第3話

 また負けた?


 どうなってる?


 ――ラストターン。手札が終わっている。ラストターンで引いたのは2枚。俺の手札にはもともと1枚のランドカードがあった。ラストターンに向け、温存して置いた1枚だ。

 最後のターンに欲しいのはランドのカード。

 何故なら、最後の最後に盤上のランドという勢力図を書き換える必要があるから。フォロワーは相手こそ倒せるが、ランド差での勝利には貢献できない。フォロワーの目指す勝利は相手ベースまで移動、到達することだけど、序盤に『砂漠の盗賊団』を守りに使ったから難しい。中盤以降は本当に隙をつくしかない。


 まあ、少なくとも爺さんにその隙はなかった。

 出来る事をする、しかないか。


「『銀の王国騎士』で『魔法研究家』を破壊。『王国の関所』を設置。『酒場の女給』を召喚して『旅する吟遊詩人』を破壊し、裏側設置。……エンド」


 不本意だけど、俺に出来るのはこれまでだ。


「――ってことは?」


 誰かが呟く。いつの間にか机を取り囲むように立っている常連たちの気持ちは恐らくひとつだった。

 盤上、ランドの獲得数は7対8。


「こりゃ……また、レクの負けか。やっぱ凄えんだな、爺さん」


「だけど惜しかった。レクも十分食らいついたぜ」


「そうだ。最後までどう転がるか分からなかった。勝ったとすら思ったぜ。――だよな?」


「ああ」


 周りのオジサン連中が妙に優しい。けど、生暖かい賞賛なんて要らない。俺は――


「……いいや。おかしい!」


 まだまだ納得が言ってない。


「?」


「そんな大声をあげて、どうかしたのかい?」


「おかしい。いや、勝負は負けでも良いけど、おかしいものはおかしいんだ!」


 俺は席を立つ。片手で激しく机を打ち、そうして手を突いて盤上を注視した。


 …………。


 しばらくして、俺は爺さんが出したフォロワーを退かし、その下にあったランドとなった裏側のカードを捲る。


「――やっぱり」


「ほう。気付いたか」


 場のランドカードの数が合わない。場に出ている表側のランドが少ないから、最後こそランドカードを引くかと思ったが、実際に俺がドローしたのはフォロワーだった。

 そこから導き出される答え――爺さんはランドカードを多く引き、それを隠している。では、どこに隠しているか。それは――。


「『街道』『憩の噴水』、『眠らない魔法都市』まで」


「ふふふ。バレちゃあしょうがないね」


 愉快そうに認める。

 俺がフォロワーばかり引いている。その裏で爺さんがランドばかりを引くのは道理だ。けど、俺のカードカウントを狂わせるように、敢えてランドを裏側に置いているのは読めなかった。そんなの読めるはずがなかった。


 ――だって、爺さんは最低限のフォロワーはきっちり引き、勝負を最後まで拮抗させていたから。


 だったら、ランドを隠していたどころじゃない。それだけじゃあ説明が付かないだろう。


「……さては、イカサマしたな? 山札のカードを知ってただろ?」


 ――イカサマ?

 酒場が健闘を讃えていたはずの空気がザラザラと逆立つ。


「んー? 私は知らんが、何か根拠でもあるのかい」


 楽しげな反応を見るに俺の予想した通りらしい。


「根拠なら……ない。ただ――。毎ターン理想的な動きをしてたし、これだけランドのカードを独占していたんだから……。――そうだ、俺が『集会酒場』でカードを引いた次のターン。あんたはわざわざ一杯だったランドを張り替えて『集会酒場』を発動した。しかも、その結果エンドターンを取られてる」


「はて。そうだったか?」


「ラストターンを譲るにしろ、ランドを温存しなきゃおかしな場面だった。そう、変だったんだ!」


 そうだ、そうだ。俺がこの爺さんを大したことない、運で勝負する奴だと思ったのは、時折り最適な行動を外してくるからだ。上手い立ち回りもあれば、下手な事もする。一戦前から、それが場当たり的に映った。


「うーむ。根拠にはならないが、……まあ違和感に気付けたのならいいだろう。簡単なイカサマだ」


 爺さんは骨と皮だけの蜘蛛のような指でカードを回収し、机に並べる。同じ名前のカードを重ね、40枚のデッキ構成が分かりやすい束にした。


「これを、こうして」


 薄く削り出された木板のカードは、いくら薄いとはいっても40枚重ねればそれなりの厚さになる。

 その束を両手で覆うように持ち、手早くカードをシャフルする。


「よっと」


 続けて、2回、3回とカードを混ぜ、4回目で止める。


「どうだい?」


 誇らしげに開かれた山札は、最初に並んでいた通り、綺麗な順に揃っている。


「カードにこのくらいの厚さがあれば、どこを持ち上げて、どこへ入れ込んだのかは慣れて来ると分かる。だから、並び順は私の思うがままさ。綺麗に並んでるから分かるが、そうじゃないなら中々看破できないよ」


「おい、じゃあさっきのもイカサマだってーのか、ジジイ!」


 常連の1人が遠くから声を荒げる。でも一触即発なんて雰囲気じゃない。


「ほほほ。今更気が付いても遅いね……が、安心しなさい。私が君らにイカサマしたのは最初だけだよ。最初に山が崩れるまで。最後までやったのはレクくんだけだとも」


「? 何で俺にだけ」


「そりゃ勿論、気付くと期待したからさ。しかし、タネを試合中に見破れずに負けているのだから、他とあまり差はないと言えないかね?」


「――くっ」


 ぐうの音も出ない。


「それでは、私からの約束。いや、お願いを話そうか」

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