第37話
騎士団長が公爵に話すと、食事会はそのまま開始した。
まずは公爵が嶋野の所へ向かい、他の貴族も各々が気になる勇者候補たちへ向かっていく。
俺の所には誰ひとりとしてこなかったため、誰よりも早く長机にたどり着いた。
「失礼します。坂堂様ですね、私が取り分けさせていただきます」
「ああ、こちらでしますから大丈夫です」
近づいてきたメイドの提案を拒否して、皿を取ろうとするもメイドは笑いながら体でブロックした。
もう一度トライしてみても、変わらずブロックされる。
「坂堂様、こちらで取り分けます」
「分かりました。それより何で名前知ってるんですか?」
「貴族のほとんどは皆様の名前を知っています。メイドとはいえ貴族ですので」
「へー。貴族もメイドするんですね」
「高位貴族になればメイドにも相応のマナーが求められますから、貧乏貴族家の子は運が良ければメイドになれます」
「でもさっきの動きはマナーとしてどうなんですか?」
「坂堂様こそ、食事形式のマナーとしてはメイドに取り分けさせるのが、この世界では当たり前ですよ」
「そうなんですか。それならテキトーに取り分けてください」
メイドに食事を取り分けてもらっていると、ジンがやって来た。
食事を取り分けてもらう俺を見て、取り分けるメイドを見て、どういう状態から理解したようだ。
「坂堂さん、このメイドにさせなくても取り分けるくらいなら、私がしますよ」
「ジンも冗談言うんだな」
「いえ、特に冗談というわけでは無いんですが」
「メイドに張り合うなら、飲み物でも取って来てくれ」
「はい」
飲み物を取りに行ったジンの方向には大量の貴族に囲まれるグループリーダーたちがいた。
4人は勇者候補の中でも貴族から人気なようだ。
1番人気の嶋野大雅。2番人気の神本鈴。3番のタキワキと4番のコンドウはほぼ同数だった。
貴族が来ないのは喜ばしいのだが、全く来ないというのも少し違うのではないかと思う。
「坂堂様、お食事の方取り分けました」
「ん、ああ。ありがとうございます」
「皆様の方見られて、どうされました?」
メイドから前菜が載せられている皿を受け取り、想像していたよりも量が多いと思いながら、メイドの質問に答える。
「俺の方に貴族は来ませんね。来たら面倒ですけど、来ないのは寂しく感じるな、て思ってました」
「私も一応貴族ですが」
「そういう話じゃないです」
「冗談です。坂堂様の所に貴族が来ないのは、理由があります」
「理由? どういうのですか?」
「坂堂様に関する噂が理由です」
「その噂というのは?」
「はい。嶋野様の訓練を邪魔したとか」
「してない」
「神本様に迷惑をかけているとか」
「かけてる」
「オーガにも苦戦するとか」
「してない」
「心配して近づいてきた騎士に暴言を吐いたとか」
「それは仕方ない、気持ちの悪い騎士だった」
「というのに加え、最大の理由として……」
メイドがいやに間を置くから、何を言われるかと身構えてしまう。
ニヤリと悪そうな笑みを浮かべたメイドを見て、ろくな理由ではないことが想像つく。
「坂堂様が、勇者に成り代わろうとしている、という噂が大きいと思われます」
これまたなんとも言い難い噂だな。
成り代わろうとしているように見えるのか、俺は。
「それは俺を知らない奴が流した噂ですね」
「というと?」
「誰が勇者なんて面倒な役割になりたいと思いますか?」
「ですが誰よりも厳しい訓練をしている、嶋野様の訓練を邪魔した、という所から噂の信憑性が増したそうです」
「これからもっと強い魔物と強制的に戦わせられるのに、訓練に励まないのはおかしくないですか? 下手したら死ぬんですよ」
「でも、楽しそうに訓練をしているという風に噂では聞いていますが?」
「少しずつ訓練の成果が出るから楽しくしていますけど、勇者になりたいかと言われれば、いいえと返しますよ」
それ以降は特にメイドと話す用もないため、皿に取り分けられた前菜を食べ始める。
その頃には、ジンが飲み物を取って帰ってきた。
グラスには透明な水が入っており、貴族たちを見るとどう見ても酒精のある飲み物を持っている。
「坂堂さん、昔の勇者の有名な言葉があります」
「へー、なんだ?」
「お酒は二十歳になってから」
「わかってるよ」
「私も前菜を頂いてきます」
「それならメインを取り分けてもらってくれ、前菜終わるから」
「はい」
俺以外の勇者候補たちは未だ食事をしていない。
貴族たちも勇者候補たちに群がって誰も食事をしていない。
だから、この大量の食事は現状俺だけのものだ。
メインは肉、魚のいくつかしかなく、デザートがそこそこあるくらい。
俺の狙いはデザートだ。
訓練によって消費カロリーが増えた異世界では、甘いものを爆食してもいいだろう。
前菜を食べ終わり、メインを貰おうと長机に向かうと難しい顔をするジンと笑顔で取り分けるメイドという、何かがあったと分かる状態だった。
ジンは俺に近づいて耳元に口を寄せる。
「坂堂さん、あのメイドは強いです」
「うん、だからどうしたんだ?」
「気を付けてください」
「大丈夫だろ、ここにいるのは短い期間だけだし、それ以降は来ることないから」
「ですが、ただのメイドとは思えません」
あの感知を使えるジンも、只者じゃないだろ。
口からこぼれそうだったが、思いのほか真剣だったから噤むことに成功した。
「メインください」
「はい、お肉でよかったですか?」
「はい、デザートはたくさん食べるつもりなので、いくつか取り分けて置いてください」
「分かりました。差し出がましいと思いますが、あのジンという者について」
「はい、何でしょう?」
「ただの武人という訳ではなさそうです。後ろ暗いことをしていたような動きが随所に見られます。傍に置いて大丈夫ですか?」
「大丈夫でしょう。ジンはあなたを警戒しました、あなたはそれを聞いてジンを警戒させたんでしょう? お互いに何がしたいのか分からないですけど、互いに警戒し合っているなら、話し合って解決しておいてください」
俺の言いたいことが通じたかは分からない。
簡潔にまとめると、互いが何を警戒しているか分からないから、勝手に解決しておいて、だ。
俺を使って何をしたいのか分からない。
ジンは心配したのかもしれないし、メイドはジンに対して危険性か、ジンが俺に与することを嫌がったのかもしれない。
「大胆な提案をしますね」
「大胆ですか?」
「はい、ジンという者も随分と驚いていますが?」
視線を俺の後ろへ向けたメイド。
振り返ると、ジンは前菜を食べかけの状態で止まっていた。
「坂堂さん。このメイドと話し合えと?」
「別に話し合わなくてもいいけど、俺を使って何かをしようとするな。メンドくさい」
「坂堂さん、一応注意する必要があると思って言ったんですが」
「含みを持たせてただろ。俺に危害を加えないか心配なら近くにいればいいだろ」
「そうですね」
「メイドさんもそれでいいですか?」
「はい、分かりました。デザートを取りに行ってきます」
「はい、お願いします」
俺がメインの肉料理を食べ終わる頃には、貴族と勇者候補たちが食事を始めたところだった。
彼らは前菜から食べ始めるが、俺はメイドからデザートの皿を受け取る。
一口サイズの揚げパンのようなもの、異世界の果物らしきもの、シュークリームに似たもの、プリンと思われるものなど。
俺は全てデザートを味わうことができた。
そこから更に、カスタードクリームがいっぱいに詰まったシュークリームを取って来てもらうようにメイドに頼んだ。
メイド曰く、他の人が手を付けていない状態で追加を要求するのはマナーが悪いとのことだったが、想像以上に美味かったため無理を言って取って来てもらう。
「坂堂さん、数少ない甘味を食べすぎではないですか?」
「生徒会長は会話を楽しんでただろ? 俺は食を楽しむしかなかったんだ。仕方ない」
いつの間にか来ていた生徒会長は、甘味を食べ過ぎではないかと言ってくる。
生徒会長も甘いものが好きなのかもしれない。
怒られたときのために王都の甘味を探す必要があるかもな。
しばらくシュークリームを食べながら勇者候補たちの様子を見ていると、何だか体が熱くなり始めた。
腕が赤くなり始めてどうしたのかと、腕を見ているとジンが肩に手をおいた。
「うん?」
「坂堂さん、どうやら酔っているようですね」
「はい、このクリームにはアルコールが入っていますから、大量に食べてアルコールが回り始めたようですね。今日はもうお休みしますか?」
「そうする。眠気もしてきた」
「分かりました。案内します」
段々と眠気が強くなってきて、部屋に入ってベッドへ横になると、すぐに眠った。
※次は28日です※
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勇者になりたそうな奴がいるから、勇者を任せる所存 アキ AYAKA @kongetu-choushiwarui
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