第17話 妖刀⑤

照生が佐世保に訪れ、千歳浜高校へ編入してから2日目。初日こそ遅刻してしまったが、今日は無事ホームルームよりも前に学校に到着する事ができた


昨日は色々と慌ただしい一日だったが、それなりに進展もあった。照生の目的である吸血鬼と敵対する、人狼なる能力者達とのコンタクトに成功した


彼らの存在を組織に隠し通さなければならないというのはいささか骨が折れるが、長期間の任務になる事を覚悟していた照生にとって、吸血鬼に繋がる手段を得られたのは願ってもない事だった


「おはよ」


照生がカバンを置いて席に着くと、隣の席に座る児玉が、瞼を擦りながら挨拶をする


「おはよう。眠そうだな」


「逆になんであんたは眠くないのよ…昨日あんな時間まで起きてて…」


「元々あの時間に活動する予定だったし、放課後に少し仮眠を取っていたからな」


「あっそ…」


児玉は口元を隠しながら大きなあくびをした


「ところで、お前達は昨日あの神社で何をしていたんだ?」


「集会よ、集会。2日に一回、仲間が減っていないか確認する為に集まるの。いつ吸血鬼に殺されるか、分かったもんじゃないからね」


「なるほどな。でもそれならメールでも良いのではないか?」


「メールじゃあ本当に仲間が送ったか分からないじゃない。それに直接会えば、仮に吸血鬼が人狼に変身していても匂いで分かるわ。いわば逆人狼ゲームね。ふふ」


「逆人狼ゲーム…?」


照生がポカンとした表情をしていると


「…なんでもない」


児玉は不機嫌そうに顔を背けた


「ところであんた昨日、自分は能力者じゃないとか言ってたけど、生身の人間が吸血鬼に勝てると思ってるわけ?正直、どれだけ強くても普通の人間だったら瞬殺されると思うわよ」


「その点に関しては問題ない。組織も吸血鬼の実力を十分理解した上で、俺を送り込んでいるからな。真っ当にやり合えば、負ける事は無いはずだ」


「だったら良いけどね…」


児玉は昨夜、照生が非能力者であるという事を明かしてからというもの、どうも戦力的な不安を抱いているらしい。無理もないか


「で、今夜なんだけど、例の神社にまた来て欲しいんだ。昨日と同じ、1時くらいに」


「了解した」


照生と児玉が小声でそんな話をしていると、1人の男子生徒がニヤニヤしながら近づいて来た


「おいおい。そこの2人、随分と仲良いじゃないか」


「八代…学校では話しかけるなって言ってるだろ。木更津、こいつも仲間だ」


八代と呼ばれた男は、照生の方を向くと爽やかにウィンクをした。昼間は人狼達も一般社会に溶け込んで生活しているという事か。八代は周囲を見回し、照生と児玉の間に顔を伸ばすと小声で話し出した


「お嬢、木更津。昨日の夜、俺達が集会をしている間に吸血鬼が出た。住宅街の方で、殺されたのはこの学校の生徒だ」


「何…?確かか?」


「隣のクラスの奴から聞いた情報だが、状況から見て吸血鬼と断定して良いだろう。なかなか俺達を捕えられないから、腹を空かして人間を食いやがったんだ」


「人間を…なんと恐ろしい。お前達は食わないのか?」


「食うか!失礼な奴だな!」


八代がジロリと照生を睨みつけた


「吸血鬼の食事は特殊だ。生きる為のものじゃない。能力を活性化させたり、眷属を生み出す為のエネルギー源として、人間を喰らう。つまり、いよいよ本腰を入れてきたって訳だ」


なるほど。吸血鬼の捜索に時間をかければかけるほど一般人への被害が及ぶという訳か。ならば一刻も早く討伐しなければならない。しかし相手もそこまで躍起になって人狼を探しているというのなら、遭遇する事自体はそこまで難しくないだろう


「そもそも奴らは尋常ならざる不死性を持っている。餓死するような事はまずない」


「吸血鬼というくらいだし、日光が弱点だったりしないのか?」


「確かに奴らは日光の下で活動できない。日を浴びると灰になるからな。しかし夜になればどこからともなく復活する。灰から復活するのではなく、本当にどこからともなくだ」


「冗談みたいな存在だな」


「ああ。だからお前が無能力者と聞いて、俺達は正直かなり落胆している。昨日の動きから、かなりの腕を持っている事は認めているが、お前に吸血鬼が倒せるとは思えない」


「その点は恐らく問題ない。実験としての側面もあるが、吸血鬼の討伐自体は叶うだろう」


照生がそう言ってのけると、八代と児玉は意表をつかれたような顔をした


「…何がお前をそこまで自信過剰にさせるのかは知らないが、とにかく今夜はその実力を測らせてもらう。いいな」


「ああ。問題ない」


照生がそういうと、八代は教室を去っていった


「木更津、せっかく協力してくれるってなったのに、悪いね。でも、半端な実力で共闘してもお互い危険になるだけだから」


「気にするな。お前らの意見はもっともだ。俺はただ、力を示すのみ」


そんな事を話しているうちに、担任の野原が教室へ入って来た。どこか重く、暗い表情をしている


「えー…みんな、朝からこんな話をして悪いんだが。昨日の夜、うちの学校の生徒…三年生の佐々木が死んだ。殺されたらしい」


教室が一斉にざわつき始める。三年生…照生はまさかと思った


「佐々木は友達三人と夜遅くまで遊んでたらしいんだが、解散した後に何者か…恐らくは能力者と思われる者に殺された。遺体の状況から見て、かなり残忍で冷酷な能力者だと思われるらしい」


4人組…恐らくは昨日照生がコンビニで出会した三年生の内の1人と考えて間違いないだろう。吸血鬼に喰われたという話だから、恐らくその遺体はかなり凄惨なものだったはずだ


「というわけで、近々アンラベルの人達が調査を開始するらしいが、お前ら、絶対に夜間は出歩かないようにしろよ。昼間もなるべく1人では行動するな。以上」


アンラベル…ここまで自体が大きくなってしまった以上、奴らがこの町に来る事は避けられない。先に吸血鬼を討伐され、照生の任を奴らに奪われる訳にもいかないし、ここは迅速に対応しなければ


衝撃的なニュースに教室がざわめく中、照生は机の下で静かに拳を握った

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る