学校と授業の始まり
第4話 ややもあって学校
それは、さながら授業だった。いや、本当に授業でしかなかった。
「時間が余ったナ。よし。編入生もいルことだから、アノ話をしようカ」
クラスからはブーイングが起こる。
しかし、それを無視して教師の大男は黒板に向かう。大きな背中が黒板を遮り、隆々とした肩甲骨がゴソゴソ布地を引っ張る。しばらくして右手へ逸れると、黒板には多分、世界地図が描かれていた。
「何度かコノ話をしていルが、毎度寝ている者も居たナ。センセイ良い話をするから、この機会に聞いておけヨ?」
担任のゴズ先生。オーガの成人男性である先生は二段の黒板の上辺に手が掛かるほどに大きい。身長は、俺の尺度では規格外過ぎて2メートルを超えてる――と言う他にない。3メートルあるかもしれない。
額から短い二本角が生え、大きな顔の堀は深く、下顎から伸びる極太の犬歯のせいで話し辛そうだった。チャーミングポイントは小さな小さな丸眼鏡。
見た目はアレだが、話してみるに教師らしい真面目で優しい人物だった。
ただ、その優しさ故なのか、生徒の反応はイマイチ素直じゃない。
「古い時代、クレイガリアは各地ニ国家が乱立していタ。各種族同士は反目シ合い、一触即発の緊張状態デ、より豊かな土地を得るためト戦争を繰り返していタ。ソんな中、この魔大陸だけは比較的平和ダッタ」
短い指示棒で黒板をカンカンと打ち、ゴズ先生が指し示すのは世界地図の北東に位置する島だった。
「――平和ダと言ってモ。カツテの魔大陸は殆どが不毛の荒野ダッタ。ただ強大な魔物の発生するマモノの大地。ダカラ魔族は魔物と戦い、他種族と争うことはしなカッタ。無理に支配域を広げることはせズ、それぞれの故郷ヲ守ってイタ」
……これは、大丈夫なんだろうか。
俺が真剣に黒板を注視していると、早くも「グルルル」と喉を鳴らすイビキが聞こえてきた。
ゴズ先生が本気で怒れば、あのはち切れんばかりの極太の腕で『――ドン』だ。痛いくらいで済んだらいいが。先生を見ていると、俺は本能的にちょっと真面目にならざるを得ない。
「当時、戦争の中心にあったのは魔法ダ。魔法による大規模な攻撃が飛び交う戦争は環境を破壊スル。ソシテ度を越えた魔法使用ワ、クレイガリアの至るトコロで魔力汚染を招いていた。魔大陸はその地理特性上、魔力に汚染されタ空気の流れである魔力風を集めやすク、魔物の大量発生が起こルと益々世界から隔絶されてイッタ」
魔大陸の西方に広がる大きな大陸。歴史家だと言うゴズ先生が描く太古の国々は確かに横一直線に並んでいた。その延長線上――地図上を走る矢印がものの見事に魔大陸に集中する。
「これをヨシとしなかっタのガ、時の魔王アッケデカル。カレは魔物を物質に閉じ込める封印魔法を編み出しテ、魔物を次々と世界から封印スル。封印スルことデ、魔物は倒されズ、魔力へ戻ることもナイ。大規模な魔法の使用にヨッテ拡散した魔力は飽和状態となリ、集まった魔力は魔物を発生させるガ、発生した魔物は魔族が封印スル。その工程を千年繰り返すウチ、クレイガリアから殆どの魔物と魔力の多くが姿を消すことにナッタ」
そこまで話して、先生は俺を見据えた。
「イイカ? この封印されシ魔物こそ、ランド・コンクエストに置けるフォロワーなのダ。そして、魔力にヨッテ汚染されタ土地を封印したモノがランド――現存する一つ一つガ生きた魔物と、魔物の発生する土地を宿した魔法道具というわけダ」
へー、そうなんだ。と納得した俺が無意識のうちに小さく頭を上下させると、先生も満足そうに頷くのだった。ちょっと、恥ずかしい。
「……その後、アッケデカルはコノ魔法道具を使って魔物を率いタ。魔力のなくナッタ世界では、マモノは脅威であり、瞬く間ニ全土を侵略しテ、統一を果たス。そして、今ノ異なる種族ガ争い合うことのナイ世界の礎を作っタ」
「――ソレこそがランド・コンクエストの原点。コノ歴史を模したものガ庶民のカード遊びになっていルから、歴史自体は知らナクとも、カード遊びの方を知っている者は多いダロウな」
先生は指示棒を教卓へ置き、腕を組んで感慨深そうにする。
「……まあ、しかしダ。コノ封印術と召喚術はさほど難シイものじゃナイ。誰ニでも扱え、条件さえ踏んでシマエば、簡単に悪用のできてしまうモノダ。アマリ良い話じゃナイガ、今日では代理戦争の手段とモなっていル」
悔しそうに語る。そして、静かに組んでいた両手を教卓に乗せた。
「だからコソ、我等は適切な運用法を学ぶとトもニ、大陸を平和的ニ治めた魔王アッケデカルの共同の精神ヲ学ばなけれバいけナイ。争うバカリのモノではなク、平和を守るモノでもアル。ソンナわけデ、ここは魔王育成学校とイウわけダ」
「――コノ教室には色んな種族の者がいルと思うガ、古い歴史を知れば知るほド、ワタシたちガ学舎を共にしてイルのは奇跡のようナことなノダ。デアルから、ここに集まル皆には今の世の平和ヲ愛シ、種族の垣根を越エて、助けアイ、励ましアイ、切磋琢磨スル、良き友人になっテ貰いタイ」
「……ワタシからは以上ダ」
――カーン。カーン。カーン。カーン。
先生の熱弁が終わると、丁度重たい鐘の音が鳴った。授業の終わりを告げる鐘の音が鳴れば、今まで眠っていた生徒もすくりと身体を起こし、蜘蛛の子を散らすように教室を飛び出して行く。
染み染みと立ち尽くす先生と、徐々に遠くなって行く元気一杯な喧騒の対比が、教室でただ一人、慣れない俺だけを混乱させていた。
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