第20話 妖刀⑧
竹内との戦いを終えた照生と人狼達は、まず神社に残した仲間の元へと向かった。だが神社で見たのは、あまりにも残酷で無慈悲な光景だった
照生との組み手で負傷し、神社で回復を待っていた5人の人狼。彼らは1人残らず殺されていたのだ。遺体の凄惨な有様を見て、その場にいる全員がそれが吸血鬼の仕業である事を確信した
児玉は膝から崩れ落ちた。その失意はすぐさま怒りへと変わり、地面を激しく殴りつけた
「クソッ!私のせいだ!この人数で固まっていれば、吸血鬼と遭遇したとしても仲間に連絡する余裕くらいはある…そう思っていた!」
児玉の目からはボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。八代や他の人狼達も強い怒りを抱き、握りしめた拳は痙攣している
「…すまない。俺が彼らを手負いにしたせいだ」
照生は組み手で彼らに反撃した事を強く後悔した。後に響くような重傷を負わせた訳ではない。だが、照生との組み手による負傷は、吸血鬼との交戦においては間違いなく不利となった筈だ
「馬鹿野郎。そもそもお前に組み手を頼んだのは俺だ。お嬢のせいでも、木更津のせいでもない。吸血鬼がウロついてる事を分かっておきながら、あんな悠長な提案をした、俺の責任だ」
八代は震える拳をさらに強く握りしめ、そう告げた。いや、誰のせいでもない。そもそも照生達は全員、吸血鬼という怪物の存在を、今の今まで完全に侮っていたのだ
「明後日…」
立ち上がった児玉がつぶやく
「明後日、満月が来る。私達人狼の力が、一番強くなる時だ。明後日までに吸血鬼を見つけ出して、倒す」
児玉の言葉に人狼達は黙って頷く。仲間を失った悲しみと怒りに包まれた彼らの意思は硬かった。そしてそれは、照生とて例外ではなかった
翌日。照生は学校へは行かなかった。昨夜の出来事の後、一睡も眠る事なくひたすらに吸血鬼の捜索を続けていたからだ。もはや今の照生に、手段を選ぶ余裕はなかった
照生は昨夜竹内が河田を殺害した現場にいた三人の三年生に話を伺った。彼らも学校へ行かず、いつかたむろしていたコンビニに集まっていたからだ。照生達があの現場に到着する以前の竹内の言動から、吸血鬼の居場所や素性についての情報が得られないかと期待して彼らに尋ねた
結論から言うと、三年生達からはほとんど有益な情報を得る事が出来なかった。昨夜いつものように夜遊びをしていた彼らの前に竹内が現れると、河田を挑発し、例の空き地へ連れて行ったのだという。その後は照生達が目撃した通りだった
だが、吸血鬼に支配されていたとはいえ、竹内があれほど冷酷に殺人を犯す事が出来た理由は判明した。河田を筆頭にした三年生が竹内をいじめていた事は本人との会話で認知していたが、そのいじめの内容は照生が思い描いたものよりも遥かに卑劣で度し難いものだったのだ
万引きや露出の強要。家族の財布から金を盗ませる恐喝。顔などを避け、目立たない衣服の下を狙った日常的な暴行。三年生達の口からは問い詰めるまでもなく、懺悔するかのように悪行の数々が語られていった。それらの行為が竹内の精神と尊厳をどれだけ傷つけ、どれだけ心に影を落としていたのか。照生には想像すらつかなかった
照生は三人を一発ずつ殴った。怒りを抑える事が出来なかった。竹内への、せめてもの償いとして、彼らを殴らずにはいられなかった。そして、自らが竹内から話を聞いた時、冷たく突き放してしまった事を激しく後悔した。だがもう、竹内に謝罪する事すら叶わないのだ
照生は行き場のない怒りに突き動かされるまま、吸血鬼の捜索を続けた。商店街をゆく人々に所構わず声をかけ、聞き込みをした。明らかに変人だと思われている。警察を呼ばれるかもしれない。しかし照生にはそんな事どうでも良かった。一刻も早く吸血鬼を探し出し、殺す。その為には誰になんと思われようと知った事ではない
「…い!…おい!」
突然、誰かから呼び止められ、力強く肩を掴まれた。照生は咄嗟にその相手を睨みつけるが、それはすぐに見知った顔だと分かる
「児玉…」
「学校に来てないと思ったら…あんた、何やってんのよ」
児玉は心配するような顔で尋ねた。照生は顔を逸らし
「…吸血鬼の捜索だ。昼間でも出来ない事はない」
と呟いた
「だからって、こんな風に街中で聞き込みなんてしてたらおかしい奴だと思われるじゃない!」
「…もう手段は選んでられない。向こうから新たな情報が来るという事は、新たな被害者が出るという事だ。それを待つつもりはない」
「馬鹿!吸血鬼は私たち人狼を狙っているのよ!一般人が襲われるのを待たなくても、奴は必ず…」
「だから!お前達が殺されてからでは遅いだろう!」
照生の怒鳴り声に、児玉は思わず肩をビクッと振るわせた
「吸血鬼は集団で力を発揮するお前達の特性を理解している!着実に数を減らす為、昨日のように少数になった時を確実に見計らって、襲いに来る!自分達を餌にするような真似はやめろ!」
児玉は照生の目を真っ直ぐ見つめ、黙って聞いている
「俺は奴にとってもイレギュラーな存在の筈だ。俺が1人で吸血鬼と対峙する事が出来れば、お前達は死なずに済む…それだけの事だ」
パァン
児玉は照生の頬を強く叩いた。照生はあまりに咄嗟の事に固まってしまう
「やっぱりあんたは馬鹿よ!こんな風に堂々と聞き込みなんかしてたら、吸血鬼があんたに勘付いてもおかしくないでしょ!いくら木更津でも、襲撃されたら死ぬよ!」
児玉は目尻に大粒の涙を溜めながら、照生を睨みつけた。照生は予想外の事に驚愕し、目を見開いた
「…なぜ泣くんだ」
「うるさい。馬鹿」
児玉はしゃくり上げながら、ポロポロと溢れる涙を隠すように拭き取っている。それに対して何も出来ず、次第に冷静になった照生は、ようやく自分達が道ゆく人々に奇異の目で見られていた事に気が付くと、児玉の手を引いて逃げるように商店街を去った
照生達は近くの公園に移動した。照生は自販機でコーヒーを2つ買い、ベンチに座る児玉に突き出した。どうやら落ち着いたようで、既に泣き止んでいる
「無糖と加糖。どっちがいい」
「…甘い方」
児玉に加糖のコーヒーを渡し、照生もベンチに腰掛けた
「…悪かった。さっきは冷静じゃなかった。確かにあんな風に聞き込みをするのは得策じゃない。お前のいう通り、相手に自分の存在を主張しているようなものだ」
「…別にそこだけに怒ったわけじゃないわ」
「…ではなぜ叩いたんだ」
数秒の沈黙の後、児玉は口を開き
「…あんたが、自分を大事にしないから」
「それは児玉達人狼も同じだろう。自分達を餌にして吸血鬼を誘き寄せるなど…」
「あんたとはわけが違う。こっちは立派な作戦よ。もとより人狼は吸血鬼に狙われているんだし」
「…だが」
照生は言葉に詰まる。こんな感情を他人にぶつけるのは、初めてだったからだ
「だが俺は、お前達に死んで欲しくない」
絞り出すように、そう呟いた。すると児玉は
「…私だって」
「私だって、木更津に死んで欲しくない。だから、もうあんな無謀な事はやめて。私達を心配してくれるっていうなら、一緒にいて。私も、もう仲間を置き去りにするような事はしないから…」
そう言った児玉の目からは、再び涙が溢れていた。やはり児玉も、昨日仲間が殺された事に強い責任を感じているのだろう。照生はポリポリと頭をかき「分かった」と呟いた
飲み干したコーヒーをゴミ箱へ捨て、2人は公園を後にした。無言で街を歩く2人の間には気まずい空気が流れる。不意に、児玉が沈黙を破った
「…前に話した人狼会の体系者って覚えてる?」
「ああ。今は根墨とかいう吸血鬼側の人狼に奪われたのだったな」
「そう。その根墨の前の体系者、
照生は黙って児玉の話を聞いている
「正直言って、私は器じゃないんだよね。お兄ちゃんみたいに頭も良くないし、冷静じゃないし、強くない。だから今の人狼会のリーダーは、実質八代に任せてる」
確かに八代は、昨夜も他の人狼に指示を出したり、自ら前線で戦ったりと活躍していた。リーダーの器に値するだろう
「お兄ちゃんはすごく強かった。歴代の人狼の中でも、トップレベルだと思う。吸血鬼に裏切られてなお人狼が生き延びれたのは、間違いなくお兄ちゃんのお陰」
「根墨とやらは、それよりも更に強いのか?」
「全然。根墨なんか、お兄ちゃんの足元にも及ばない。でもあいつは、お兄ちゃんにはない狡猾さがあった。仲間を唆して、吸血鬼側に擦り寄って、大人数でお兄ちゃんを殺したの」
「…そこからは地獄だった。仲間は次々と吸血鬼側に付いて、人狼会に残った人達もどんどん殺されていった。このまま仲間が死んでいく様を見続けるなら、吸血鬼に寝返った方がマシだなんて思う事もあった」
「でも、お兄ちゃんの為に怒って、絶対に吸血鬼になんか従うもんかって言ってくれる仲間がいたからこそ、私も覚悟を決められた。だけどそれも、今となっては本当に正しかったのかどうか…」
昨夜、無惨に殺された仲間達の遺体を見て、覚悟が揺らいでしまったという事か。照生は、自嘲的に笑う児玉を見て、胸が締め付けられる思いになった。彼女は、優しすぎる。仲間が死んでいく事に心を痛め、部外者であるはずの木更津の身すらも案じている。そんな児玉のなんとも言えない笑顔を見て、照生は覚悟を決めた
「俺が守ろう」
「え?」
彼女は確かに、リーダーの器ではないのかもしれない。吸血鬼と戦う上で、彼女の優しさは致命的だ。非情にならなければ、犠牲を伴う覚悟がなければ、人狼を遥かに上回る強さの吸血鬼を相手にする事など不可能だろう。だが、非情になりきれないのは照生も同じだ。ならば——
「お前達人狼は、俺が守る。この戦いが終わっても、お前らと共に吸血鬼と戦うと誓う」
「あんた何言って…それじゃあ組織は…」
「関係ない。俺の覚悟に迷いはない」
「…忘れたの?そもそもあんたは、私が強引にこの戦いに巻き込んだのよ」
「違うな。俺は元より吸血鬼を倒す為にここに訪れた。お前達と手を組んだのは俺の意思だ」
木更津照生の信念に、覚悟に揺らぎはない
「なんで、そこまで…」
「俺が、そうしたいからだ」
それはあの日から、ずっと変わらない事だ
終末の栞 乳母車 @ubaguruma
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