第2話 右腕の選抜試験

「私の護衛になってください。」

コロシアムの出入り口、つまり人通りが多い場所だ。

そこで自分もよりも一回り小さい女の子が頭を下げている。

「人違いです。」

この手の勧誘は大抵詐欺だ。故郷の教育テレビでも注意喚起されていた。

見たところ女性、というよりも女の子のようだ。

身だしなみも良く、綺麗にお辞儀している。貴族という奴なのだろうか。

「お嬢様、急にそんな事お伝えしても困惑されてしまいます。」

「ですがウルカ、こんな逸材見過ごすほど、私の眼は甘くはありません。」

もう一人は召使いのようで、こちらは常識がありそうだ。

(ウルフ、少し其方に合流するのが遅くなりそうだ。)

(了解だアイン。また憲兵がコロシアムの方に数人向かったから気をつけろ。)

まだ問題が起こりそうな予感がする。早い所ここから離れたいのだが。

「私はセレナ!セレナ・サラスヴァティ。このシスティナで一番偉い人です。」

「お嬢様はこの魔法都市システィナの領主であるクライン様の娘様です。」

ありがとう召使いさん。多分お嬢様の方は色々主語が足りないようだ。

「人違いじゃなくてもすまない。俺は貴方の護衛になるつもりはない。

俺にはやることがあるし、後ろ盾が欲しいわけでもない。」

自分にはメリットが無い。元より無魔力者ディスマナリアという身分扱いだ。

護衛が数日、もしかしたら数ヶ月、数年規模になれば、それこそ時間の無駄だ。

「確かに普通の人からすれば魅力的かもしれないが、俺の場合は違う。」

メリットを挙げるなら、書物に触れられる可能性が上がるくらいだ。

それぐらいの目先の利益なら、図書館を探せばいい話だ。

「ですので、このお話は無かったことにしてください。では失礼します。」

二人の顔を見ず、その場を後にする。心苦しいのは事実だが、周りの視線も辛い。


魔法都市システィナは大きい都市だ。生活に必須な物は全て買えると言っても良い。

しかし行く先行く先で、酷い扱いをされるのは少々来るものがあるが仕方ない。

「ウルフとの合流地点まであと少しだから、鉄鉱石関連のを買ってから行こう。」

「でしたら、その先を右に曲がると工具屋さんがあります。」

「すまない、ありがと・・・は?」

隣にさっきの女の子がいた。いや何時からいた?

「行かないのですか。そのお店は人気店ですので早く行かないお求めの物が。」

ヤバい人に目を付けられたかもしれない。

「さっきから独り言が多いですね。考えが口に出るタイプなのですか。」

お前のせいだ。

「あちらのお店で売られている料理は絶品ですよアインさん。」

名前を呼んでいいとは一言も言ってないし、何故ついてくる。

「ウルカ、こっちです早く。」

召使いの申し訳なさ100%のあの表情を見て、いい加減気づいてくれ。

「アイン、急に女性を引き連れてくるとは、お前も軽い男だな。」

「ウルフ、今回ばかりは煽らないでくれ。割りとメンタルに来る。」

彼女から逃げきる事が出来ず、合流地点にたどり着いてしまった。

「すみませんアイン様。無茶は承知の上なのです。」

「理由はあるのは分かります。ですがさっき伝えた通りです。」

時間を奪われたくない。宿を取って、いち早く言語解析と情報共有を済ませたい。

セレナはウルフと戯れているので、ウルカの話に集中出来る。

ウルフ本人は迷彩と感触センサーで騙せているので大丈夫そうだ。

あいつも久々に人と遊べて楽しそうにしている。このお礼はしないとな。

「・・・分かりました。声をかけた理由だけでも聞かせてください。」

「ありがとうございます。」

「では」と彼女は今回の経緯を説明してくれた。

この魔法都市システィナには、システィナ魔法大学と呼ばれる学び舎がある事。

そこでは様々な人種、階級の人間が存在すること。

それによって常日頃からしがらみも多く、いざこざが絶えない事。

セレナはそこに来月入学するに当たって、信頼出来る人物を護衛に差し当てる事で、

『魔法を学ぶ』過程で起こりうる妨害や障害を排除、学園生活を謳歌させたい事。

「セレナは力を持ってる家の生まれだから、何かあっても困るということか。」

「その認識で合っております。」

確かにこれなら護衛を欲する理由も分かる。

そして俺が当てはまる理由も分かる。

俺の場合、あきらかな外部の人間であり、上流階級のコネを求めず、セレナ本人に対して何も要求が存在しない。

そしてコロシアムの戦闘から、護衛としての能力もあると判断されたわけだ。

「ここまで欲しい要素を兼ね備えた人材も早々見つかる筈がない。」

彼女達には悪意は無い、断言出来る。

けれど自分には成さねばならない事がある。

それが今の生きる理由であり、生きてる理由に他ならない。

でも、俺を支え、そして最後まで戦ったなら。

「目の前の人を助けると言うよな。」

やるしかないか。でもまぁ、土産話にはちょうど良いしな。

「では護衛を引き受けてくださるのですね!」

「まぁ期間とかにもよりますけどね。」

なし崩しとはいえ、護衛をすることになったわけだが、まだ問題があるらしい。

「今から領主のご自宅に向かい、試験を受けて貰います。」

「え、うそでしょ。」

領主であるクライン直々の面接と実技試験を受け、合格する必要があるらしい。

「他にも候補者がおりますが、セレナ様の推薦者はアイン様だけとなっています。」

つまりその候補者の中から勝たないといけないのか。

「面接で落ちそうだけど。」

「絶対に受かってください。」

釘を刺された。


「デカい。いや領主なのだからそれはデカいか。」

「サラスヴァティ家は、いずれ王家の右腕になると言われてますから。」

横を歩くセレナは何故か誇らしげだが、王家も存在してるのか。

「ここまで来ると本当にファンタジー・・・俺たちも大概か。」

「何か言いましたか。」

「いや何も。」

玄関の前には少なくとも十数名の男女がおり、候補者なのが分かる。

ウルフとAIの共同開発のおかげで、人の魔力は図れるようになった。

(とはいえど、誰を見ても低いな。もしくはこれが平均なのか。)

「いや、はずれが多いだけの可能性がある。」

召使いに案内され、列に加わる。

周りの視線と陰口の多さは相変わらずだが、この場でそれをするのは危険だ。

いつどこで見られてるかも分からない。

ウルフに周囲の索敵、AIには奇襲対策として防御を任せている。

「術者の友人から企業の面接をする前に落とされた話を聞いたことあるし、

俺もそのパターンなんだろうな。」

だが予想よりも早くその時間はやってきた。

面接の形式は個人面接、つまり募集人数が多いと時間が掛かるはずだ。

なのだが、数分足らずで玄関から人が出てくる。

「それだけ面接で落とされるのか。この都市にも関わる事とは言え度か。」

自分の番のようで、召使いに導かれる。

「こちらに領主クライン様がおります。粗相の無いようにお願いします。」

扉を開ける。

「失礼します。」

「ようこそ、君が娘が言っていた候補者か。」

部屋はいかにも魔法を使う人間のものだ。

仕事机の裏は天井まで敷き詰められた本の数々。

見たことが無い道具、恐らく魔力を動力としているのか、淡い光を照らしている。

「認知されているとは恐れ入ります。」

「認知か。君がコロシアムでした事など、既に私の耳に入っている。」

その言葉から少なからず怒りが見える。

それはそうだ。無魔力者ディスマナリアが勝つなどあってはならないことだ。

領主である彼にも無関係だとしても変な噂が飛び交っていてもおかしくない。

「では始めさせていただく。何故立候補した。」

「推薦して頂いた。それだけの事です。」

推薦をされなければ此処にも居ないわけだが。

「君の実力は既に知っている。それを悪用する可能性も否めない。

君も知っての通り、私はこのシスティナの領主だ。娘もその影響を受けている。」

つまりセレナの身は常日頃から危険が付きまとっている。

そこに護衛からも裏切られれば、守り切るのは不可能だ。

「娘からの推薦だからこそ、裏切る可能性は低いと考えている。

娘はまだ幼い、けれど観察眼は私より長けている。そこは信頼している。」

「ならば何が不安なのかお聞きしてもよろしいですか。」

「君だ。娘ではなく無魔力者ディスマナリアである君に危険が及ぶ。

娘が通う所は魔法を学ぶ場所だ。そこには君のような存在は一人もいない。

私生活に支障が出る可能性すらあり得る。それでも君は続けられるか。」

「続けられます。そんな陰口やらいじめやらで折れる段階は既に超えましたから。」

もう超えたのだ。俺は良く知っている。真に邪悪な者はそんな方法は取らず、

自分の周りを不幸にすることで、快楽を得るのだから。

幸いにもこの世界にはそんな存在は居ない。居ないのだ。

「だから大丈夫です。」

「そうか。娘が君を絶賛していた。『彼なら絶対に大丈夫。父上も分かる』とね。」

「そんな事言っていたのかあいつ。」

それからは雑談を幾らか挟んだ。思っていたよりもクラインは親バカなのも知れた。

まぁ娘の護衛にここまで手をかけるのだから今更か。

「ここまでにしよう、君なら大丈夫そうだ。これで最終候補者が二人になった。」

「つまり次の実技試験で決まるでよろしいでしょうか。」

「その認識で正しい。しばしの休憩のち、こちらから呼ぼう。」

なんとか第一試験は突破出来たようだ。

その後客室に案内され、一通りの茶菓子をお出ししてくれた。

どれも美味しく、茶とも合うので、かなり満足できた。

「それにしてももう一人はここには居ないのか。」

実技まで顔を合わさせないのと、試験を始める前に戦闘を起こさせない為だろう。

(アイン様、報告がございます。)

(AI、何かあったのか。)

AIの報告によれば、クラインとの面接中、常にクラインは魔力を放出していた。

使可能性が高いらしい。

「娘に関わることだ。真偽を判別する魔法か何かだろう。

発言に関与する魔法だとしても、俺がここにいる時点でもう関係の無いことだ。」

問題は実技だ。相手がどのような攻撃手段を持ち合わせているかどうかで変わる。

最悪手の内を晒す必要がある。

「今の内に引き出しておくか。」


「敷地内にこんな場所まであるのか。」

警察ではなく憲兵が町を守ってるので、考えれば分かることだが、

このサラスヴァティ家にも訓練場が設営されている。

「一通りの武具は揃っている。好きな物を使うと良い。」

クラインの言葉通り、この世界で使われているであろう武器の数々だ。

だが俺の場合、使えはするが、それらの一つを極めているわけではない。

「私は素手で大丈夫です。」

俺にはパワードスーツの補正と、AIの補助がある。

魔法に対しても最悪防御手段もある、相手が最上位の術者でなければ勝てる。

「では私はこの長剣をお願いします。」

声からして男性のようだ。

振り返って見れば、貴族のようだ。

見つけている武具は高いのを見せびらかす為か、手の込んだ細工がされている。

長剣を片手で振り回しているのを見ると、しっかりと鍛錬しているのが伺える。

「私はアッシュ。アッシュ・レガートだ。覚えなくて構わない。

どうせ明日には顔を合わせない者同士だ。」

「嫌味をどうも。」

両者白線が引かれた決闘場に入り、準備を整える。

長剣は実物だ、木剣じゃない。下手に動けば重症を負いかねない。

「その危険を払わないと、護衛として認められないわけだ。」

長期戦は不要、速攻で終わらせる。

「今回の実技試験、娘であるセレナにも立ち会ってもらう。

お互い、悔いの無いようお願いしたい。」

「言われなくとも」

「このアッシュ、レガートの名をかけて。」


「始め!」

先手を取るはアッシュ側、体の捻じれを使った大振り。

(右、防御を使う必要は無い。返しで終わらせる。)

下に潜り、守られていない頭部に技を叩き込む。それで決着が着く。

(上(下)に避ける。)

思考に違和感を感じた。行動を既に終え、体は宙に浮いている。

振られた長剣が飛びきれなかった足に掛かり、視界が一転する。

「ゔ、ぐふぅ。」

地面を舐める、右足に痛みが走る。

確かに体を思考した通りに動かした、なのに得られたものはこれだ。

「何が起きてる。」

(アイン様、思考時に異常を検知。外部からの干渉と思われます。)

(検知が早くて助かる。外部からなら魔法しかない。)

俺が保持している防御機構は、精神面・思考に関与する魔法は防げない。

火傷といった物理的外傷を防ぐ事を目的として作られているからだ。

いち早くあいつの魔法の招待を掴み、対策しないといけない。

「それまでは叩き切られ続けるか。」

(スーツの出力を上昇、身体保護を最優先し、内出血の治療を優先します。)

「サンキューAI。」

そこからは一方的な試合が続いた。

アインの動き全てが相手の攻撃に吸い寄せられていく。

全てを軽傷で抑えているが、アッシュは的確に急所に切り込んでいく。

「変だな、貴様服の下に鎧でも仕込んでいるのか。」

剣の一撃一撃は確かに届いているが、何か硬い物に阻まれる。

それは人間の皮膚などではない。こんな感覚は初めてだ。

時間が掛かっている、勝てば合格は確定するが、気持ちの問題がある。

私がこんな無魔力者ディスマナリアに苦戦している事自体が可笑しいのだ。

「さっさとくたばってくれ。お前がこの舞台に立つな。」

「少しは、表情は崩さない努力をしろ。」

苛立ちが顔に出始めている。このまま正体を掴めれば。

「倒れろ、倒れろ。この無魔力者ディスマナリアが!」

今までとは違う、負の感情が籠った振り。

確実に殺す為に頭部に真っすぐ振り落とされる。

(右(左)に避ける。切り返しは脇。)

体が左に動く、間一髪避け切り大きく後退する。

「ようやく避けれた、でも違和感は残ったままだ。どういう事だ。」

(アイン様、解析が終了。)

(間に合った、状況を教えてくれAI。)

(彼が運用している魔法に近似している魔法がヒット。『反転魔法』です。

対象の行動、思考、言動、魔法の全てを一瞬だけ逆の結果にするというものです。)

だからさっき振り下ろしは避けれた。あれはどちらに避けても結果的に同じ。

(また対象が魔法を使ったと思われる間も補足。

魔力の放出と同時に攻撃を繰り返し行っています。ですので。)

「魔法の起動を止めれば届く。」

魔法の起動に詠唱を使っていないことから、恐らく魔道具か呪具の類。

対象を補足、もしくは認識していないと使えない可能性が高い。

だとすると当てはまるのは『魔眼』の類。

人工的な目に魔法を組み込んで運用する、俺たちの世界では自害用に運用されていた物だ。

この世界では『初見殺し』的運用に使われているようだ。

「用意しといて正解だった。数も少ないが必要経費と考えよう。」

ピンを抜く。

この世界ならば必殺になりうる武器。フラッシュバン。

視覚と聴覚の機能を一時的に奪うこれはどんな戦いでも戦況を変える手札の一つ。

アッシュの視線が手に吸われる。魔法で妨害などさせない。

下(上)に投げる、反転するのなら望まぬ方の逆をやるだけだ。

「なんだそれは。この由緒正しき決闘の場に何を。」

「護衛やるなら非常識な敵にも対応しないとな!」

(AI、視覚保護最優先。聴覚は捨てて構わない。)

目を潰されたアッシュは剣をあらゆる方向に振り回す筈。

ならば両方を守ろうとして、両方の機能が下手に下がる方が危険だ。

「あああああ!!見えない!!卑怯だぞ!!」

「卑怯でも勝てればいいんだよ!」

思考に違和感が消えた。最初の作戦通り叩き込む。

「今までの礼だ。受け取りな!」

体は鎧で守られている。しかし頭につけていない。

そんな弱点丸出しならお望み通りにさせてやる。

右ストレート、左フック、再度右ストレートからの左アッパー。

ボクシングの技に近いが、どれもダウンではなく傷つける技に変質している。

「ウルカ、あの技コロシアムで見た。」

「はいお嬢様、ですがあのような武術は王都でも見たことがありません。」

対術者用戦式、『再生魔法』が基礎魔法であった彼の世界で、

術者の再生より先に意識を殺す為に編まれた技。

全身全てを使って一人を倒す。

それに特化させ、最終的には最上位の術者にすら届いた科学者達が築いた牙。

(対象の意識レベル低下、確実な対処を。)

体を宙に浮かす、浮いた足はアッシュの首に回し、思いっきり体を捩じる。

ゴキッという嫌な音とお供に、アッシュの頭は地面にめり込んだ。

「ふぅ~流石にこれだけやれば勝ちだろ。」

「そうだな。アイン、貴殿が合格だ。」

拍手と共にクラインが笑い、セレナが抱き着く。

無事に護衛の選抜試験を乗り越える事ができた。

「クラインさん、彼は何故起きないんですか。」

「起きるもなにも君が気絶させたのだろう?」

「いえ、軽く落としただけなので、直ぐに再生魔法で起きるんじゃ?」

「「「え?」」」

どうやらこの世界は、自分の想像しているよりもずっと、違う世界のようだ。

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≒の勝者が行く墓参りの物語 @dango4423

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