第13話 妖刀①

真っ黒な長髪を後ろで束ね、背中に1メートルほどの細長いバッグを背負った少年。バンドマンのようにも見えるが、その面構えはどこか雅で厳格だった


少年は毅然とした足取りで、初めての土地を歩んでいく。この街には観光や遊びに来たわけではない。少年には明確な使命があった


長崎県佐世保市。海に面した美しい街並みは観光地として有名で、かつて米軍基地があった名残に、佐世保バーガーと呼ばれるご当地グルメが存在するらしい


しかし少年が訪れた先は観光とは無縁。佐世保市でも、海から離れた山麓の町に建つごく普通の私立高校「千歳浜高校」。少年は今日より、この高校へ編入する事が決まっていた


少年はこの編入へ不満を抱いていた。「お偉い方」に久しぶりに呼ばれたと思ったら、異形退治のためとはいえ、こんな見知らぬ土地の学校に通わされる事になったのだから


そもそも少年は世俗に疎い。生まれ育った環境のせいでもあるのだが、特に自身と同年代くらいの若者との交流などは、今までの人生で殆ど経験が無かった


「ここか…」


少年が足取りを止めた先には、目的地である千歳浜高校。これから同じ年頃の若者が溢れる場所で生活を送るのかと、少年は既に徒然なる心持ちでいた。これならば異形の者と相対していた方がよほど気楽だ


正面玄関で室内靴へと履き替え、建物内に入る。各教室内に人の気配はするが、廊下を歩いている人物の姿は見えない。少年はとりあえず一番近い教室へ近づき


「失礼する!」


扉を開けると、そう叫んで教室内へと入って行った。30名ほどの視線が一斉に少年の方へと向かい、ざわざわとし始める


「えっ…誰?」


教室内で唯一の大人…恐らく彼が教師なのだろう。その男は驚いた表情で少年に尋ねた


「俺は木更津照生きさらづてるき。本日よりこの学校へ在学する事と相なった。不肖故に至らぬ点も多いと思うが、なにぶんご容赦願いたい。よろしく頼む」


照生は凛とした表情を崩さず、教室内に響き渡る声量でそう発した


「木更津…あっ…もしかして野原先生のクラスの転校生?君、1年生だよね?ここは3年の教室だから…」


「ここではないのか。失礼した」


そう言って照生が教室を出ようとすると、教師は慌てて


「待って待って!場所分からないでしょ!僕が案内するから!」


「む、そうか。ではよろしく頼む」


「みんなごめんね!とりあえず予鈴なるまで教室に居て!」


教師がそういうと、学生たちから「はーい」と間の抜けた声が返ってきた。照生と教師は教室を出てすぐの階段を上がり、3階の廊下を歩き始めた


「木更津君だっけ。今ってホームルームの時間なんだけど…もしかして転校初日から遅刻しちゃった?」


「うむ、バスの乗り継ぎに少々手こずってな。本来より1時間ほど遅れて到着した」


「そっか、大変だったね。あ、ここだよ、1年D組、君の教室。じゃあとりあえず僕が野原先生を呼んでくるから君はここで…」


教師がそう言い終わるより前に、照生は既に扉を開け、教室へ入って行った


「失礼する!俺は木更津照生。本日よりこの学校へ在学する事と相なった。不肖故に至らぬ点も多いと思うが、なにぶんご容赦願いたい。よろしく頼む」


教室が一斉にざわつき始める。教師は、先ほど目撃した光景のフラッシュバックに頭を抱える。しかし野原と呼ばれていた1年D組の教師は特に狼狽える様子もなく


「お、木更津来たか。紹介の手間が省けて助かった。とりあえず遅刻1な。席は後ろの空いてる所座れ」


「承知した」


「あれ、山崎先生。木更津を案内してくれたんですか。ありがとうございます」


「あ、いえいえ…じゃあ僕はこれで…」


そう言って、山崎と呼ばれた教師は自身のクラスへと戻って行った。照生は野原に言われた通りの座席へと着き、背負っていた細長いバッグを床へ降ろした


「なにそれ」


ふと声のする方を見ると、隣の席に座る女子生徒が不思議そうな顔で照生のバッグを見ている


「これは部活動で使用する道具だ」


「ふーん…剣道?」


「そんな所だ」


照生はお偉い方からの言いつけで、もし「これ」について何か聞かれたらそう答えるように言われていた


「私、児玉珠莉こだまじゅり。よろしくね木更津君。髪切った方が良いよ」


「児玉か、よろしく頼む。ご忠告感謝する、だが髪は切らない」


「なんで?生活指導うるさいよ」


「髪は俗世との繋がりだ。この世ならざるものに唆され自己を見失わないように、戦う覚悟を決めた時から髪は伸ばし続けている」


「そうなんだ。ウケる」


照生と児玉がそんな会話をしていると、予鈴が鳴り、ホームルームが終了した。すると、周囲の生徒5、6人が一斉に照生の席へと集まり


「ねー、どっから来たと?東京?東京?」


「お前なんでそがん髪伸ばしとーと?」


「喋り方変って言われん?」


と質問攻めにしてきた。そんな状況でも照生は一切表情を乱す事なく


「東京だ」


「覚悟だ」


「言われる」


と、質問にだけ的確に答えていった


「聖徳太子かよ」


隣でその様子を眺めていた児玉がツッコむと照生は


「どういう事だ?」


と不思議そうな顔をした。児玉は少し恥ずかしそうに顔を逸らし「なんでもない」と言った。そして間髪入れずに質問攻めは再開する


「じゃあ東京でそん髪型流行っとるん?」


「分からん。流行には疎い」


「なんでこっちに越して来たと?」


「家庭の都合だ」


「好きな食べ物は?」


「羊羹だ」


その後も授業開始までクラスメイト達の質問は続き、照生はひたすらそれに答え続けていた。ようやくチャイムが鳴ると、生徒達はそれぞれの席へと戻って行った


「ふぅ…」


照生が息をつくと、児玉が「はは」と笑った


「お疲れ。私の時もあんな感じだったよ。木更津は自己紹介ヤバかったから、みんな余計に興味津々だったね」


「む、児玉も転校生か」


「こっち来たのは中学ん時だけどね。それまでは埼玉に住んでたんだ。まあ、しばらくは今みたいな感じだろうけど、どうせすぐ飽きるから安心しなよ」


「そうか。やはり今時の若者との会話は難しいな」


「あんたも今時の若者でしょ」


「いや、まあ。そうなのだが」


「ふふっ木更津って面白いね」


「そうか?」


「よーし。授業始めるぞ。今日は前回言うた通り小テストからな」


そんな会話をしていると、早速授業が始まるらしい。木更津は慌ててカバンを開き、筆記用具だけ取り出した


「ねえ先生、木更津転校して来たばっかやけん小テストまたにせん?」


「関係なか。はい、後ろ配って」


生徒の提案も虚しく、テスト用紙は次々と配られていく。そんな中児玉が心配そうに、小声で照生に尋ねた


「え、木更津、実際テスト大丈夫?この範囲結構むずいと思うんだけど」


「問題ない。教科書は全て暗記してある」


「数学って暗記するもんじゃないと思うんだけど…」


「おいそこー、話したら0点にするぞ」


そんな教師の声と共に、教師は静まり帰った





あっという間に4時間目の授業が終わり、給食の時間となった。照生は持参した弁当を鞄から取り出し、黙々と食べ始めた。児玉は別のクラスの女子に誘われ、食堂に行くと言って教室から出て行ってしまった


「おい1年、ポニテの転校生ってこんクラス?」


唐突に廊下側からそう叫ぶ声が聞こえた。照生がふと声のする方を向くと、声の主らしき男子生徒と目が合った。後ろには何人か友人らしき生徒も立っている


「あ!絶対お前じゃろ?ちょっと顔貸せや!」


生徒は照生の方を指差し、ニヤニヤしながら手を招いている


「食事中だ。後にして貰えるか」


「分かった。ここで待っとうけん飯食ったらすぐ来いや」


照生は特に急ぐ事なく、ゆっくりと弁当を食べ進めた。食べ終わった弁当を再び鞄に戻し、席を立ち上がった


教室の入り口。照生を呼んだ生徒の元へ向かっていると、通りがかった席に座る生徒から


「やめとけやめとけ!あん三年めっちゃいじめっ子やけん…」


と小声で告げられた。照生は


「問題ない」


とだけ答え、三年生の目の前へやって来た。後ろには他に4人の生徒が立っている


「おう食い終わったか。じゃあ行こうか、ついて来い」


そう言われ、合計5人の三年生に挟まれる様な形で照生は連行された

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