第18話 妖刀⑥

編入して2日目の学校が終わり、町も寝静まった深夜1時。照生は再び人狼と出会った神社へ訪れていた。今夜はどうやら、照生の実力を確かめる為に模擬戦を行いたいらしい。正直そんな悠長な事をしている場合ではないのだが、協力する事になった以上、彼らの信頼を得なければならない


「なあ。その刀、昨日より短くないか?」


1人の人狼が照生に尋ねる。人狼に変身した状態では区別が付かないが、声色からして恐らくは八代だろう


「今日はこっちを使う」


照生が持ち出したのは、昨日の刀よりも幾分か短い日本刀。照生としてもやはりこちらの方が、使い慣れているだけあってしっくり来る


「さあ。いつでも構わん。殺す気で来い」


首をゴキゴキと鳴らし、刀を力強く握った。照生が刀を前に構えたのを合図に、人狼達は一斉に飛び掛かる


キィン!


無数の鋭い爪と刀が激しくぶつかり合い、その音が静かな神社に響き渡る。3人の人狼の猛攻を、照生は同時に捌いている


その隙を目掛け、神社を覆う木々の上から人狼が飛びかかる。しかし流れるような刀捌きで峰打ちを与えられ、人狼は地面へと叩きつけられた


休む間もなく、次々と人狼が照生に襲いかかる。攻撃をしては距離を取る。ヒットアンドアウェイの戦法を10名近くの人狼が絶え間なく浴びせ続ける


照生は自身の攻撃のタイミングをカウンターに限定し、殺さないよう細心の注意を払いながら、次々と人狼を峰打ちや掌底で戦闘不能に追いやっていった


人狼は巧みな連携でなんとか照生から隙を作り出そうと画策するも、照生は未だ息ひとつ上がっていない。人狼の動きを読んでいるかのように、すべての攻撃をいなし、的確に反撃を与えていく。着実に動ける人狼の数は減っていき、ついに


「あー!やめだやめ!」


八代が声を上げると、他の人狼も攻撃の手を止めた


「どうした?」


「これだけの人数相手に互角以上にやれるなら文句ない。少なくとも本気でやり合えば、全員お前に殺されるって事がよく分かった」


「そうか。なら良かった」


そう言って照生は刀を腰に刺した


「俺達人狼は、集団戦にはめっぽう強い。お互いの考えている事が感覚として理解できるから、1つの生き物のように息の合った連携が取れる。そんな俺達を相手にここまで動けるとは、正直思わなかった。みくびってたよ」


人狼にそんな能力が備わっていたとは。どうやら、毛深くなるだけの能力者ではないらしい


「ていうかあんた、本当に無能力者なの?人狼相手にこれだけ戦える人間なんて、聞いた事ないんだけど」


「ああ、俺は紛れもなく無能力者だ」


「ふーん。まあいいけど」


児玉はどこか訝しげな視線を送りながらそう呟いた。無理もない。照生は確かに能力者ではないが、その出自が特殊故、そこいらの能力者を遥かに凌駕する実力を有しているのは紛れもない事実だ


「では、俺は今日も吸血鬼の捜索に出るが。お前らはどうする?」


照生は人狼達に尋ねる。4、5人の人狼は照生の攻撃を受けたことで、命に別条はないが、未だに身動きの取れない状況にある


「私と八代は木更津について行く。他のまだ動ける奴はそいつらで固まって、2組に分かれよう。これだけの人数がいれば手分けしても瞬殺される事はないだろうから、お互い吸血鬼と遭遇した時にはメールを送る」


「了解した」


そういって照生は児玉、八代とともに神社を出た。もう一方のグループは残った人狼6人ほどが固まり、動けない人狼達は回復を待ち神社に残る事となった


児玉と八代は変身を解き、照生と並んで歩き始めた


「木更津。人間を食ったばかりの吸血鬼は、正直言ってかなり手強い。俺達も下級の吸血鬼としか戦った事はないが、5、6人がかりでやっと倒せた程だ」


3人で畦道を歩く中、八代が照生に向けて話し始めた


「そして奴らの能力には未だに謎が多い。幻術のような力を使う者もいれば、肉弾戦が得意な奴もいる。だが、今回の吸血鬼がどちらのタイプかは未だに分からん。交戦した仲間が全て殺されてしまったからな」


「幻術か…なるほど、厄介だな」


肉弾戦ならともかく、幻術による干渉を防ぐ術は照生にない。発動前に仕留めるか、交戦時に自力で攻略法を探るしかなさそうだ。そんな事を考えていると、児玉が照生の横へやって来て


「ところで木更津。あんたに一つ聞きたい事があるんだけど」


と尋ねた


「何だ」


「あんたは一体、どこの組織の人間なの?無能力者だって話だから、アンラベルじゃあないんだろうけど」


まあ、当然の疑問だろう。自ら語るつもりはなかったが、聞かれたのなら答える他あるまい


「帝統枢和議会だ」


「えっ?なんて?」


帝統枢和議会ていとうすうわぎかい。江戸幕府の名残で、日本政府樹立の陰で細々と異能開発を行っていた組織だ。俺は議会の傘下である『葉渡はわたり一族』の一員として今回の任務を請け負った」


「政府の陰でって事は…じゃあもしかして、あんたアンラベルからしたら敵?」


児玉は不安そうに尋ねる。今朝のホームルームでもう時期アンラベルが捜査を開始するという話が出ていたし、心配するのも無理はない


「そういう訳ではない。表沙汰にはされていないが、異能革命後は異能への深い造詣を買われ、日本のアンラベルの運営…特に全国の異能都市設立の時期には議会もかなり介入したと聞いた」


「それなら良いけど…ていうか、そんな組織に所属するあんたの家系の葉渡一族っていうのは何者なのよ」


「1人の剣豪を起源として生じた、異能力者の一族だ」


「え?やっぱりあんた能力者だったの?」


「いや、血統としてはそうなんだが。俺は能力を発現出来なかったんだ」


「あ、そうなんだ。じゃあ他のご家族の方はみんな能力者なの?」


「殆どな。葉渡一族の覚醒した能力者には代々受け継がれて来た『戦術』と『型』そして『超人的な身体能力』が自動的に備わっている。能力を覚醒させた時点で、歴戦の剣士並みの即戦力になる事から、長年議会お抱えの用心棒として重宝されて来た」


「…で、木更津はそのどれも備わってないと?」


「…そうなるな」


「ふーん…まぁ、それであれだけ戦えるのは凄いけどさ。議会も流石に吸血鬼を相手にするなら、あんたじゃなくて葉渡一族の他の能力者を派遣するべきだったんじゃないの?」


「…そんな事を俺に言われてもな」


「あ、そっか…ごめんごめん」


照生が少し悲しそうにして俯くので、児玉ははっきり言い過ぎた、と反省したそんな時


ピロリロリーン


静かな畦道に突如として電子音が鳴り響いた。見れば八代の携帯にメールが来たらしく、険しい顔で内容を確認している。すると


「お嬢、木更津。あっちのグループが吸血鬼らしき奴を発見した。複数の人間と一緒にいるんだが、その中の1人に明らかに異様な匂いの奴が混じっているとの事だ。合流するぞ」


八代がそう告げると、照生と児玉にも緊張が走った


「場所は」


と照生


「学校の近くだ」


「了解した。急ごう」


照生がそういうと2人はすぐさま人狼形態へと変身する。3人は畦道を引き返し、神社のある林の反対側に位置する学校の方面へ向けて走り出す。最中、照生が隣を走る八代に質問を投げかけた


「八代、異様な匂いというのは何だ?」


「人狼の能力の一つだ。殺気を放っている奴を、嗅覚で判別する事ができる」


「能力者かどうかまでは分からんのか?」


「…それが分かったら、あんたをしつこく疑わなかったわよ」


と児玉が口を挟む


「確かにそうか」


「もうすぐ仲間と合流する。吸血鬼らしき奴は人間を連れて路地裏に入って行ったらしい」


八代は人狼の大きな手で、器用に携帯を使いながらそう言った


「ここは…」


学校の近くだからだろうか。目的地に近づくにつれ、照生はどことなく周囲の風景に見覚えがあるような気がしていた


「いた。あのビルの屋根の上だ」


八代が指差した小さな商業ビルの上には、確かに6人ほどの人狼が固まっている。照生達は近くの電柱からそのビルへと飛び移り、そのままベランダを梯子のように駆け上り屋上に到着した


「来たか。見ろ、あれだ」


待機していた人狼が指差した先を見下ろすと、一昨日照生が不良能力者、河田とタイマンをさせられた空き地に集まる5人の人影が見える


「あれは…」


そこにいたのは、まさにあの場に居た三年生と河田だった。あの時と違うのは照生が居ない事と、三年生が1人かけている事だ。やはり吸血鬼に捕食された生徒というのは、あの時の1人だったのだろう


「あの5人の中の1人から、強い殺気がする」


1人の人狼が呟く


「死ねぇええええ!!」


次の瞬間。突如として5人の中の1人が大声を上げ、もう1人の首を掴み上げ、そのまま空き地の奥にある壁へと叩きつけた


「なっ!」


「クソッ!ビンゴかよ…行くぞ!」


八代の掛け声と共に、人狼達は一斉にビルを飛び降り、隣のビルや電柱を経由しながら地面へ向かって行った。照生も慌ててその後を追う


照生達が空き地に着くと、既に騒がしかった男達が、人狼の姿を見てより一層騒ぎ始めた


「ひぃぃぃ!出た!化け物!」


「何だってんだよ!次から次へと!」


突如現れた人狼の集団に怯え、叫ぶ三年生。どうやらまだ照生には気が付いて居ないらしい。そしてその向こう側。空き地の奥には、やはり見覚えのある顔がある


河田だ。首を掴まれ、壁にヒビが入るほど押し付けられ、泡を吹いているのは、不良能力者の河田。そしてその河田を片手で軽々と持ち上げているのは


「竹内…?」


「あぁ?」


照生達の方に振り返り、睨みつけてきたのは、いじめられっ子の三年生。竹内だった。

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