第19話 妖刀⑦
「竹内…なぜお前が…」
照生が絞り出すように呟くと、竹内は少し驚いたように目を見開き、再び照生を睨みつけた
「お前…木更津か。お前こそ何でこんな所に…なるほど、犬畜生の仲間だったか。確かにそれならあの強さにも納得がいく」
照生と人狼達を睨む竹内の眼球…その虹彩は血のように真っ赤に染まっており、竹内が人ならざる者である事を物語っている。照生はゴクリと生唾を飲み込み、竹内に語りかけた
「まずはその手を離してくれ…急に攻撃したりはしない。話がしたいんだ」
「話し?嫌だね。俺達は友達でも何でもないんだ。それに、お前がそこの犬共の仲間だってんなら尚更だ」
確かに照生と竹内は友人ではない。ほんの数分一緒に歩き、会話をしただけの関係だ。しかしそんな関わりの薄い照生からしても、今の竹内の喋り方、表情、視線の動き。どれをとってもあの時の竹内とは別人のように見えた
「覚えているか?『最低限自分の意思くらいは通せるようになれ』お前が言ったんだ。あの言葉は金言だったな。自分の思い通りに相手をねじ伏せる事が、まさかこんなにも心地良いとは」
だが竹内の口からは、竹内でなければ発し得ないような言葉がつらつらと出てくる。ふと河田を見れば、顔は鬱血し、口の端から泡を吹いている。どうやら既に意識を失っているようだ
「頼む…手を離してやってくれ…」
照生がそう言うと竹内は嬉しそうに口角を上げる。その口元からは鋭く尖った2本の犬歯が覗いた。そして、河田の首を絞める手にはより一層力が入っていく
「やめろ!竹内!」
照生の静止も虚しく、河田の首はボキッと鈍い音を立てて、ぶらりと垂れ下がった。竹内は首の折れた河田を地面へ乱暴に叩きつけると、こちらに振り返り挑発的な笑みを浮かべた
「うわぁぁあぁ!逃げろ!」
終始呆然と立ち尽くしていた三年生達は、河田の死の衝撃からかようやく我を取り戻したらしい。照生や人狼の間を通り抜け、空き地から逃げ出すべく一斉に走り出した。それを見た竹内は、左手を真っ直ぐに彼らの方へ伸ばす
ビビビッ
すると、左手の人差し指、中指、薬指の3本が逃げる3人に向かって、ギュンと鋭い針のように伸び出した
ズバッ
照生は刀を抜き前に出ると、勢いよく伸びる人差し指を斬り落とす。しかし斬り損ねた2本の指は三年生達を追ってどんどんと伸び続ける
ザシュッ ズバッ
間一髪。指の先端が三年生達の背中に迫り、今まさに突き刺さる、といった所で、2名の人狼が爪で指を切り裂いた。三年達はそのまま空き地を抜け、路地の角を曲がり、悲鳴をあげながら走り去っていった
「チッ…」
竹内は不愉快そうに舌打ちをした。伸びた指は巻取り式メジャーのようにシュルシュルと元通りの長さへと戻る。切られた指先ではグチュグチュと赤い肉がうごめいている。再生しているというのか
三年生達が逃げ切った事で、ある程度の冷静さを取り戻した照生は呼吸を整え、再び竹内に語りかけた
「竹内…お前は吸血鬼か?」
「…あぁ、そうだよ。だったら何だ?」
「お前を殺さなければならない」
「…ハッ!そうかよ!」
竹内はそう言って笑うと、地面を蹴り付け、4メートル程跳躍する。その背中からはメキメキと音を立てて、コウモリのような黒い翼が生えてきた。それを見た照生が刀を構え、戦闘の体制を取る最中、児玉が
「かかれ!」
と叫ぶ
児玉の号令と共に、人狼達が一斉に竹内へと飛びかかった。竹内は巨大な翼をさらに大きく広げると、異常な程に血管が浮き出た右腕をブンと振り翳し、空き地に凄まじい突風を発生させた
「ぐっ!」
飛びかかった人狼達は風圧に押され地面へと叩きつけられる。反対に竹内は自身が起こした突風を広げた翼で受ける事で、一気に10メートル近く上昇した
「逃げる気だ!追うよ!」
児玉の言う通り、高く飛び上がった竹内は空き地の上を通り過ぎると、学校の方角へ向けて移動して行った。人狼達はすぐさま立ち上がると、竹内を追うべく走り出す。照生も一度刀を鞘に納め、その後を追った
「あいつ…木更津の知り合いか!?」
隣を走る八代が尋ねる。先ほどのやりとりを見ていれば、当然生じる疑問だ
「ああ…一度会っただけだが。まさかあいつが俺の追っていた吸血鬼だったとは…」
「…どうだろうな」
「…?」
そんなやりとりをしている中、自在に空を飛ぶ竹内と、狭く入り組んだ路地を走り追っている照生達との距離は、次第に離れていく
「まずい…このままだと振り切られるぞ」
照生が焦燥の混じった声で八代に言うと
「分かってる!…阿東!」
と、数メートル先を走る人狼へ声をかけた。するとその人狼は即座に振り返り腰を落とすと、両手を低い位置で組み、踏み台の体制を取った
ダンッ
八代が人狼の手に足を乗せた瞬間、人狼は力強く八代を押し上げた。その身体は勢いよく空中へ飛び上がる。八代の身体はそのまま竹内の後方へと迫り
「落ちろッ!」
ザシュッ
鋭い爪でその翼を激しく切り裂いた。竹内は「ぎっ」と小さい悲鳴を上げたかと思えば、すぐに飛行のコントロールを失い、フラフラと地面へ下降し始めた
一方10メートル以上の高度へ放り出された八代は、そのまま近くのビルの外壁へと掴まり、落下の衝撃を免れる
「…なんて奴だ」
照生が八代の身体能力に関心していると
「落ちた!あそこだ!」
高所から竹内の動きを確認していた八代が、ビルの隙間の路地裏を指差した。照生と人狼達は急いで路地裏へ向けて走り出した
薄暗い路地裏には、恨めしそうな顔でこちらを睨みつける竹内の姿があった。あれほど存在感を放っていた背中の翼は、跡形もなく消えている
「犬と戦る時は一対一の状況を作れとあの方は言っていた…だけどこうなったら仕方ない…仕方ないよな…」
竹内はジリジリと詰め寄る人狼と照生から目を離さずに、何やらブツブツと呟いている。しかし突然吹っ切れたように歯を剥き出し
「かかってこい!犬畜生共!吸血鬼の力、見せてやる!」
と啖呵を切ると、こちらに向かって猛スピードで走り出した。見ればその両手には、人狼の爪よりも遥かに長く鋭い爪が現れている。照生は再び刀を抜こうと鞘に手をかけるが
「木更津は手を出すな!」
と、後方から合流してきた八代に止められる。八代はすぐさま竹内に向かっていき、その爪を自身の爪で弾き返す。照生の周りにいた人狼達も次々と加勢し、竹内に攻撃を繰り出していく
吸血鬼である竹内は、その肉体を…特に両腕 を目まぐるしく変形させ、剣や鞭、斧や槍など、様々な武器の形状を作り出し、振り回している。大振りで乱雑な攻撃ではあるが、その威力に不足は無く、当たりどころが悪ければ即死するであろう事を照生は見抜いていた
対して人狼は、狭い路地裏の壁や床を飛び回るように移動し、少しづつ、だが着実に竹内を切り裂いていく。速度で圧倒的に勝る人狼達に竹内が振り回した「腕」の攻撃は当たらず、ついには
ザシュッ
「ぐあぁ!」
1人の人狼の…児玉の攻撃によって、剣の形を作り出していた左腕が、手首から切り落とされた。竹内の喚き声を機に、人狼の攻撃は更に加速していき、右腕、左足、右足、と次々に四肢が切断されていく
「クソがぁぁああ!!」
最初に落とされた左腕の断面では既に再生が始まっており、赤い肉片が動いているのが見える。が、武器の形を再現するまでには至らないようだった。すると竹内は、四肢を失った状態で身体を小さく丸めた
竹内の背中がボコボコと隆起する。ワイシャツを突き破り出てきたのは、八本の腕…いや、脚だった。蜘蛛のような、毛と爪の付いた不気味な多関節の脚が生えてきた
その脚は失った四肢の代わりに竹内の身体を持ち上げる。さらに竹内の首がゴキンと鳴り、地面と並行になった身体に合わせて、首の角度が正面を向くように変形した。これはもはや吸血鬼ではなく、人面蜘蛛だ
人狼達は、変わらず絶え間なく攻撃を浴びせ、竹内は背中の脚を駆使して防御する。しかしそれでも防戦一方の戦況に変化はなく
「クソッ!」
吐き捨てるようにそういうと、8本の脚で路地の反対側へと逃げ出した。次の瞬間だった
ゴトン
上方から降ってきた八代の攻撃によって、呆気なく竹内の首が落ちる。八代はすぐさま落ちた頭を踏み抜き、ゴシャッという嫌な音が路地に響いた。頭を潰された竹内の死体はボロボロと崩れ落ち、次第にどす黒い灰の塊へと変わっていった
「…これでもう、再生はしないだろう」
八代がこちらを向き、そう言った
「…そうか」
照生は内に抱えた複雑な心境を見せぬよう、振り絞るようにそう答えた。だが何にせよ、これで任務は終わったのだ。「実験」に関しては試す暇がなかったが、人狼と協力した甲斐もあり、想定したよりもだいぶ早く片付いた
「木更津…お前、こいつと最後に会ったのはいつ頃だ?」
唐突に八代が質問を投げかける
「昨日の昼頃だが…それがどうかしたか?」
「屋外だったか?」
「ああ…学校の外へ一緒に行った」
「…なるほど、どうりで弱いわけだ」
「…?どういう事だ?」
「吸血鬼は昼間、外で活動することはできない。例外なく灰になる。昨日も話しただろ」
「…!」
「こいつは俺たちの標的じゃない。昨日お前と会った時点では、まだ吸血鬼にはなっていなかった」
「ならば、なぜ突然吸血鬼に…」
「十中八九、俺達が追っている上級吸血鬼の仕業だろうな。大方、昨日の「食事」の後、こいつを吸血して眷属に変えたんだろう。あっさり倒せたのも、こいつが吸血鬼になりたてだったからという事だ」
「…竹内とはたった数分会話した程度の仲だが、先程の竹内は昨日とはまるで別人だった…それも吸血鬼化した影響か?」
「だろうな。眷属となった者は、どれだけ強い意志を持っていようと主人である吸血鬼の従順な下僕となり、その人間性を歪められる。今回のこいつの言動を見て想像するに、命令に従わせる為に元の人格や記憶はある程度残したまま、倫理道徳等のブレーキを破壊し、反対に残虐性を増幅させられていたのだろう」
「そんな事が…」
「…可能なんだ。吸血鬼っていう化物にはな」
吸血鬼。当初は、任務で仕方なく相対する者、という程度の認識でしかなかった。人を殺した能力者とはこれまでも対峙してきた。多少不思議な術を使うとて、照生が任務に望む心持ちは変わりない。ただ、刀を振るうのみ
しかし、吸血鬼は違う。命だけではなく、人間の感情、意思、心すらも弄ぶ真の化物だ。人の道理から完全に外れた、能力者などという枠組みに入れる事すら憚られる、最も忌むべき卑劣な存在
「…外道が」
照生は再び強く拳を握りしめ、吸血鬼の滅殺と、竹内の仇討ちを強く心に誓った
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