第15話 妖刀③

佐世保市郊外の夜の住宅街。付近に街灯は殆ど無く、山麓の静かな町並みは、朝日が昇るのを息を潜めてじっと待ち続けていた


そんな中、民家の屋根と屋根を颯爽と飛び交う人影が、月明かりに照らされて時折姿を見せる


この町の屋根は昔ながらの瓦屋根が多く使われている。人間が走り、飛び移ろうものなら、静かな夜の町にかなりの騒音が響くであろうはずが、住民達は彼が頭上を通り過ぎて行った事に気付く余地もない


少年、木更津照生は音もなく夜の住宅地を飛び回り、何かを探すように周囲に警戒を張り巡らせる。およそ現代では見慣れない袴を、着慣れた様子で身に纏い、その背には大振りの日本刀を携えている。うなじで縛った真っ黒な長髪も相まって、その姿はさながら江戸末期の武士のようだった


照生は暗い町中でひときわ灯りの強い場所がある事に気付き、付近の民家の屋根で立ち止まる


「あれは…」


視線の先には10代後半と思わしき若者数名がたむろする、コンビニエンスストアがあった。夜の田舎町では数少ない光源であり、ここで暮らす若者にとっては格好の溜まり場のひとつなのだろう


見ればそこにいるのは、昼間照生を連行した三年生達4人だ。竹内や河田の姿は見えない。照生は屋根から飛び降り、コンビニの方へ向けて歩き出した


「それにしてん竹内ん野郎…あがん化け物ば連れてきやがって…今度あったらただじゃおかん」


「まさか河田さんがあがんあっさり負けよるとは。やっぱあいつも能力者だったんかな」


「どうじゃろ…って、あぁ!?」


照生がやってきた事に気づいた1人が、指を刺して声を上げる


「よう」


「お前…転校生!なんじゃそん格好!コスプレか!」


照生に気がついた三年の1人が、昼間の恨みからか喧嘩腰で突っかかってくる


「馬鹿!やめれ!」


しかし他の者達は完全に照生を警戒しており、必死にそれを静止している。照生は気にする様子もなく、彼らに質問を投げかけた


「お前達、この町で化け物が出たという噂を聞いた事はないか」


「あ?化け物?お前何言って…」


「あるわ…」


「えっ?」


照生の質問に、1人が唐突に思い出したかのように声を上げた


「田んぼの方行くと神社あるじゃろ。あん近くで毛むくじゃらん化け物見たって話、こないだ聞いたわ」


「誰に聞いてんそがん話」


「親父の知り合いが言いよったらしいわ。あと姉ちゃんの友達も見てん聞いた」


「嘘くせー。本当かよそん話」


聞いた話によれば吸血鬼は姿形を自在に変化させる術を有しているらしい。毛むくじゃらの化け物とやらの正体が吸血鬼である可能性は低くない。ダメ元で聞いてみたが、初日から有益な情報が得られたのかも知れない


「情報感謝する。では」


「ちょ、待て!転校生!」


照生が立ち去ろうとすると、1人の少年がそれを止めた


「なんだ」


「お前…もしかしてアンラベルか?」


「…まあ、似たようなものだ。だからあまり風聴しないで貰えると———」


照生がそう言いかけると


「うおおおお!マジかよ!じゃあそん格好もアンラベルん制服か!?」


「なら昼間の喧嘩も超能力使っとったんか!?」


「そりゃ河田さんじゃ勝てんばいな!」


と一斉に興奮の声が上がった


「いや…だから、アンラベルではないんだが…」


照生が訂正する声も虚しく、三年達は子供のようにはしゃいでいる


「…とにかく、言いふらすような事はしないで貰えると助かる。こちらも任務でやってる訳だからな」


「オッケーオッケー!絶対誰にも言わんばい!」


照生は、余計な事を口走ってしまったと後悔し、コンビニから立ち去った。しばらく歩いた所で照生は電柱を素早く駆け上り、町をぐるりと見回した


「田んぼの近くの神社…あるとしたらもう少し山から離れた場所か」


目算で2キロほど離れた場所に山岳地帯が見える。田畑を作るとしたら山麓ではなく平野だ。照生は山の反対側を眺め、特に建物が少ない地点に行き先を定めると


ダンッ


電柱の頂上から跳躍し、10メートル近くは離れているであろう隣の電柱へと飛び移る。そうやって次々と電柱を飛び移ること十分。民家は少なくなり、自然豊かな風景へと変わりだした。視界が開け、電柱も無くなって来たので、照生は再び地面を歩き出した


「ここか…」


照生の予想通り、建物がはけていた場所には大きな田園風景が広がっていた。そしてそのさらに奥には、真っ暗な林と神社への入り口と思わしき石段が見える。かなり遠い距離だが、明らかに何かの気配がするのを照生は既に感じ取っていた


「…何か居るな」


照生はそう呟き、息を整える。大勢を低くし、地面を蹴り付けると、林に向けて一直線に走り出した。5、600メートルはあろうかという距離をものの十数秒で走り抜けると、飛ぶようにして石段を駆け上り、背中の刀を抜いた


「誰だっ!?」


照生が神社へ侵入した事に気がついた何者かが、声を上げた。境内は暗く、鬱蒼と生い茂る木々によって視界も悪い。しかし照生は迷う事なく声のした方へ走り


「動くな」


一瞬のうちに背後を取ると、その首元へ刃を突きつけた。その身体は人間のそれより遥かに大きく、全身を毛が覆っている


「なっ!?」


「何だこいつ!?」


「隠れている全員、姿を見せろ。抵抗すればその時点で命はないと思え」


照生が冷たい声でそう言うと、林の中からゾロゾロと獣人達が現れた。その中の1人が低い声で照生に尋ねる


「…お前は誰だ」


「答えるつもりはない。貴様らこそ、その変化の術を解いたらどうだ」


「…その声…木更津…?」


照生が捕え、首元に刃を突き立てている獣が、驚いたような声でそう呟いた。思わず身体が硬直する


「…何?」


一瞬刃を持つ手が緩んだ瞬間。獣人は背中を丸め照生を突き飛ばす。拘束から抜け出すと、一瞬にして距離を取る


「今だ!」


しまった。そう思った時にはもう遅かった。周囲で固まっていた別の獣人の号令と共に、彼らは一斉に照生に襲いかかり、鋭い爪を振りかざした


「くっ!」


照生は咄嗟に刀で応戦するが、次々と飛びかかってくる十を超える獣人の数の暴力に、耐えるので精一杯だ。このまま受け続けていればいずれ押し切られる。仕方ない、斬るか。そうよぎった瞬間だった


「やめろ!」


照生が拘束していた獣人がそう叫ぶと、獣人達が一斉に攻撃の手を止める。獣人はゆっくりと照生の方へ近づき、確認するように顔を近づけた。様相は間違いなく人外…狼のそれだが、その毛並みは艶やかで、面立ちは凛としている。どこか美しさすら感じさせるものがあった


「やっぱり…あんた、木更津だよな?転校生の…」


「なぜ俺の事を…お前、千歳浜の生徒か?」


「…私だよ」


そう言うと、獣人の身体から体毛がサラサラと抜け落ち、みるみるうちに体格が縮んでいった


「お嬢!危険です!」


「黙ってて」


抜け落ちた毛は幻のように消えていき、その中からは1人の少女が姿を現した


「お前は…」


「頼む、木更津。私たちの話を聞いてほしい」


獣人の正体は、照生のクラスメイト。隣の席の女子生徒である、児玉珠莉であった

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