第5話 学食にて

◇ ◇ ◇



 休み時間になると、アッシュブラウンの髪に空を写したみたいな青の双眼を持つイケメンが、俺の方へ近付いて来た。

 彼は指定の紺のローブ制服がよく似合っている。俺も同じのを着ているはずなんだけど、今朝、鏡台の前に立った俺はぎこちなく、どうにも彼のような自然な雰囲気にはならなかった。


 やがてイケメンは俺の座席の前で足を止めた。


「こんにちは、レクくん。ボクはユース・エスティス。よろしく。一応、このクラスの代表を務めてるよ」


 慣れた所作で握手を求められ、俺は慌てて立ち上がり、ユースの手を取った。


「――ああ、よろしく」


 俺のやや引き攣った微笑みに他意はない。

 記憶の底で汚泥が巻き上がる。そう言や、前の世界の俺は学校が嫌い……いや、苦手だったような気がする。


「配属早々、ゴズ先生の長話を聞かされて、何というか驚いただろう? あんなにお喋り好きのオーガも珍しいからね」


 珍しい――そう言うユースも、きっと俺と同じ無特徴人種プーラーではなかった。見た感じ、鳥獣人系の異種族だと思う。耳があるところに小さな翼のような羽の集まりがあった。


「いや、むしろ懐かしい気分になったよ」


 俺が答えると、「そうかい、それは良かった」とユースは破顔する。


「授業スケジュールについての説明は受けているよね?」

「ああ」


 俺は頷く。担任からも、俺を入学させたグラセルからも、何となしに聞いているけど……。

 俺の戸惑いを察したのか――。


「分かるよ。一限目以降は自由選択だって言われても、最初のうちは難しいよね。一応、開講されている授業は好きに出て良いし、逆に授業へは出ない子もいる。まあ、いきなりどこかの授業へ行く――ってのも大変かなと思うし、良ければ今日はボクが学校を案内しようと思うんだけど、どうかな?」


「助かるよ。何の授業があるか以前に、どこに何があるのかも知らなくて」


「おーけー。よし、それじゃあ行こうか」


 俺はユースの後を追いかけていた。


『ここが第23教室で――』

 俺たちの教室と造りは変わらない。


 ………………。


『それでここが予備練習場11。奥が12ね』

 やや広めの普通教室ご取ってつけたみたいな石レンガ壁で補強され、さらに、傷が入っていたり、歪んでいたりする鉄板が立てられている。


 ……。


『こっちへ来て。ほら、あそこ。窓の外に見えるのが第二演習場ね』

 演習場と呼ばれる建物はレンガ積みの城砦に木の枠組みが絡みついている。見たところ、工事中という雰囲気。

『――室内の練習場は勝負事禁止。やるなら外の演習場ね。雨天でも、その原則は一緒かな。あれ? 練習場1から5の方って紹介したっけ?』


 学校は俺の予想に反し、とにかく広かった。敷地内に、城のような厳しい校舎。レトロな洋館ふうの離れ。世界遺産の闘技場みたいな場所がいくつもある――。

 歩き回ってみて、俺の知る教室棟と学生寮がほんの一部だったことを痛感する。


 外から見る限りでも大きかったわけだけど、中を歩いてみると、体感は某テーマパークを歩き回っているような感じだ。


『ここは中央図書館。大きいでしょ? 魔法と魔物に関する文献がたくさんあるんだ』

 聳え立つ長身の本棚。壁を埋め尽くす本の壁に圧倒される。


「文献? それ、ランド・コンクエストに関係あるの?」


『勿論だよ。カードに封じ込められているのは古い時代の地形だったり、魔物だから。そのカードに秘められた特性の由来を記録や伝承から調べるんだよ』


「へえー」


 元いた教室から敷地の奥へ――散策しながら歩いているとあっという間に正午を過ぎる。しばらくして、やっと校門の方まで戻って来た。


『殆どの生徒が使うのはここの学食かな。通称、東食堂。隣にあるのはもう知っていると思うけど学生寮。あと、寮の裏手からずっと行くと特別生が利用できる特別寮があるんだけど、その中にも食堂があるみたいだね』


「食堂かぁ」


 食堂は校舎から少し離た学生寮の側にある。校門から真正面にある教室棟を繋ぐ街道を右へ曲がったところの学生寮。食堂は丁度、教室棟と寮の間の位置にある。


 食堂は凹凸の複雑な形の屋根からいくつもの太い柱が床まで伸び、体育館並に広々した空間を支えている。白っぽいグレーの漆喰塗りの壁に埋め込まれた木の枠組みが装飾みたいになっていて、光を採る窓は目線よりも高いところにある。

 柱の高い位置とシャンデリアから灯光石のランプが吊るされ、学食はほんのりとオレンジ色に照らされていた。


 昼を過ぎてはいても、自由に授業へ出られる仕組みがあるからか、まだまだ賑わっていた。


「ところで、みんなが持ってるアレは? なんか破ってるけど」


 何人かの生徒が同じ黒の紙袋を引き裂いていた。


「ああ。カードパックだね」


「――カードパック?!」


 前世の記憶を揺さぶる単語がいきなりに飛び出して、俺は思わず変な声が出た。

 久し振りに聞いた。そんなストレートな言い方があるのか。

 一応、異世界だよな、ここは?

 ……いや、そんなことよりもカードパックがあるってことは――。


「カードって売ってるのか?」


 もしかして、自分で買う必要がある……?


「そうだよ。そこの購買で誰でも買えるよ」


 ユースは学食入って直ぐのカウンターを指した。

 ――なるほど。今まさに1人の生徒がパックを受け取っている。


「えー。わざわざ自分で買う必要あるのか?」


「あるよ。強いカードで有利に戦いたいに決まってるからね」


「でも、同じ山札から引くんだろ?」


「……えーと。それはもしかして、ギャリソンルールかな。一番簡単な遊び方だね。だけど、正式のコンクエストでは自分のデッキを使うんだよ。持ち込めるのは20枚」


「じゃあ俺も20枚、揃えなきゃいけない? 買う? 授業で使うし、上手くなるのが目的なんだろ?」


 何となく、答えは分かっていたけど訊かずにはいられなかった。


「まあ、でも魔道具だからね。タダじゃないさ」


 つまりは、ただボードゲームの上手さを競うだけじゃなくて、買い集めるところからの――丸々カードゲームの強さが求められてるってことだ。


「パックってことはカードは選べないよな? 何が入ってるか、当たり外れがある感じなんだろ?」


「そうか。……うん。まあ驚くよね。何かも分からないのに買うのって」


 ユースは顎先に手を当て、苦々しい顔をする。


「――でも、これにはきちんとした訳があってね。一つは安くするため。もう一つは機会を均等にするためらしいんだ。だって、わざわざ弱いカードを買う人はいないし、強いカードの取り合いになれば財力のある生徒がカードを独占する出来るから。値段についても、高額の一部カードとその他の低額カードを平均化して、誰でも買えるような値段設定にしてるんだって」


 ふうん。まあ、理には適ってるか。


「で、いくら?」


「一律で6キーラさ」


「キーラ?」


 キーラは魔大陸の通貨だ。本当に初歩的なことならグラセルに聞いてる。


「そのキーラってズッツで言うといくらになるんだっけ?」


「ズッツなら今は120くらい? だから700ズッツくらい」


 ――タッッカいな。700?!

 後から後から、考えれば考えるほどに納得できない気持ちが強くなる。


「待ってくれユース。今の人も、あそこで開いてる人も、みんな6キーラでパック買ってんのか?」


「まあね。ボクも買うよ」


「どのくらい?」


 やっぱり買わないとダメなもんか?


「うーん。最近はあんまりだけど、この前までは月に1つは買ってたかな」


 月1……。

 俺も稼げる日は1日で600ズッツくらいになったけど……。


「学食で飯食べるのにもお金は掛かるだろ?」


「うん。そうだなー。安いもので3キーラから。たくさん食べようと思うと10くらいになるかな」


「マジか。魔大陸って物価高いんだな。ユースはどうやって稼いでるんだ?」


「ボクはカードを売ったり、あとは授業の手伝いかな。まあ高いって言うのには同意するよ。パックを買う余裕なんて、月にあるかないかだね」


「手伝い……」


「興味ある? 先生に相談すれば学内の仕事を回して貰えるし、学校の外でも仕事が出来るから」


「なるほど。俺も何かやらないとな」


「うん。世知辛いけど、ボクらみたいな一般学生にはそういう努力も必要だね。あとは、実力が認められると褒賞金が貰えるね。授業で良い成績を取ったり、コンクエストの校内順位戦でいいところに食い込むとか。後者はかなり厳しいけどね」


 仕事か。異世界料理で荒稼ぎできるかな?

 ……というか、グラセルの爺さん。俺を賭けで入学させて、その後の生活費もある程度工面してくれるって話だったけど、流石にパックは別だよな。


「一先ず、座ろうか。お昼だし、何か食べよう」


「3キーラ……」


「もしかして、今日の昼ご飯も払えないかい?」


「いいや。そんなことはないよ。ただ、パックのことを考えたら、慎重になっちゃって」


「あはは。ボクにもそんな時期があったよ。でも、身体を壊しちゃ仕様がないからね」

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デモンズ・ランド・コンクエスト ――魔王育成学校へようこそ―― 破亜々 憂生 @yu_sei

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