第2話
――負けた。
それはもう、あっさりと敗北した。
「ほお。レクでも駄目か。うめぇな爺さん」
すっかり完食した親方が感心した様子で呟いた。金物の水筒に持参した酒をちびちび飲みながら、腹ごなしに観戦している。
「伊達に長生きしとらんよ」
爺さんはケタケタ笑っている。
最終的に獲得したマスは7対8。拮抗した勝負にも見えるが、内容は完敗だ。終盤へ差し掛かるにつれ、どんどん流れが悪くなった。最後の1ターンなんて何も出来なかったに等しい。
「それでも流石だ。今までで一番惜しい勝負だったよ」
興味津々に立ち見していた先生は俺の肩へそっと手を乗せて、励ました。
いや、惜しい勝負なんかじゃない。
「何だよ、レク。珍しく悔しそうだな」
「……悔しいなんて思ってない」
ランド・コンクエストはラストターンに行動できる方が強い。最後にランドを張り替える動きにはカウンターがない。必勝法と言ってもいい。
このゲーム。共通の40枚ある山札から、自分ターンが回って来るごとに手札が4枚になるよう、カードを引く。よって、4枚引いたなら4枚カードを使用するのが一番効率が良い動きになる。
お互いに4枚引いて、4枚消費。そうするとゲームが終わるまで合わせて10ターン。開始前から後攻をとった方が有利なことは誰でも直ぐに思い付く。
――でも、断言していい。本当に有利なのは先攻だ。
俺は不利と勘違いされている先攻をいつもの様に取り、ラストターンも自分のものにした。
しかし、結果は負けだ。
流れは俺が掴んでいたが、単純にフォロワーの強さ――つまりは運で負けた。共通の山札を引くのだから、絶対にそこには運要素が働く。俺よりも強いカードを強いタイミングで手にしたから、爺さんは勝った。
ただ、それだけだ。
ただの運による勝利だとも知らず、余裕綽々な爺さんがシワを増やして微笑む。
「納得がいかない顔じゃな」
「別に。こんなの、ただの運だよ。あーあ、だから嫌いなんだ」
勘違いしないで欲しい。俺はそんじょそこらの14歳ではなく、転生した魂を持っているんだから負け惜しみなんてしない。そりゃ運で決する勝負もあるだろう。けど、それじゃあ上手いも下手もない。無効試合だ。
肩に乗る先生の手を払い、俺は席を立つ。全く無駄な時間を過ごした。こんなのクソゲーだ。メンコバトルだ。やってられるか。
「まあまあ、確かにさっきの私はツイていたがね。けれども約束は約束。……若いお医者さん、それじゃあ薬を頼むよ。この流れを作ったのはお医者さんじゃし、倍で頂こうか」
「薬?」
「腰痛薬だよ。旅は年寄りの腰に悪いって爺さんがね」
――聞くところ、これが結構な長旅なんだけど。本当に身体を労われるのは薬じゃなくて養生だって、レクも言ってやってよ。
先生が俺に言う。
「何で俺が」
「下手な医者の言う事は信用ならないってさ。難しい爺さんだこと」
「そうそう、シェフの坊や。納得いかないなら、リベンジしてもいいんだよ? 名前はレクくんだっけか」
「……いや、別に」
「そうか? まあ、勝ち逃げするのも後味が悪いからねぇ。さっきの負けがただの不運の所為だと言うなら、別に私は構わんが」
――!
我慢できずに俺は睨みを効かせる。爺さんは恨みを買う心当たりがないと言わんばかりに眉を吊り上げる。
このジジイ、あからさまに俺を挑発している。
「やる気になったかい? やりたいなら、その時は何かを賭けてもらうが」
「子供に何を集るつもりだ」
「おおっと。これは手厳しい。しかし、君はシェフじゃないか。分かりやすく賭け易いものがあるだろう」
一品、奢ってくれって?
ただの物乞い爺さんじゃねーか。けど、良いだろう。むしろ初めての異世界料理の衝撃で天国へでも送ってやろうか。むしろ、食わせてやりたいくらいだ。
――いいだろう。勝負してやる。
「で、そっちは何か掛けるのか?」
「こんな老ぼれに何をくれって? ――冗談さ。それじゃあ良いものを上げようか。この世に2つとないものを。何かは勝ってからのお楽しみ。どうだい? やるかな?」
「本当に商品の用意があるんだよな」
「勿論。嘘だったなら、代わりにこの老体を好きにするといい。煮るなり、焼くなりのう」
俺はどかっと乱暴に席へ座った。絶対に負かしてやる、そんな決意を込めて宣言する。
「また先攻で」
「私は構わんよ」
そうして、二戦目が早急に開始された。
先攻が強い理由――。
先ず、先攻はランドの確保がし易い。何故なら、仮にどっちも同じくらいに理想の動きをするとしたら、先攻側が常に一歩先に動くことになる。先攻がコスト3のフォロワーを召喚したターンの後に、後攻がコスト3のフォロワーを出す。それじゃあパワーバランスは均衡したままで、良くて共倒れに持ち込む事しかできない。つまり、後攻が先攻の動きを上回ることが難しい。
一応、後攻は盤上のコントロールがし易い。共倒れするかしないかを選ぶ選択肢があり、山札の残り枚数も管理し易いのだ。
簡単な話、相手が手札を残したターンには、相手の消費した手札と同じ数の手札を残せばいい。すると、次のターンのお互いのドロー枚数を合わせると5枚になる。そして、5の倍数でドローが進んでいくなら後攻が35枚目を確保できる。その時点でラストターンは決まりだ。
こういうようなラストターンを取るための攻防で手札を一枚も消費しないことは通常ない。ルールが定める遅延行為に該当し、場に存在する全てのフォロワーの体力が1減るペナルティを受けてしまう。だから、普通は3枚を残して遅延させたりする。
そして、この後攻のメソッドを逆に利用すると――。
先攻1ターン目の立ち上がりで手札3枚を消費し、次のターン3枚ドローが決定する時、相手がラストターンを譲らないつもりなら手札2枚を残して2枚ドローをしなくてはいけない。けれど、相手は後攻で、先攻へ追い付くためにもより多く動く必要が出て来る。そこで、手札4枚を消費し、次のターンに4枚引く――。
すると、先攻3、後攻4(7)、先攻4(11)……後攻4(31)、先攻4(35)となって、先攻がラストターンを取る。
仮にこちらが3枚、相手が2枚を続ければ、先攻の差が広がる一方でどっちにしろ勝利するし、最初のターンはベースからランドを広げるだけになるので、この戦法は仮に知っていてもかなり対策が困難なのだ。
要は、使う手札の数を節約する行動は、先にアドバンテージを得られる先攻の方がリスクが少ない。
つまり、このランド・コンクエストは先攻が完全に有利なのだ。そういうふうに出来ている。
「私のターン。裏側でランド設置」
カードの種別に関係なく、カードを裏側のままランドに置く行為は1ターンに一度のみ許され、鉄板の行動だ。裏側のランドはベースランクにカウントされるが、ランド自体のランクは0だ。
「――続けて街道と、集会酒場を設置。効果でデッキから『酒場の女給』を引いてくるぞ?」
爺さんは設置したランド『集会酒場』の効果で山札を確認し、『酒場の女給』を回収する。そして、山札を切る。
「集会酒場の上に女給を召喚、そして攻撃。これでターンエンド」
後攻1ターン目の理想的な動きである、3ランド1フォロワー。山札から追加で1枚ドローをしているから、手札を1枚残している。コストの重いランドかフォロワー。
……1枚キープだが、ドロー枚数は実質4。
「俺のターン」
さっきはフォロワーが偏っていたばっかりに、2ランド1フォロワーで終了している。
次のドローではランドを引きたいが……。
――『行商人と荷車』『眠らない魔法都市』『砂漠の盗賊団』。手札には7コストの『銀の王国騎士』がある。
…………いけないか。でも、このターンは手札を使い切りたいターンだ。
「カード(銀の王国騎士)を裏側に設置。3コストで『眠らない魔法都市』を設置」
一番に領土取りが白熱する中央三列。その最上段を取り敢えず確保する。真ん中には爺さんの『酒場の女給』――次のターンに行動して来て、俺の場に出ている『行商人と荷車』が削られる。尤も、それで倒されやしないけど、『行商人と荷車』には攻撃力がない。だから、戦闘になれば高い体力を悪戯に浪費するだけになる。
ベース側への侵攻を許せば、やがてベースランクも無くなり、ランドの設置もフォロワーでの取り返しも困難になるから、ジリ貧になって負ける。
かと言って、こちらの攻撃手段は4コストの『砂漠の盗賊団』のみ。行動力2で2マス移動できる。しかし、魔法都市のランドランクは3。ランドを並べてベースランクを上げたとして、『砂漠の盗賊団』は次のターンにベースから中央列へまでは届かない。
この場合――。
「行商人を移動させ、魔法都市へ。生贄にして『砂漠の盗賊団』を召喚。――そして、女給を攻撃して破壊する」
これで先ずは中央を占拠できた。しかし、ランドカードがないから確保には至らない。相手ランド上ではフォロワーの体力が回復しないデメリットがあるが、今は飲むしかないだろう。少なくとも砂漠の盗賊団はあと1マス分の行動力を残している。
「さらに『行商人と荷車』をベースへ召喚」
ランドの数が停滞気味だが、『行商人と荷車』は召喚してから裏側にすることも出来る。これで5ランド1フォロワー。相手はひとつ占拠されて実質2ランドだ。まずまずの展開と言えるだろう。
「よし。そっちのターン」
もう俺に一切の油断はない。
「ふむふむ」
……………………。
…………。
…………………………。
――そんな、馬鹿な。
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