第16話 妖刀④
風が吹き、ざわざわと林が騒ぎ出す。照生は複数の獣人に囲まれながら、クラスメイトの児玉珠莉と向き合っている
「そちらの話を聞く前に、1つ質問に答えてほしい」
「…なに?」
「お前達は『吸血鬼』か?」
「は?あんた何で吸血鬼の事を…いや、その話は後だ。私たちは『人狼』よ。見れば分かるでしょ」
人狼。児玉は自らの事をそう呼んだ。どうやら吸血鬼とは別種の能力者らしい。何とも面倒な事になった
「そうか。違うなら良い。それで、話というのは何だ」
「あんたがどんな目的でここに来たかは知らない。けどとにかく、私たちの事は見逃してほしい。お願い」
「お前達が何をしているかによる。吸血鬼ではないにしても、罪のない者を襲うような事があれば、その要求には応え兼ねる」
「誓ってそんな事はしていない。少なくとも『私達』は」
「分かった。ならば今日ここで見たものは全て忘れるし、金輪際君たちに関わる事はない。では」
そう言って照生が立ち去ろうとすると、児玉は慌てて照生の襟元を掴んだ
「ちょちょちょ!まだ話は終わってないって!あんた、吸血鬼を探してるんじゃないの?」
「そうだ」
「…私たちは今、吸血鬼に追われているの」
「何だと…?」
「…事情を話せば長くなるけど…聞いてもらえる?」
「分かった。聞こう」
「元々、人狼と吸血鬼は数百年間同盟を組んでいたんだ。でも、世紀末を期に力をつけた吸血鬼が裏切って、人狼の殆どを虐殺した。残った人狼は吸血鬼に服従した『月光夜會』と私たち『人狼会』に分裂したの」
「なるほど」
「でもね、体系者は人狼会側に居たんだ。だから私たちは何とかやって来れたんだけど、今から2年前、根墨っていう新参がやって来て体系者の座を奪い、あろう事か月光夜會に鞍替えしやがった」
「ふむ」
「…そこからは地獄だった。仲間はどんどん月光夜會に寝返り、こっちに残った奴も裏切った同族に殺されていく。全盛期は全国に1万人近く居た正式な仲間が、今じゃたったの16人」
「…」
「それでもしぶとく生き延びていた私たちに痺れを切らしたのか、奴らは自分たちの飼い主である吸血鬼をよこして来た。しかも雑兵じゃなく、数百年以上生きた上級吸血鬼。まともにやりあえば間違いなく全滅する…」
照生は黙って話を聞いている
「…木更津。もしあんたがこの町に来た目的が、吸血鬼の討伐…もしくはそれに近い何かだとしたら、私たち、協力して吸血鬼を倒せないかな?」
「…少し考える」
「…分かった」
照生は俯いて顎に手を当てる。どうしたものか。確かに児玉の言うとおり、照生がこの町にやって来た目的は吸血鬼の討伐…もとい、とある『実験』のためだ。吸血鬼に追われているという彼らと協力すれば、その任務も早々に決着するだろう
しかしだ。照生と人狼である彼らとの協力自体が、お偉い方の意向に反した場合。最悪彼らは1人残らず殺される。それも恐らくは照生の手によって
「やめておいた方が良い。俺はとある組織の命に従って吸血鬼の討伐に赴いている。君たち人狼と協力すれば多少容易になるかも知れないが、そうなった場合、君たちの存在を知った組織がどういった判断をするかが不明瞭だ。故にやはりここで別れ——」
「じゃあ内緒にしててよ。私たちの事」
「何…?」
「私たちの存在が組織に知れたら、殺されるかも知れないんでしょ?じゃあ木更津が黙っててくれたら良いじゃん」
「…随分と都合の良い事を言ってくれるな。そんな事をして、もしバレるような事があれば——」
照生の言葉を遮るように、児玉は自らの肩をさすり
「あーあ、さっき木更津に刀突き立てられた時、すっごい怖かったなぁ」
と言って恨めしそうに照生の方を見た
「…」
「あろう事か私たちの宿敵の吸血鬼と間違われるし。一歩間違えたら私、殺されてたかもね。あ、でも吸血鬼に殺されちゃうかもしれないし、対して寿命変わらないかなあ」
照生は何も言い返せなくなってしまった。完全な人違いで殺しかけた相手に対し、事情を聞いておきながら協力を拒絶するというのは、あまりにも不義理な行いだ。それは照生の持つ信念に反する
「…すまなかった」
照生が謝罪をすると、児玉は一変して笑顔になり、覗き込むようにして照生の顔を見た
「うんうん。それで?」
照生はふぅとため息をつき、真っ直ぐに児玉の目を見て言った。こいつ、なかなか良い性格をしている
「分かった。俺の勘違いでお前達を襲ってしまった詫びとして、吸血鬼の討伐は人狼会と全面的に協力して行おう。加えて任務終了後も、お前達と遭遇した事は組織には報告せずにおく」
「やったー!みんな聞いた!?木更津、協力してくれるってさ!」
児玉はぴょんぴょんと飛び跳ね、周囲に向けて手を振った。照生達を囲んでいた人狼は口々に
「流石お嬢!」
「よろしくな!坊主!」
「髪切れよ!」
と声を上げた。やれやれ。本当に面倒な事になってしまった。しかし一方的に襲いかかったのは完全に照生の過ちだし、人狼達と情報共有が出来る事は間違いなく有益だ。ここは腹を括るとしよう
「それで、木更津は何の能力を持ってるの?」
そんな事を考えていると、児玉はなにやら期待に満ちた表情でそう尋ねた
「ん?」
「協力する以上、あんたがどんな能力者なのかくらい知っておきたいから。教えて!」
「俺は能力者ではないぞ」
照生の一言で、盛り上がっていた人狼達が一斉にして静まり返る
「は?」
「俺に出来るのは、刀を振るう事だけだ」
「嘘でしょ…」
児玉は、ひどく落胆した声でそう呟いた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます