エピソード1 : バグった世界のスーパーヒロイン

第1話:日常-お呼び出し-言うこと聞かない同居人=最悪な朝の始まり






 10年前の物質電送実験の失敗により生まれた怪人『バグズグリーズ』。

 生物、無機物、概念のデータが混ざり現実に出力された彼らは、この地球上の中でひっそり暮らしていた。


 10年前の事故の原因、0号バグズグリーズこと戸籍上の名前でもある「高元守莉たかもとまもり」は今、




「あのねぇ、ゆうちゃんよぉ!?

 アンタがいくら天才美少女科学者って言っても、まだ16のガキなんだから日付変わるまで実験して寝落ちするような生活やめろって言ってんの!!


 睡眠不足は死ぬんだよ!?人間の弱い身体じゃあさぁ!?」




 目の前の同居人に、至極真っ当なお叱りを授けていた。





「意味が分からない。睡眠時間はとっているのに。

 ほら、2時まで起きて、今は朝の10時」


 そう言う彼女は、可愛らしい顔立ちのツーサイドアップヘアーの美少女だった。


 事実、この優‪……‬フルネーム『城ヶ崎じょうがさき ゆう』は、本当に美少女であった。


 ただし、その右目は眼帯に似た黒いデバイスで覆われており、事実彼女の右目がわりとしてカメラレンズにもなる半透明の素子が映像を脳に送っている。

 少し物騒な印象を、そのキョトンとした顔から受ける。



「健康優良不良娘が健康まで損なうんじゃあねぇ!!

 そう言うのは成人してからやれぇ!!!

 いややっぱ成人してからも寿命削んなや!!!

 健康な老後過ごせアホっぉ!!


 ドン、とテーブルを叩く守莉。

 拍子に倒れたもう残り少ないマヨネーズの容器を慌てて戻す。


「それでこそ、余計に分からないよ守莉。

 私のどこが、健康なのか」


 す、と優は右腕を上げる。


 ────機械の球体関節を持つ、特殊な合金と樹脂製の義手を。



「うっ‪……‬ぁ‪……‬‪……‬!」





 ─────爆発する通路。炎に満ちた壁。

 焼けこげた右腕を抑えて泣く幼い少女へ伸びていくのは‪……‬化け物じみた自らの腕。



 ‪……‬10年前、守莉は世界を一度滅ぼした。

 意図してはいるが、本意ではない。

 そしてその行為をした事がたまらなく嫌になるほど毎日後悔していた。


 城ヶ崎優は、その守莉の罪の被害者でもあった。



「‪……‬ッ、や、辞めて‪……‬!

 その冗談だけは‪……‬わ、笑え、な‪……‬‪……‬!!」



 過呼吸。

 急に上がった心拍数を、なんとか抑える守莉。



「‪……‬ごめんね。まだ気にしてるんだね」


「まだって‪……‬まだ!?一生消えるか!!私が‪……‬!!」


「違う。この腕は守莉ちゃんのせいじゃない。

 それに、確かにこの腕のおかげで私も不自由じゃないし、健康体だもの」


 手のひらを太陽に透してみれば。

 そんな歌詞が浮かぶように、真上の照明へ右の義手をかざす優。

 言葉の抑揚はあまりないが、普段通りのそれが本心な事を静かに、そして雄弁に語っていた。



 守莉にとっては、地獄の様な事実だった。



「‪……‬‪……‬恨んで良いんだ。その右腕は私のせいなんだから」


「恨んでもいいなら、恨まなくてもいいはず。

 私が恨むのは別の相手だし、この腕はもう何年もお世話になってる私の一部。


 守莉ちゃんにとってタチの悪い冗談でも言えるぐらい、この腕の事は気にしていない」



 ガポ、と左腕で義手を外し、プラプラと守莉の前で義手を振る。


 ああ、と頭を抱えて、すすすと守莉は隣の部屋の扉と言うか、和室の襖を開ける。



「‪……‬‪……‬優しい子に育ったのは、きっと博士も嬉しいだろうけど‪……‬

 ああ、やっぱ同じぐらい不良に育てたのは、博士に顔向け出来ねぇわ‪……‬」



 仏壇があった。守莉はおりんを鳴らして手を合わせる。

 飾られた遺影のどこか優に似た笑顔弾ける若い女性に向けて、手を合わせている。



「戸籍上は30で、実年齢はウサギさんだった頃含めて私と大差ないのに‪……‬

 まぁ家族なのは変わらないけど、義理のお母さん名乗るには若いよ」


 隣に来て、同じく手を合わせる優。


「‪……‬‪……‬‪……‬生意気に育ったよ。10年も経って」


 つい、守莉は思い出す。

 優の母‪……‬‪……‬顔以外似ていない、真妃梨まきり博士を。






『───よーし!今日から君は守莉ちゃんだ!

 いつまでも0号実験体とか、ラビット・バグズグリーズじゃ味気ないものね!』


『───ふええええ!!また実験失敗しちゃったよ守莉ちゃああああああん!!!』


『───もぉぉぉぉ!!!あの所長ムカつくよ守莉ちゃああああん!!!』


『───すぴー‪……‬むにゃむにゃ‪……‬‪……‬優ちゃーん‪……‬もうお嫁さんになる歳なんだねぇ‪……‬‪……‬ママは嬉しいよぉ‪……‬‪……‬パパったら泣かないの‪……‬‪……‬くー‪……‬』




『────ごめんね。あなたを世界を滅ぼす最低最悪の魔王にしてしまって。

 でも、あなただけの罪じゃない。

 いえ‪……‬本当に世界を滅ぼした魔女は‪……‬私だよね。


 誰かが、責任を取る必要があるの。

 最悪の未来を、最低最悪の結果にしないために。



 お願い。優ちゃんを守って。

 そして、世界を─────』





(真妃梨博士、あなたの娘はクソ生意気でとても元気に育ちました。

 あなたに見せたかった‪……‬生きたあなたに、このクソ生意気っぷりにオタオタして欲しかったんだ‪……‬!!)



 いつもの朝の、いつものセリフ。

 やがて顔を上げて、あらためて隣の『形見』の頭をグリグリする。



「痛い」


「痛いかい。学校おサボり魔には充分な痛みだろ」


「‪……‬不服。

 なんだったらおサボりじゃない」


 あ、と言うと、近くのバックをガサゴソと‪……‬明らかに大量のプリントを散らかして何やら取り出す。


「今日はテスト最終日。1科目だけでもう直ぐみんな帰ってくる。

 そして内容は、数学。


 私は問題を作れる側。当然免除」


 ドヤ顔、即チョップ。


「10歳で院出てるからって威張ってんじゃねー!!

 社会性ある霊長類たるホモサピエンス・サピエンスが社会性学ばんでどうすんじゃボケー!!」


「ムカッ‪……‬‪……‬顔は無しでしょ顔は!!」


 そして始まるキャットファイト。

 この二人、同じ屋根の下で過ごす仲であり、よくこの様な事態になる。





「はぁ‪……‬見なさいおウマさん。

 アレがこの場所でも最も知性がある存在だそうですよ」


「でも仲良しさんだし良いんじゃね?

 あとレタスうめぇ」




 そして、


 気がつけば、招かれざる客が二人いて、


 喧嘩をしている間に、用意していた朝飯を掻っ攫われる事態になっていた。







「ライちゃんはともかく『神様』までお昼たかりに来たわけ?」


 仕方がないのでにんじんスティックをライトニングライオーへ与えながら、守莉は目の前の巫女服黒髪の女性‪……‬‪……‬『神様』へこう声をかけた。



「たかりとは失礼な。わざわざ供物くもつをとりにきたのですよ、神自身が。

 それはそれとして、ごはんのおかわりをください。

 良い鯖味噌なのですすみます」


「メガロプテリギウス・バグズグリーズが鯖味噌でご飯おかわりって、これもうわかんない」



 神様、あるいは海神様わだつみさまと呼ばれている彼女、

 当然怪人‪……‬バグズグリーズだった。



「守莉、その長いカタカナは辞めなさい。

 それとこの前私の事を何も知らない人間に「ワカヤマ」などという人間名で呼んだのも不敬ですよ」


「悪かったって、神様。アンタの優しさにはこっちも助かってるよ‪……‬」



 とりあえず、もう1人‪……‬というか1匹のウマは優に任せてご飯を盛る守莉。


 この、『バグズグリーズの問題』そのものの二人の呑気さに‪……‬‪……‬守莉も、無言の優も常に頭を抱えていた。







 バグズグリーズ。

 改めて言うが、10年前の物質電送実験の事故で生まれた、生物と無機物と概念の3つのデータが混ざって現実に出力された怪人である。




 彼女らは、純粋な事故により生まれた0号バグズグリーズである守莉自身の影響が多く、その身体的特徴はメス。

 にも関わらず、性的二形‪……‬オスとメスで能力に差がある生物がベースのバグズグリーズも、何故かオスの能力を持っている。


 だが‪……‬一番重要なのは、「元は動植物」と言う点である。



 動植物そのままの感性と知性のバグズグリーズ、現時点での呼称『ギガバイト』バグズグリーズはまだいい。


 動物は本能で生きるが、それはつまりどう動くかが分かりやすい。

 故に、パワーが怖いが捕獲や飼い慣らすという意味で言えば、まだ楽だ。


 言ってしまえば、毎週日曜のスーパーヒーロータイムの中の、毎週出てきて、粘っても2週間‪……‬2話分の活躍しかしない怪人の様な物。



 問題は、そんなギガバイトバグズグリーズは今まで捕獲や確認した数を統合しても、バグズグリーズの内7%しかいない。



 バグズグリーズの内83%は、その上。


 ある程度人の知識がインプットされ、喋れて、人間へ擬態ができる、知性あるバグズグリーズ。


 『テラバイト』バグズグリーズ。人間と等しい存在。


 何が厄介といえば、人間と同じ知性があっても自認が人間に近い物、ならまだしも、


 例えばこの、今優に撫でられながらにんじんを貪るウマ女こと、ライトニングライオーの様に、


 人の知識を得ようが構わずウマのままのヤツはいる。


 それどころか、まぁ丁寧にご飯を食べる巫女服の神様の様に、


 精神病院のキリストかオメーは!?


 とでも言いたいヤベー自認の奴もいる。





 そして、1番の問題は、


 この二人は、『まだマシ』な部類という事である。







 さっき神様の優しさに助けられているというのは半分本音であり、

 どうか優しい神様のままいてくれという祈りでもあった。


 テラバイトバグズグリーズ以上の実力は、知性抜きでも高い。


 例えるなら、悪の組織の長に仕える、幹部怪人。


 物語の中盤、後が無くなってヒーローに直接挑み、大いに苦しめて新しい力が必要になるような、


 あるいは序盤から度々ヒーローを襲っては味方を助け、終盤まで大いに苦しめる実力がある様な、





 そんなヒーロー物の幹部怪人クラスが、

 バグズグリーズ全体の、87%を占める。




「‪……‬‪……‬神様、後でアンタの家で祈らせてもらうわ」


「おや、殊勝な事ですね。掃除もするとご利益おまけしちゃいますかもですよ?」


「掃除でもなんでもやるさ。神様がせっかくいるんだから祈りたい」




 ‪……‬自分が、そんな化け物達を世界中にばら撒いた。

 そもそも自分が、なのも忘れてはいけない。


 ‪……‬‪……‬何も化け物達全員が、化け物として生きていたいわけじゃない。

 ただ、生きるためには、少なくとも人間の味方として生きるか、


 人間のように、生きるしかない。


 いくら知識があっても、文明を作ったり維持できるような者達ばかりじゃない。


 問題を起こしたり、生まれたばかりのバグズグリーズを、多少手荒な真似をしても捕獲する。


 そして、この星でどう生きるかを支援ないし教える。


 それが目的であり、罪深い高元守莉ラビット・バグズグリーズの贖罪。



 毎回頭の中で反芻するこれらに、守莉は改めてため息を吐く。



(重苦しい生き方だよ、我ながら。

 しなきゃいけないこととはいえ)



 ────と、好物のレタスサラダのコブドレッシング付きが、パクリと食われる。


「うまうま‪……‬」


「‪……‬‪……‬ウマだけにって、アタシのレタス何食っとるんじゃァァァァッ!??!」



 流石にライオーにチョップして置いた。

 ウマもウサギも人も何も、食べ物の横取りは最低なのだ。



 と、そんな時に、守莉の携帯電話が鳴りだす。

 電話主の名義は『タコ娘』。緊急の電話だ。



「はい、おはよう」


『副所長。緊急です。

 お客様が研究所の正面玄関に』


「客?いったい誰?」


『スーツの白人男性。

 及び恐らくですが‪……‬米軍の部隊です。衛星映像より、森の影にトラック。

 熱源なんかはすぐ消えましたが、ギリギリ熱光学迷彩前の影をいくつか』


「大使館の人かね?

 人寄越すってことは、CIAさんかな。

 ま、友好国の人で、わざわざこっちに戦力隠して挨拶来るってことは‪……‬あくまで穏便に済ませたいのかね」


『そこまでは。

 エントランスにお通ししますね』


 電話を切りはぁ、とため息。

 即座に、もっと偉い人へ簡単に状況を直通秘密メールモードで送る。


 腐ってもあのアメリカの情報戦能力なら、もうバレてるだろうがとは思いつつ、守莉は着替える。


「優ちゃん、ちょっと野暮用できたわ。

 一応安全のためにアンタも来な」


「米軍相手に?」


「米軍にキレる相手用だよ、アレだいぶ使えるようになったろ?」



 なるほど、と頷く優は、近くのテーブルの上にある物、


 ─────分かる人には分かる、ベルトのバックルと、オモチャじみたヘッドギアを手に取る。




          ***

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