パンツ
惣山沙樹
パンツ
僕は兄の家に入り浸っていて、ほとんど自分の家には帰っていない。その日も兄と同じベッドで寝て起きて、朝食のクロワッサンをかじっていた。
「じゃあ瞬、俺バイトだから。洗濯物しといて」
「はぁい」
兄が出ていき、僕は洗濯カゴから兄のパンツを引っ張り出した。今回は兄のお気に入りのヒョウ柄だ。
「えへ、えへへ、えへ……」
僕はそのパンツを寝室に持って行き、ベッドに寝転がって顔の上に乗せた。
「兄さんの香りぃ……」
使い古してゴムが伸びかけているけれど、それがいい。それだけ兄がこれをはいたということなのだ。フガフガと鼻を鳴らしてどんどんかいだ。
「幸せ……本人かぐのもいいけど……移った香りもいいよねぇ……」
すると、ガチャリと玄関のドアが開く音がした。僕は慌ててパンツを枕の下に突っ込んだ。玄関に行くと、兄がスニーカーを脱いでいるのが見えた。
「に……兄さん?」
「シフト勘違いしてた。今日休みだったわ。ゴロゴロする」
そして、兄はベッドに入ってしまったのだ。パンツを隠した枕の上に頭を乗せて。
「あのさ……兄さん、コーヒーでも飲む?」
「要らない。それより洗濯したか?」
「あ、まだ……」
「さっさとやっといて」
「うん……」
あのパンツを回収してからにしたかったのだが仕方ない。僕は衣類をカゴから洗濯機に移してスイッチを入れた。
「どうしよう……」
何かの弾みであのパンツが見つかったら。兄はポンコツだから脱ぎっぱなしにしていたんだと勘違いしてくれるかもしれないが、今回に限ってきちんと洗濯カゴに入れたことを覚えているかもしれない。
「寝るの持つか……」
どのみち洗濯が終わるまで待たねばならない。僕は寝室に戻って兄の隣に横たわった。
「二度寝する感じ?」
「そうだな。今日休みってなって気が抜けた。寝るよ」
兄が寝たのを見計らって、パンツを取り出して。それから洗濯カゴに入れておいて、洗い忘れたことにすれば何とかなる。
早く眠ってくれるように、僕は兄の胸をトン、トンと叩いた。
「瞬、寝かしつけてくれるのか……」
「うん」
「ふぅ……気持ちいい……」
しばらくして、兄は意識を手放したようだった。洗濯機から電子音がした。まずは洗濯物を干すか、とベッドを出た。
干し終わってから、僕はそっと兄の頭を動かし、パンツを引っ張り出した。これで何食わぬ顔をして洗濯カゴに戻せばいいのだが。
「ああ……パンツ……兄さんがはいてたパンツ……」
兄の真横でかぎたくなってしまった。なんという背徳感。まずい。止まらない。
「いい匂い……」
うっとりしてきた。とうとう我慢できなくなって、股間の部分を唇で挟んだ。
「んふっ、んふっ、んふっ……」
「……瞬?」
兄が起きた。パンツをくわえている姿をバッチリと見られてしまった。
「おい、それ俺のパンツだろ! 何してんだよ!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「洗えって言っただろ!」
「洗う前に堪能したくて!」
兄はバッとパンツを掴んで広げた。
「うわぁ……瞬のヨダレでベトベト……」
こうなりゃ開き直りである。
「だって兄さんのパンツ好きなんだもん」
「この変態……」
「兄さんには言われたくないね」
今までにされた仕打ちは全部忘れてないからな。
「はぁ……お前まさか毎回こんなことしてた?」
「毎回じゃないよ。たまに」
「これから洗濯物はためないようにするか……」
「ええっ、ちょっとくらいいいじゃない……減るもんじゃないし……」
「俺の心の何かが減るんだよ」
しかし、それからも僕はこりずに兄のパンツをかぐ日々を送っている。
パンツ 惣山沙樹 @saki-souyama
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