第14話 妖刀②

照生の周りを囲むようにして歩く3年生達は、教室を出て廊下を渡り、一階まで降りていた


「お前今朝、3年の教室でちょけてたらしいやん。隣んクラスの奴から聞いたぞ」


「ふざけたつもりはない。教室を間違えただけだ」


「いや、挨拶がばりきしょかってん聞いたぞ。絶対3年の事舐めとうって言いよった」


「そんなつもりはないが」


「おー?聞いとった話と違うぞ、竹内」


先頭を歩いている三年が、後ろを向いてそう尋ねる。どうやら今朝照生が入った教室の生徒もこの中に居るらしい


「い、いや…絶対舐めとうばい。こいつ、ホームルーム中にいきなり教室入って来たっさ」


「竹内はこう言っとるけど。どうなん、転校生」


「いきなり教室に入ったのは事実だな。驚かせてしまったのならすまない」


「あはは!やっぱこいつばり舐めくさっとうな!」


「じゃ、じゃろ?やけん言うたっさ」


竹内と呼ばれていた生徒はホッとしたような表情を見せた。三年生達は下駄箱で靴を履き替え、ゾロゾロと校庭へ出始めた


「裏口から出るけん、先生に見られんようにしろよ」


どうやら学校の外にまで出向くらしい。一体どこへ連れて行こうとしているのか。照生はただ黙って歩いていた


「なあ転校生、お前能力者って見た事ある?」


「…ないことはないが。それがどうした」


「お前今から、能力者と喧嘩するったい。俺らの先輩にばり強い能力者がおってな、その人お前みたいな舐めとう奴しばくの大好きやけん」


「なるほどな。そういう事か」


学校を出てしばらく歩いていると、人通りの少ない路地へと入って行った。ふと広場の様な空き地の様な場所に出ると、そこにはその能力者と思わしき男がタバコをふかしながら立っていた


「そいつか?いきなり三年の教室入りよってちょけた奴って」


「そうっす。河田さん、好きに遊んでやって下さい。こいつ来る途中もずっと舐めた事言いよったんで」


「オーケー。まあ、今金出したらそれで終わりにしてやっても良いけどな」


「お、今日河田さんご機嫌だぞ。ついとーな転入生」


「金など払わんぞ」


「は?」


河田と呼ばれていた不良の表情から笑顔が一瞬にして消える。吸っていたタバコを投げ捨てると、火も消さずに照生の方へと近づいて来て——


無言のまま、照生の顔面めがけて思い切り殴りかかって来た。照生はその拳を潜り抜けるようにして避けると


「なっ!」


そのまま一瞬で河田の真横へと踏み込み、彼の胴体を掌でポンと押した。河田はバランスを崩し横へ倒れるも、地面へ手をつきながら体勢を立て直す。そして振り返り、照生の方を睨みつけると


「あー…マジで舐めくさっとうな…」


と小さく呟いた。次の瞬間、ダァンという破裂音が響いたかと思えば、河田は照生の目の前に移動していた


「速いな」


再び照生の顔面めがけ拳を振るうも、やはり避けられる。河田は「チッ」と舌打ちをしつつ、今度は足に向け蹴りを放つ


ガンッ


「痛っつ!」


しかし、照生の足は電柱のように微動だにせず、むしろ河田の脛へダメージが及んだ。河田は想定外の痛みから後ろへ下がるが、照生はその隙を見逃さず


ドンッ


胸部に掌底打ちを放つ。そのまま河田の身体は3メートルほど後方へ吹っ飛び、背中から地面に叩きつけられた


「がはっ!」


「か、河田さん!?」


それを見て、照生を連行して来た三年生達がどよめきだす。全福の信頼を置いていた先輩がこうも一方的にやられていては仕方あるまい


「喚くな。これぐらいなんでもなか」


しかし河田はすぐさま立ち上がり、再び照生を睨みつけると


「お前…能力者か?」


と訝しげに尋ねた


「答えるつもりはない。お喋りがしたいのであれば、喫茶にでも場所を移すか?」


「こいつ…!」


河田は目を見開き、重心を下げたかと思えば再び照生の方へと距離を詰める。明らかに人間の出せる速度ではない。どうやらこの脚力こそが河田の能力のようだ


「オラァッ!」


腹部に向けて放たれた右ストレート。攻撃自体は至って鈍重。照生は向かってくる拳をポンと膝で蹴り上げる。跳ね上がった河田の腕は軌道がずれ、照生の身体の外側へと伸びる


ボゴォ


重く鈍い音が空き地に響く。河田は左の頬を照生の拳によって撃ち抜かれ、そのまま地面へ崩れ落ちた。三年生達はあっという間の出来事に口を開け呆然としている


「これで用は済んだか?」


照生が自身を連れて来た三年生達の方へ向き、そう尋ねた


「や…やべぇ…」


誰かが口をついてそう言った


「逃げろ!」


その号令と共に、三年生達は地面に倒れた河田に見向きもせず、一目散に駆け出した。照生はすかさずその中の1人に追いつき、襟元をぐいと掴む


「待て」


「ひぃぃい!ごめんなさいごめんなさい!」


「違う。案内してくれ」


「へっ!?どこへ?」


「学校だ。来た道を戻れば着くのだろうが、入り組んだ路地が多かったしまだこの辺りの地理に疎い。昼休みが終わるまでには戻りたいから、お前が案内してくれ」


「は…はい…」


そうして照生は三年の1人と共に学校へ向けて歩き出した


「お前、確か俺が今朝入ったクラスの…」


「あぁ…はい…竹内です」


「なぜ奴らを焚き付けた。俺がそんなに気に食わなかったか?」


「いや…そういう訳じゃ…」


「ならばなぜだ」


「…俺元々あいつらにいじめられとって…オドオドして、気弱じゃからって理由で…」


「ふむ」


「それで今日、あん河田って能力者とタイマンしろっちゅう事になって…俺、先週もその前もあいつにボコボコに殴られたから…嫌なら代役立てろって言われたから…それで…」


「そうか。それで俺を巻き込んだわけか。奴らと同様、自分勝手な奴だな」


「うっ…」


「これからは、最低限自分の意思くらいは通せるようにするんだな。他人の言いなりになってるようでは、苦しみ続けるだけだぞ」


「…お前みたいな強か奴に何が分かるっさ」


「…そうだな」


照生と竹内の会話はここで途切れ、2人は黙って学校まで歩いて行った。ようやく学校に到着した頃には、昼休み終了の5分前となっていた


「なんとか間に合ったか。案内ご苦労。俺はこれで失礼する」


「あっ…木更津…」


照生が一年の教室へ戻るべく階段を上がろうとすると、背後から竹内が声をかけてきた


「どうした」


「…悪かった。お前ん事あいつらに売って…。今度なんかあっても、自分で…何とかしてみるわ…」


「そうか。頑張れよ」


「おう…そんじゃ…」


そう言って竹内は三年の教室へと戻って行った。照生はそれを見送ると、三階へ向けて歩き出した


一年D組の教室に入るや否や、クラスメイト達がワッと駆け寄って来た


「木更津君大丈夫やったと!?」


「三年に連れていかれてん聞いたけど…」


クラスメイト達は、心配と興味の入り混じった妙な熱気を帯びている。どうやら照生が連行された様子を見た誰かが話を広めたらしい。そんな暇があったなら止めて欲しいものだが


「問題ない。用は済んだらしい」


照生はそう言って自分の席へ戻る。隣の席には食堂へ行っていた児玉が戻って来ている


「聞いたよ。あんた大丈夫なの?放課後どっかに呼び出されたりしてない?」


「いや、もう解決した。血の気の多い奴がいて、喧嘩の相手を探していたらしい」


「えっ、じゃあ今喧嘩して来たって事?」


「そうだ」


「にしてはピンピンしてるけど…あんたまさか勝ったの?」


児玉は照生の顔や制服をジロジロと見回し、不思議そうに尋ねた


「ああ」


「…それまずいよ。話に聞いた三年ってたしか、河田って能力者のOBとつるんでるんだ。あんた最悪、そいつとやり合う事になるよ」


「今しがた相手をしてきたのが、その河田とかいう能力者だ」


「は?それマジ?あんた能力者相手に喧嘩で勝ったって言ってるの?」


児玉は信じられないといった表情で照生を問い詰める。照生は口を滑らせてしまったと後悔した。なんとか苦し紛れの言い訳をしようと考える


「…一応俺にも武術の心得がある。それに相手は体調が万全では無かったらしい」


「ふーん…まあいいけど。とにかく無事なら何よりだよ」


児玉は明らかに怪しんでいるが、これ以上追求するつもりはないらしい。照生は今まで売られた喧嘩は必ず買う事にしてきたが、学校での生活に支障をきたすようならば、改める必要があるのかもしれない




その後は無事に午後の授業を終え、照生はようやく学校生活の1日目を終える事ができた。しかし照生の活動はここからが本番だ。照生は用意されたアパートへ帰宅すると、日が沈むまで夕食を取ったり仮眠を取ったりして時間を過ごした


「そろそろか…」


深夜0時。照生の任務が始まる


「全く、お偉い方も随分と無茶を言ってくれる。『吸血鬼』の討伐などと…はたしてそんな面妖な者がこの町に存在するのか」


そう呟き照生にとっての戦闘服である袴へ着替えると、その背に日本刀を携え、夜の住宅街へと繰り出した

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