WARM UP! ~腹ペコJK歌手の路上ライブ口上~

蒼原悠

ライブ口上(またの名を夫婦漫才)




(午後五時、広大な運動公園の一角。数十人の人垣に囲まれ、じっと佇む十代後半の少女が二人。マイクを携えた一人が、譜面台の歌詞ノートから顔を上げる。長い茶髪が揺れ、凛と澄んだまなざしが舐めるように聴衆を伺う。無言でうなずき合うと、もう一人の少女が指で水気を払うように、シンセサイザーの鍵盤を右から左へ軽やかにかき鳴らす。アンプから弾ける虹色の音符、固唾をのむ観客。誰からともなく空気を読み、散発的に湧き上がる拍手)




❤「こんばんは! 【Flipside Divaフリップサイド・ディーバ】です!」

🍀「すごいね、今日もお客さんでいっぱいだ。いつもありがとうございます」

❤「五時になったので、早速いつもの路上ライブを始めちゃいましょう! まずはメンバーの紹介から! 右にいるのがボーカルの【リコ】ちゃん! そしてわたしは作詞兼作曲兼編曲兼伴奏兼コーラス兼マニピュレーター兼バンドマスター兼マネージャー兼MV制作兼エグゼクティブ・プロデューサーの【アイリ】でーす!」

🍀「長いので“寿限無”って覚えてください」

❤「長くないもん! 一度も噛まずに言えたじゃないですかっ」

🍀「よく言うよな。噛んだら恥ずかしいとか言ってライブ前に猛練習してるくせに」


(失笑する観客)


🍀「あたしたちFlipside Divaは毎週末、ここ駒田記念公園の中央広場で路上ライブを開催しています。オリジナル曲が半分、カバー曲が半分くらいの塩梅です。SNSの専用リンクからカバーのリクエストも受け付けているので、よかったらあたしたちのSNSアカウントもフォローしてください」

❤「ちなみにリクエストは一曲あたり三百円です! わたしたち二人にお寿司一皿ずつおごるだけで、どんな曲だって聴けちゃいますよっ」

🍀「支給はやめてくださいね。アイリのお腹がすいて使い物にならなくなるので」


(ぎゅるる、と威勢よく返事をするアイリの下腹部。失笑する観客)


❤「想像しただけでお腹が……。リコちゃんのせいですよ、今の」

🍀「あたしだって腹ペコで死にそうなの我慢してるんだよ。朝食たべてるあんたと違って、今朝から何も食べてないんだから」

❤「それはリコちゃんが寝坊して昼前まで起きてこなかったせイ”ッ」


(アイリの腰を蹴り飛ばすリコ。崩れ落ちるアイリ。失笑する観客)


🍀「コホン……。こんなあたしたちを可哀想だと思った方は、ライブ後で構わないので、そこの空き箱に応援の気持ちを入れていってくれたら嬉しいです。無駄なことには使わないと約束します。あたしの装着してるイヤモニも、この子が収録で使ってるギターも、皆さんの支えがあってこそ手に入れられたものです」

❤「リコちゃん……足癖……暴力反対……」

🍀「あたしたちの夢は日本一の歌手になることです。力尽きるまで声を振り絞って、もっともっと売れたい。たくさんの人たちに歌を届けたい。その一心でここに立って、歌い続けています。三月末に行われる一大オーディションイベント【ミリオネアズ・サークル】へのエントリーも済ませています。日本一の歌手を決めるといわれる、国内最難関の音楽オーディションです。何が何でも優勝して、支えてくれた皆さんに恩返しをする。そんな覚悟でゴールポストを決めて、毎日がんばって練習しています」

❤「わたしも……リコちゃんも……それぞれ背負ってるものは違うけど……でも二人三脚でここまで頑張ってきました。そのすべてを話すことはまだできないけど……どうかこれからも応援してもらえたら嬉しいです……」

🍀「いつまでうずくまってんの、アイリ」

❤「無理です。わたしもう立ち直れないです。リコちゃんに足蹴にされました」

🍀「だってあんたが余計なことを……。ほら、立って。アイリがいなかったらライブ始められないでしょ」


(嘆息して手を差し伸べるリコ。すぐに機嫌を直し、恍惚の表情で手を取るアイリ。色ボケの夫婦漫才に鼻白む観客)


❤「えっへへへへへぇ。アイリちゃん大ふっかーつっ!」

🍀「うるさい。さっさとリクエスト曲のリスト読み上げて」

❤「はーい! 今回のリクエスト一曲目は、ファンネーム“上田うえだすすむ”さんからいただきました。曲は日本を代表する人気ラッパー・Mauzerマウザーさんの〈FANFAREGENDファンファーレジェンド〉! 曲名の示す通り、冒頭のファンファーレが超カッコイイ曲ですね! シングルカットはされてないけど、配信ドラマの主題歌にも起用された隠れ名曲! わたしもこれ大好き!」

🍀「……あと一応言っとくけど、ファンネームの欄は本名を書くところじゃないですからね」

❤「ほら、リコちゃんも配置についてっ。とっても盛り上がる曲なので、皆さんも手拍子の準備をしてください! リコちゃんのイケイケなラップパートにも注目! 記念すべき今日最初の一曲、弾けていきますよーっ!」


(マイクをスタンドにセットするリコ、鍵盤に指を置くアイリ。張り詰める空気、手拍子の用意をする観客。おふざけの気配は消え、爛々と光を宿す二人の瞳。そこにあるのは冷酷非情な世界を隅々までも照らし出し、燃やし、灰の山に緑を芽吹かせてしまうほどの明るい眼光)


🍀❤「それではお聴きください。──Mauzer、〈FANFAREGEND〉」



(高らかに鬨の声を上げる打ち込み音源のトランペット。鍵盤の上で躍動するアイリの細い指先、壮大な前奏のオーケストラに花を添えるブライトピアノの音色。くわっと開かれたリコの口から第一声が放たれた瞬間、芯から湧き上がった熱に包まれる観客。広大な公園の一角へ、日暮れ色の空へ力強く波紋を広げてゆく、気迫のこもった歌姫の絶唱)



《♪さあ時は来た

  シンデレラ城の鐘が聴こえるか

  馬車の鍵はどこへ忘れた

  振り向いちゃくれないゴッドマザー

  目覚まし時計は居眠りさせて

  裸足で駆け上がる赤の絨毯

  走るんだ 走るんだ

  お前こそが本物のシンデレラだ


  持ち生まれたもの持ち得たもの

  全部使って明かせ伝説レジェンド

  ガラスの靴にただ選ばれるだけの未来、

  やるせないだろ?》



(艶のある低めのハスキーボイスでラップとメロディを起用に歌い分けるリコ。十本の指とは思えない手さばきでシンセサイザーを奏でるアイリ。びりびりとアンプを震わすのは、迫力に満ちた戦支度の喊声だけではない。その節々に散りばめられた、酸いも甘いも入り交じったスパイスのような感傷が、聴くものすべてに寄り添いとりこにしてゆくのだ。ドスの利いたこぶしで闘争心を煽り立てながら、なぜ彼女の声はこんなにも優しく響くのか。彼女は何を祈ってマイクを握り、何を願って歌手を志したのか。その答えは誰にも分からない──)














 日本一の王座を目指して驀進する現役女子高生シンガーユニット【Flipside Diva】。

 その伝説レジェンドの始点は半年前に遡る。

 ふたりぼっちの才能が出会い、手を取り合って駆け出した、その時へ。








 【To be continued to "Millionaires Diva"】






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