鬼畜調教インカメラ
渡貫とゐち
握っていても握られている。
私はインカメラが嫌いだ。
なぜなら見られているからだ。
カメラを起動しなければ見られていることはないと言えるかもしれないが、起動していないからと言ってカメラが『起動していない』と言える根拠はなんだ?
こちらにアナウンスしていないだけで、カメラは起動し、ネットサーフィンをしている私の顔を常に監視し続けているかもしれない。
それは、祖母の幽霊が今も私の後ろについて回り、私のやることなすこと監視しているかもしれないと言うように――――だから私はカメラの射角にはできるだけ入らないようにしている。
スマホを正面からは見ない。少し斜めにずらすか、私自身の顔の向きをずらすか……それで完全に避けられるわけではないけれど、正面から見られるよりはマシだろう。
……なぜここまで毛嫌いするのか、と人に聞かれたことがある。
酷い目に遭わされたわけではないんでしょう? と毎回のように言われてしまうが、いやいや、酷い目に遭ったのだ……トラウマものだ。
私が悪いとは言え(それでも悪事を働いたわけではない)……。
だが、わざわざあんなことをする必要はないはずだ。
スマホに意思を持たせるからこうなる。
AIが学習し、成長した末の人間味を持ち合わせたスマホ――私のアカウント。
彼女(口調から判断したが)は、私の検索履歴を把握しているし、履歴からおすすめの動画や商品を勧めてきてくれる。だが、彼女は如何せん性格が悪く、こういうのは必要ないとこっちが注文したものばかりを勧めてくる。……AIとしては欠陥だ。
欠陥だが、人間味を得たことで現れた性格だったのだ……「お前は欠陥があるから削除する」と言えば、彼女はAIながらも泣き落としを仕掛けてくる。
人の好みを詳細まで理解したAIは、私が断れない声と言葉と口調で説得してくるのだ……勝てるわけがなかった。
彼女には全ての性癖を理解されているし、さらには人にはバラされたくない秘密も握られている……当然だが、暗証番号は筒抜けだ。
過去の写真のデータも。
消したはずの動画も、メモも、黒歴史も――。
クラウドサービスにまで手を入れている彼女は、家族で共有している赤ん坊の頃の写真や映像まで把握しており、いつでも全世界へ公開することができる。
イタズラでそこまでする彼女ではないと信じたいが……私が彼女に逆らえばそういう復讐をされることは目に見えているのだろう……私の方針は、今やスマホに握られているのだった。
外敵からは徹底的に情報を守ってくれる頼れるお姉さんだが、しかし私へ向ける刃としてはこれ以上ないほどの殺傷能力の高さだ……。
たまに、握り締める力が強くてスマホを壊してしまいそうになるけれど……そういう圧も感じて厳しく注意してくれるのだから、私が彼女に勝てる時代はもうこないのだろう……。
公式のサービスなので、ウイルスではないからバスターできないし……。これだけ言っておきながら、しかし彼女は別に敵ではない。彼女のイタズラにいつも困らされているが、言ってしまえばそれだけとも言える……それさえなければ……優秀なAIなのだけど……。
――私が強くトラウマを植え付けられた日の朝だ。
目を覚ました直後にスマホを見ると、通知があった……画像が届いている。
開くと、昨晩、私がスマホを見ている時の顔の写真がいくつも届いており……、
「なんだい、これは……?」
自分の顔だが、自然に、笑みで歪んでいる表情だった。
微笑ではあるのだが、ふ、と言ったようなものではなく、にやぁ、という下卑た笑みである。自分の顔だからそういう風に見えるわけではなく、誰がどう見ても下卑た笑みだと言うだろう……、もしくは、いやらしい? のか?
期待と興奮、そして狂気性を混ぜたような、人には見せられない笑みだった。
『昨晩のユーザー様のベストショットでございます』
「……これがベストショット……?」
彼女のことをまだよく知らない頃だったが、それでも最低限の会話は成立していた。
それが急に、忘れていたものを思い出したように、彼女は人間味を出してきたのだ……私に大ダメージを与えるように。
昨晩のことを、思い出させてくれる。
『ユーザー様がご利用しておりましたアダルト動画(緊縛調教)――を、視聴していた時のユーザー様の表情でございます。
……お好きなんですね(緊縛調教)。企画フォーマットは変えずに女優様だけを変えて、いくつも視聴していましたので……なるほど、と。ユーザー様はこういうのが好みなのですねえ』
「………………待て」
『表情から興奮度を数値化し、ユーザー様の股間の具合も予測することができ、』
「――お前はずっと見ていたのか!?」
『はい。アダルト動画(緊縛調教)を視聴していたユーザー様をずっと見ていましたよ? その時だけではありませんが……。ユーザー様がスマホを使用している時はいつも≪ワタクシ≫はユーザー様を観察しています。ユーザー様のために、ですからね?』
見られていた……?
アダルト動画を見ている自分の顔を、じっと、ずっと……!?!?
幸い、自慰行為までは見られていないだろう……。
『その通りでございますが、ユーザー様の表情は見えていますので……行為をしているユーザー様の表情はばっちりと撮影済みですが』
私の百面相は、彼女にばっちりと撮影されてしまっていた。
『情報提供ありがとうございます。今後のサービス向上のために利用させて頂きますね』
「なにをどう利用するんだ!? 頼むから消してくれよ!?!?」
スマホ(AI)に弱味を掌握される時代が、遂にやってきてしまったのか……?
…了
鬼畜調教インカメラ 渡貫とゐち @josho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます