…いらっしゃいませ」


品の良い、美しい男か女か分からない声がした。

目の前にいる人物は大層美しい容姿だった。鈴蘭のように白く美しい髪は後ろで纏められていて赤いポピーの色をした瞳は白い睫毛で囲まれている。声と同じように男か女か見分けがつかなかった。店の雰囲気と相待って幻想的な魅力的なヒトだ。


美しい声音で店員さんが話す。


「本日はどのような感情や記憶を消されにいらしたねでしょうか?」


如何いう事だ?消したい気持ち…?俺が困惑していると店員は口を開いた。


「いきなりで驚かせた様ですね。ワタクシはこの店の店主をしているナナシと申します。」


この店の店主…ナナシさんは話を続ける。


「この店は見ての通り花屋で御座います。」


それはそうだろう。極彩色の花が店の中で咲き乱れているのだ。


「ただし、普通の花屋ではありません。」


何処から如何みても普通の花屋にしか見えない。


「此処で咲いている花たちは記憶、感情を糧に咲いている"精神を喰む"花。」


記憶、感情を…精神を喰む花…?


「当店では必要の無い記憶や感情を花として売買させて頂いております。」


意味が分からない。


「この店に出逢ったのならばお客様にも要らない記憶や感情があるのでしょう。」


………


「如何ですか?是非その感情、記憶をこの私に売っては頂けないでしょうか?」


…記憶…


「取り敢えず、お話しだけでも聞かせて下さいませ。店の応接室にご案内させて頂きます。此方へどうぞ」


俺は店主についていった。






応接室に着いて革張りのフカフカなソファーに腰掛ける。


「今、お茶をお出し致しますね♪少々お待ち下さいませ。」


店主が応接室を出る…記憶を消せる花…。それはどんなものだろうか?食虫植物のようにおどろおどろしい姿か…薔薇の様に気高い姿か…はたまた霞草の様に可愛らしい花か…俺はそんな事を考えている内に、ナナシさんがポットと茶器をワゴンに乗せて部屋に入ってきた。


「本日ラベンダーティーをご用意させて頂きました。此方のお茶は、リナロールや酢酸リナリルといった香り成分を有し優れた鎮静作用により、ストレスや不安を軽減する効果が御座います。どうぞお召し上がり下さいませ。」


ポットから美しい黄金色の液体が透明のティーカップに注がれていく。

注ぎ終わった後ラベンダーのドライフラワーを散らせて此方に差し出されてくる。

差し出されたお茶を受け取り、香りを嗅ぐ…凄く良い香りだ。ラベンダーの癒される香りが鼻腔を満たしていく。一口に含む


「美味しい…」


レモングラス、レモンバームの爽やかな風味に、ほのかにラベンダーが香る、ホッとする味だ。


ナナシさんはそんな俺を見て優しく微笑む。


「では…お話しを聞かせて頂けますか?」


少し迷った後俺は肯定の返事を返した。


「あれは…5年前の事です。」












ーーー5年前。







俺の名前は長谷部幸雄はせべゆきお…何処にでも居る普通の高校2年生だ。俺は友達である富士山武尊ふじやまたけると一緒に今日も学校から帰っている所だ。


「なぁユッキー!知っているか?ネットで有名なバイトの話を!」


ユッキーとは俺の渾名だ。


「何だ?どうせ碌でもない話だろう?」


俺は呆れながら武尊に返事をした。武尊は不機嫌そうに俺を見て


「良い話だよッ!ちゃんとした所の話だよ!しかもガッポガッポ稼げるって話!」


胡散臭い。


「本当かぁ?」


俺は武尊を馬鹿を見るような目でみる。武尊はムッとしながら


「本当だよ!」


と言ってきた。儲けられると聞き、興味を持った俺は武尊に聞く。


「じゃあどんなバイトだよ?」


興味が沸いたのだ。




ーーー今思えばこれがいけなかったのだろう。





武尊は漸く俺の興味を引けた事を機会と思ったのか、そのバイトの話をしてくる。


「S区にある○○○マンションの一室で数時間だけ居れば良いバイトなんだよ!なっ?楽だろ?」


何と胡散臭い話か…俺は武尊に呆れた。


「そんな怪しい話があるか!」


俺は思わずツッコンで仕舞う。だけど武尊はそんな俺に構わず話を続ける。


「それがなぁ×××社からの求人何だよ〜」


×××社と言えば国内でも有数な企業だ。


「本当かぁ?」


そんな俺に武尊はその求人のホームページを俺に見せてくる。


其処にはポップな雰囲気の画面で武尊が言った内容の求人が載っていた。確かに×××社のホームページだ…信用出来るかもしれない。


信用してしまったのだ。


そんな俺の様子を見抜いたのか武尊は笑顔を浮かべながら


「な!信用できるだろ!やってみようよ!」


少し考え込んだ後俺は頷いてしまったのだ。









ーーーまさか×××社はヤクザが経営しているフロント企業だとは、思わなかったのだ


















求人に2人で応募し、出勤日になった。


武尊と○○○マンションへ向かい、指定された部屋に入る。案内人さんが


「では、此方の部屋でお過ごしくださいませ♪」


そう言ってマンションの地下に向かった。俺たちは最初は思い思いに自由気ままに過ごしていたのだが次第に飽きてきてしまったのだ。


「なぁユッキー暇だよな?」


「武尊…暇だな。」


俺たちは頭が悪そうな会話をしていた。暫くして武尊が閃いたっと言う様に顔を輝かせて俺に話しかけてくる。


「なぁ!あの案内人の後を着いて行かないか!」


「うーんまぁ良いだろう」


俺は好奇心に負けて頷いてしまった…こんな所に押し込んで案内人さんは何をしているのか気になってしまったのだ。


俺たちは部屋を出て案内人さんが行った方向に行く…階段を降り地下室の扉の前に立つ。扉は鍵が掛かっておらず簡単にあいた…俺達は部屋の中を見て失禁してしまった。扉を開けた中には驚きの光景が広がっていたのだ。


部屋の中一杯に漂う血の香り。そこら中に転がっている手や足。机に並べられている苦痛に歪み助けを求めている顔。沢山の拷問器具。た


そこは処刑場だったのだ。


そこからの記憶は無い。ただいつの間にか警察所で保護されていた。ヤクザは今回の事件で逮捕され×××社は解体された。


しかしそれからというもの俺は常に何かに怯えるようになった。人々の視線や話し声、全てが怖いのだ。


そんなある日武尊が死んだ。死因は自殺だ。あの光景をみた後武尊は狂ってしまったのだ。自室で首を吊っている所を発見したらしい。


俺は呆然としてしまった。現実を受け入れられなかった。




無情にも時は経ち俺は大学生になった。

いまだにあの記憶は忘れられない…全て無かったことにしたいと思っているある日この花屋に出会ったのだ。














「以上が俺の忘れたい記憶です…あの日みた景色を…武尊がいたことも全て忘れてしまいたい。」


俺は心から店主に話した。店主は人を安心させるような笑顔を浮かべてこう話した。


「それはお辛い記憶でしたね…矢張り宜しければその記憶ワタクシに買い取らせて頂けないでしょうか?」


その言葉はまるで光のように感じた…忘れられる事なら忘れてしまいたい。俺はナナシさんに記憶を…精神を食む花を購入したいと願い出た。


「分かりました。此方の植木鉢にご注目して下さい。」


いつ用意したのが机の上には何も生えていない小さな植木鉢が用意されていた。


「此方の植木鉢に血を一滴注いでいただけますか?」


俺は手渡され針で親指を刺し、植木鉢に向かって血を垂らす。


「有難う御座います♪では目を閉じて少々お待ちください」


そう言うとナナシは聞いたこともない言語を唱え始めた。


「ーーー。ーーーーー。ー。」


するとどんどん記憶が消えていく。あの光景も、求人の話も、武尊の事も。


あぁ気持ちが軽くなってくる。


ナナシさんが呪文を唱え終わった頃にはすっかり武尊のことやあの日の事を忘れていた。


「終わりました♪では現世にお送り致しますね♪」


その言葉を最後に俺の意識は薄れていった。











俺は大学の図書館で目を覚ました。


「ん…夢?」


何だか長い夢を見ていた気がする。何の夢を見ていたんだっけ?ふとノートを見ると其処には十万円の小切手が置かれていた。


「何これ…?よく分からないが俺の物だとは分かる…」


そうして俺は全てを忘れたのであった。

















side ナナシ


この度の方の記憶の形は"キンセンカ"花言葉は

『寂しさに耐える』『悲嘆』『別離の悲しみ』『失望』。そうという辛かったようで…上質な負の香りがします。ワタクシはその"キンセンカ"を口に放り込み味わう。ねっとしとした負の味が口内をしめる。とても美味ですね…

次はどのようなお客様がいらっしゃれるのか…楽しみです♪

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精神を喰らうはな〜消したい記憶や感情、買い取ります〜 狐の剃刀 @kitunenokamisori

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