そして世界の終焉を彼女と

雪広ゆう

世界の終焉に彼女は幸福を願う

 少し長く眠り過ぎたようだった。

 朧気な意識の中で、寝ぼけ眼を擦ると茉莉の不安そうな表情が視界に飛び込む。

 私と茉莉は、今、荒廃した東京タワーの展望台に居る。展望台の強化硝子は所々に割れが見れる。それに本来は賑わう筈の売店も荒れ散らかっている。

 人類の終焉――誰もが想像もし得なかった。半年程前に突然公表された小惑星の接近、連日著名な学者や政府が影響について説明を続けていたけれども、その時は私も含めて誰もが深刻な状況だと飲み込めずにいた。

 でもその日常が崩壊したのが一ヶ月前の話、小惑星の接近は小惑星の衝突に変化し、その小惑星の質量から算出して、衝突すれば地上の生物は絶滅を免れないと。

 そんな事言われても、正直実感は全く湧かなかったけれども……。


「生き残るって人いるのかな?」

「どうだろ。実は極一部の偉い人は地球を脱出してたりして?」

「だよね。でもまあ私たちには無縁の話だけど」

「うん……後どれぐらいだろ?」

「ほら少し見え難いけど、あの地平線に壁が見えない?」


 茉莉の言葉通り、確かに地平線の彼方に壁が見える。

 恐らく小惑星が南アメリカ大陸に衝突し発生した地殻津波、その速度は音速を超えて、まず助かる可能性は存在しない。

 私たちは両親を既に亡くしている。自殺……だった。約一ヶ月前に日本は絶望に包まれた影響で、両親は身勝手にも私を残して天国に旅立った。

 迫り来る地殻津波、小惑星の衝突から数十時間、空は昼夜を問わず茜色に染まり続けている。

 展望台から下界を眺めると、未だに人々が限りある物資を奪い合っている……どうせ皆死ぬのに、人間って本当に悲惨な生物だと思う。


「いや~にしても高いね。足が竦んじゃいそうだ」

「どうする? 自殺って手もあるけど……」


 そんな言葉を私は軽々しく茉莉に提案する。

 正直言って、何れにしても絶対的な死から逃れる事は不可能だ。なら最後は一人の人間として、咲本愛莉として運命に身を委ねるよりも自分の意思で死を選びたい。

 その最後が茉莉と一緒なら尚更最高の結末だと思える。


「そうだね……最後ぐらいは私たちの意思で死のっか」

「うん。じゃあ、落ちられる場所探そ」

「あ~あぁ、もうちょっと生きていたかったなぁ」


 茉莉との出会いは浅い。数週間前に彼女が暴漢に襲われていた状況を助けた。

 助けたと言える程、正直言って英雄的で格好良い行動でもなかった。だって私自身も非常に危険を冒したし、必死だったから。でも助けた事実に変わりない。

 性格的にも境遇的にも、お互いフィーリングが合ったと言うのもあるけれども、私を命の恩人だと言い続けて今の今まで荒廃した世界で行動を共にしてきた。

 私は都内の高校を、茉莉は青森の高校、茉莉は両親の自殺を機に東京まで徒歩でやって来たらしい。東京を目指していた理由は、単に都会に憧れていたかららしい。

 お互い家族を失った者同士、境遇から親近感が沸いて、時間を過ごす毎に恋人同士の関係に発展した。まあ恋人なのか、親友なのか、線引きが曖昧だけれども。


「綺麗だね。本当に」

「うん。我が儘を言ったら、愛莉ちゃんをもっと知りたかったなぁって」

「大丈夫、きっと天国でも一緒になれるよ。その時は目一杯楽しも」


 地殻津波は音速で迫り続ける。耳障りな轟音が鼓膜を震わせる。

 展望台の強化硝子と外壁が崩壊し一部が剥き出しの場所を見つける。さすがに高いし怖い、背筋が凍る……吹き荒ぶ生暖かい風が頬を撫でる。一歩足を前に踏み出すと、地面に打ち付けられて確実に死ねる。

 視線を前に向ける。太平洋から迫り来る地殻津波は、いよいよ東京と言う大都市を無慈悲にも飲み込み始めた。恐らく東京タワーまで到達するのは長く見積もって数十秒、もう猶予は無い。覚悟を決める以外の選択肢はない。


「茉莉、私たちは誇って良い。自分で死を選べたのだから」

「うん。天国が楽しいところだったら嬉しいね」

「ええ……さあ、逝くよ」


 天国か、来世か、私は必ず茉莉と再会し自分の気持ちを改めて伝えたい。

 私は茉莉の手を強く握り締めて、足を一歩前に踏み出す覚悟を振り絞った。

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そして世界の終焉を彼女と 雪広ゆう @harvest7941

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