第2話:CIA≠アメリカからの使い+米海軍特殊部隊=とりあえずようこそ







 高元守莉は一度世界を破壊した怪人ラビットバグズグリーズである。

 彼女は日本の対バグズグリーズ特務機関、通称『デバッグ』の元、特殊兵装アサルトライブを身にまとい日夜戦っているのだ。



 で、あると同時に彼女には役職に当たる物が二つある。


 一つが、特務機関デバッグの副室長。


 もう一つが、ここ『霞ヶ浦バグズグリーズ研究所』の副所長である。




「どうもお待たせしてしまいましてすみません。

 アタ‪……‬私が当研究所の副所長の高本守莉です」


 なので、見るからに怪しいメガネでちょっと額が後退している白人男性相手の対応も当然仕事の内に入る。


「どうも初めまして、私はセシル・ヒューイットと申します。

 突然の来訪の対応に感謝します」


 相手の日本語は大変に流暢だった。

 訛りがない。


「いえ。まぁ驚いたのも事実ですが」


 右手を差し出され、握手に応じる守莉。



 ────優しく握っているが、銃と多少の格闘を心得ている手、腕の太さだ。


 というか、立ち姿。

 守莉には妙に、懐かしさを感じる立ち方をしている。


 白人の割には身長は低いが、スーツの下は程よく鍛えられている。


 元、あるいは現役で軍人‪……‬もしくは‪……‬


「‪……‬驚いたな。人間ではないとお聞きしていましたが、それ以前に随分と鍛えていらっしゃる。

 失礼ながら、中国武術を何か習っておいでで?」


 しかも相手も、同じことをして来た。


「早速ですか。まぁその通りです。

 北派少林拳を幾つか修めてます。ベースは秘宗拳ですけど‪……‬ま、趣味で」


「私も少々‪……‬100年前の伝説のスターに憧れて、ジークンドーを習っておりまして」


 なんとまぁ、意外にも趣味が近いようだ。

 言い方からして、本当は合わせるか本当のことを言うべきか迷った感じがある。


 つまり、あえて正直に言ったということ。

 守莉は、いっそならばこちらも正直に聞いてみるかと思うのだった。


「ところで、なんでCIAの人がこんな所に?」


「‪……‬やはり、気づいてしましたか。

 色々考えて来た肩書きが台無しだ」




 CIA。アメリカ中央情報局。


 米大統領とその周りへ情報を送る国家情報長官の直下の組織であり、

 大昔から人的資源───つまり物理的に存在するスパイと言われる人間、専門用語で言えば『ヒューミット』と呼ばれる人間の手によって情報を集め、偽の情報を相手に渡し、その他様々なスパイ的な活動をしている組織だ。


 つまり、物理的なスパイ活動をしているアメリカの諜報機関はほぼ確実にCIA所属である。


 もっともスパイ活動は本質的に『嘘つき』なので、公表されている情報を信じればだが。





「台無しと思えないレベルのあっさりさで。

 とはいえ、アメリカさんの大統領に直に情報を伝える機関の人で、おまけに随分とオマケの方々が多いようで」


 ────守莉はバグズグリーズである。正確にはラビット・バグズグリーズ。元は『ニホンノウサギ』。


 ウサギの特徴として知られる長い耳は、そのまま聴力の高さを示している。

 3km先の音を聞き分け、人間が30〜20000Hzに対して、ウサギが聞こえるのは360〜42000Hzの間。



 人間形態でも、守莉にはある高い音が聴こやすい。

 例えば、熱光学迷彩中のサイボーグの体表、その高くてわずかな振動音。


 もっとも、それ以外でも探知する方法はあったが。



「‪……‬彼らは、私のオマケでトラッキングして来ていましてね。

 本来なら、我々自前の部隊を使う所ですが‪……‬」



 意外なことに、これも本音のようだった。

 守莉の耳で対して心音のリズムも変わらず、嘘ついている時特有の汗の匂いもない。


 ついでに言えば、すぅ、と米海軍のサイボーグ部隊の姿が現れていく。


 監視カメラの下の壁際、入り口、税金の無駄かなって思うエントランス内の噴水の近く、とにかく至る所に。



「‪……‬言いたか無いですけどね、アンタら同じ国なのに、特にCIAのエージェントさんはこんなオマケがついてきてしまうって、どんだけ信用されてないの?」


「CIAって、そういうものでして」


「───ついでで言えば、いろいろ借りがあるのも事実だ」


 ふとそう声をかけてきたのは、税金無駄噴水の近くのサイボーグ兵‪……‬守莉はその女性の声に聞き覚えがあった。


「アンタ、昨日の特殊部隊の隊長さんか!

 アメリカ国家安全保障局NSAか、アメリカ国防情報局DIAのどっちからの命令だよ」


 ややあって、彼女は顔を覆うマスクやら高額スコープにヘルメットを外し、長い黒髪を束ねたポニーテールヘアーの凛とした印象の日系人種の顔を見せる。



「知らないな。教えられるのはそう多くも無い。

 ただ名乗りはしておく。

 SEALsシールズ Xエックス、ケイ・ジンだ」




 絶対偽名の名前に、信じられない所属まで出てきた。


 NSAとDIAは、まぁどちらもアメリカ国防総省の下に位置する諜報機関である。政府の、大統領の下のCIAとは違い、いわば軍部の機関である。


 基本的に、インターネットの浅いところから深いところまでさらったり、他国自国問わず衛星の情報をすっぱ抜いたりしてスパイ活動するのがNSA、そこに加えて上のCIAっぽいスパイ送り込んだりするのがDIAと思っておけば間違いない。


 ただし、国防総省───軍人の上の直轄なので、本物の兵隊さん達を送り込むこともする。



「ネイビーSEALs、そんな番号のチームあったっけ?

 1が日本とか東アジア担当で、10なら東海岸だよね?」


「つまり、我々は存在しないということだ」



 SEALsの欠番は9じゃなかったっけ?と思う守莉。




 ネイビーSEALsは、アメリカ海軍の特殊作戦コマンド部隊である。


 陸軍のグリーンベレーやデルタフォースと並ぶ、精鋭であり、


 こう言った部隊と違うのは、本来は海が主戦場の海軍で運用される点である。



 SEA(海)、AIR(空)、LAND(陸)、それらの言葉を合わせてSEALs。


 空挺降下により空からやってきて、陸上の難所からですら楽々踏破、そして河川や海からの侵入。


 それらが出来る、という自負の表れ‪……‬らしい。


 2つの作戦群、8つのチームからなる米国海軍のネイビーSEALsは、本来の欠番は9のナンバーのチームであり、なぜ欠番なのかの都市伝説はたまに聞く守莉だったが‪……‬




 そのナンバーですら無い、ってなんの部隊だ?



 いや、それはいい‪……‬そっちじゃ無い。落ち着こう。


 守莉は、少し息を整えて、改めて問う。



「で、皆さんは当研究所へなんの目的で?」


「はい。

 私は上からの命令で、米国交渉前にこの研究所の視察と言いますか‪……‬偵察と、安全確保を。

 あえて身分をバラしたのも命令の内とだけ」


「‪……‬なるほど」



 要するに、今までコソコソNSA辺りが衛星カメラやら監視カメラデータをすっぱ抜きして調べてたここを、改めて人の目で見る為だろう。



 そしてあわよくば、いくら同盟国でも言えないようなデータでも盗んできたり、盗みやすくする工作だろう。


 大変に素直で、流石に長年の同盟国相手にするには慎重にならざるを得ないような理由である。



 ‪……‬‪……‬というか、多分守莉の知り合いのティラノサウルス怪人が、米国相手に今頃電話で会談なりなんなりしてここまで穏便な形にしたんじゃ無いかなとは予想できた。



「で、特殊部隊さんは?」


「戦略的物資の受け渡しの為派遣された」



 そしてこっちは、昨日回収したあのアンキロサウルス・バグズグリーズをよこせと言うことらしい。


 軽く、セシル・ヒューイットと言うCIAからきた男を見る。


 なんとなく微妙な表情が、「軍の方が物資を諦めてないところがあって」などと語っているように見えた。


 さっきは信頼されてないなどと言ったが、腐っても諜報機関の質が上のアメリカ、その程度の連携ができないわけではないので、連携できてないのはもっと上の方なのがわかる顔と状況だった。



「まぁ、良いでしょ。

 じゃ、武装解除ってことで」


「冗談が上手いようだ。我々は作戦中だぞ?」


「お客様方じゃありませんぜ?」



 え、とジン・ケイと名乗ったSEALs隊長の背後、


 予算無駄遣いした噴水がザバっと盛り上がり、武装解除命令を出した相手が顔を出す。



「────SEALsなら水辺を警戒すべきだな。

 もしかしたら、お前らの背後にあるのは税金の無駄で出来た水路入りの底が深い噴水もあり得る」



 B級映画にそんな怪物がいた気がした、がケイ隊長と背後を守っていたはずの隊員の感想だった。


 横に薄く長い、F1カーのような頭に、ギザギザした歯。


 ハンマーヘッド・シャーク。和名『シュモクザメ』。


 その頭を持つ、怪人が現れて言うのだ。


 女性的スタイルもあるが、それが余計に彼らの頭にはエイリアンのような印象を受けた。


 その横に幅広い翼のような頭の両端、大凡捕食生物と思えない位置にある目が二つ、ギョロギョロと周りのSEALs達を‪……‬守莉を見る。


 つい、死角に見える真正面にいたケイがその頭に手を伸ばす。


「そこ触ったら風穴開くぞ」


 言われてぴくり、と鼻先三寸で指が止まるケイ。


「見えてるのか‪……‬!?」


「ハァ‪……‬

 高元守莉教授!!ここのアメリカさんは生物の勉強がしたいそうだ!!」


「専門外だけどぉ!?一応物理学者なんですけど!」


「じゃあ物理的に存在する私の解説をしろ。

 じゃないと、コイツらすぐ私の頭触ってくるんだ‪……‬M4の銃口も近づけんな黒ハゲ!」


 ライフルの先を恐る恐る近づけて来た米兵が‪……‬彼もケイに変わって明らかに目と目の間の広い場所、

 どう見ても視覚の位置にいながら、近づけたものの形状を言い当てた事に驚く。



「彼女は、鏑木かぶらき 沙芽さめ。戸籍上の名前はね。


 そして本来はハンマーヘッドシャークバグズグリーズ‪……‬日本海にはそこそこいる、アカシュモクザメがベース。


 シュモクザメの仲間の特徴は、その頭。

 水中での舵にもなるけど、それ以上にすごいのは‪……‬

 ロレンチーニ器官っていう、電流の僅かな乱れを検知する特殊なセンサーが、その目と目の間の金槌頭に敷き詰められてる」







 ───魚は、と言うよりも生物自体が僅かな電流を発しているのはご存知だろうか?


 骨に圧力がかかるだけでも、筋肉を動かすだけでも、考えるだけでも電気が生まれている。


 その上で海水魚は海水が塩分を含んだ電解液である都合上、体の周囲に微弱で痺れすら感じない電気が放出されている。



 その電流を感知して狩りを行う捕食者こそ、

 海の捕食生物の頂点が一つ、サメである。


 視覚と嗅覚、そして鼻先に位置する多量のロレンチーニ器官を通じて感じた電流を感知して、獲物を喰らう。



 ある研究では魚に似せた電流を放つ機械と剥き出しの魚の白身をサメに与えた結果、

 食いついたのは機械の方だったと言う話もある。




 シュモクザメはそれに輪をかけて鋭敏な感覚を持つ。


 泳いでいるが見えにくく小さい魚だけではなく、砂の底でじっとしているはずの魚や貝を見つけられるほどに。


 砂で埋もれていようと、魚自体の電流や、僅かな筋肉の収縮時の電流の乱れを検知し、捕食する。





「水の中にいたから我々の熱探知サーモでも分からなかったのか。

 そのくせ、そちらからはこちらは丸見えか。

 部屋の中央の噴水では死角もない」


「サーモに関しては私自身が体温がそんなに高くはない。アカシュモクザメは変温だからか、擬態を辞めた時の体温は低──────」



 その瞬間、ケイがアッパーの様に拳を振り上げた。

 バチバチとその拳に電気を纏わせながら。



 そして、ピタリ、と中途半端すぎる位置で動きが止まる。


 というより、止めさせられているようだった。


 まるで見えない何かに絡みつかれているように。



「うぉ!?そのバチバチやめてよ!!鼻がむずむずする!!」


「!?これは‪……‬!?」



 1秒後、ネイビーSEALs全員が武器を構える。

 0.5秒後、ほぼ全員の背後の壁がはらりと落ちて、謎の武装集団がナイフや拳銃をサイボーグ化された身体で最も弱い部位に突きつけられた。




「───サチコちゃーん?アタシ、武装解除って言ったよね?」


 ふと、守莉が大袈裟に手を口の周りにメガホンの様にするポーズで声をかける。



「───ええ、ですから。

 こうやって、素手でしか触っていませんよ〜?」



 すぅ、とケイの身体に巻き付いていたモノ────


 黄色と青の触手じみた髪の怪人が、ケイのすぐ背後に現れる。


「はぁ〜‪……‬サチコちゃぁん?

 アンタの素手は十分凶器だっつーの。てか服着てないじゃねーか!?マジで素っ裸じゃねーか!?!」


「うふふ、確かにこの身体は凶器の自信はありますけどぉ〜♪」


 クネクネウネウネ、怪物じみた見た目のくせにスタイルだけはいい身体を捻る、サチコと呼ばれるバグズグリーズ。


「でも、凶器というならこちらのSEALsの皆さんも酷い話ではないのでしょうか〜?

 が、サメの生態知らないはずないのにみんな、機械の逞しくて太くて黒光りするお身体♡に仕込んだサメ避け薬のスイッチ入れようとしてる癖に」


 笑っている顔と声音で、W字の瞳を鋭く周りに向けているサチコ。

 答え合わせの様に、冷や汗混じりの顔を見せるケイ以下SEALsの面々。



飯多幸子いいださちこ一曹いっそう!」


 と、沙芽が一括を飛ばすと、打って変わって姿勢を正す幸子。


「このぐらいのアメリカ流の挨拶ぐらい、受け流せ。


 それと服ぐらい着ろ幸子!お前用の特注の水着がそんなに嫌か?」


「‪……‬了解、鏑木二尉♪」


 短い敬礼。そう言った幸子に別方向の謎の武装集団が、何かを投げてきた。

 そして、堂々と着替えを始める中、男所帯のSEALs達は凝視してある者は拍手を始める。



「バカ男どもめ‪……‬!

 気をつけろ!!ジャパンSEALsの女だぞコイツらは!」



「‪……知っているか、隊長どのは」


「辞めてくれ、最初は分からなかった。

 練度で言えば下だな、間違いなく」


「そうでもないと思うがな」


 言葉と共に異形の形と肌の色が変わっていき、数秒後には水着に防弾装備の褐色美女が噴水にいた。


「改めて私が鏑木沙芽。

 日本国海上自衛軍二等海尉。全天候特殊作戦群、だ」


 沙芽が右手を差し出すと、すぐにケイも握手を交わしてくれた。


「‪……‬‪……‬偽名か。ニンジャの国らしいな」


「ところがこれが本名。

 10年前の戸籍登録時の私のワードセンスはクソだった」


「しかし、ここも海軍の部隊か。

 日本といえば、特殊作戦群はやはり陸上自衛軍のと聞いてはいるが」


「そっちもいる。『バレット班』って呼んでいるな。

 機密情報だ、ありがたく受け取ってくれ」


 流石に、その情報にはケイもセシルも表情が変わる。



「それ今言うかい、沙芽ちゃんや」


「どうせバレるし、教授に総理大臣殿はなんて?」


「‪……‬‪……‬玲梓奈からは『裏で日米の連携の方向で話持ってくから丁寧に対応しろ』ってメール来てるよ」


「なら問題はないな」



 まぁそうとも言えるが‪……‬いや、腹芸はあの『メガネティラノ』に任せるかと守莉は肩をすくめる。



「で?」


「で‪……‬?」



「とりあえず、全員ようこそ霞ヶ浦バグズグリーズ研究所へ。

 見学なら大人しく並んで、私について来て順路を守ってもらおうか?


 ここは、気性の激しい動物じみたやつが、

 人間でも、人間以外でも多いから、安全ルールは守ろうね?


 とりあえずカメラはフラッシュ禁止。

 隠し撮りは、まぁすんなって言われてもするような悪ガキしかいないでしょ?」



 守莉の言葉に、沙芽以下海上自衛軍の精鋭、さっきまでSEALsを牽制していた面々が離れて、どうぞ並んでと手で指示を始める。


 いつのまにか、幸子もその手に三角の小さな旗を握って手招きしていた。



「‪……‬総員、武器下ろせ!

 楽しい課外授業は火気厳禁だ」


「いや、SEALsの隊長さん。

 火器歓迎だよ、ウチは。

 御守り代わりに抱えて、ついて来てほしい」



 そうして、突然来訪して来たアメリカの使者を迎えることとなった。



 正直、なんとかドンパチにはならず守莉は一先ひとまずは安心していた。



 流石に誰か、バグズグリーズ側の事故で人間が死ぬのは見たくはない。




          ***‬

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[新作]アサルトライブ 来賀 玲 @Gojulas_modoki

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