第36話
今日宿泊する部屋は4人1部屋だった。
俺は運よくグループの4人と一緒だ。見た限り、他にも多くの部屋はあったのだが、使わせてくれないようで、4人で1部屋になっている。
まあ、1部屋が異常に広いから気にするようなものでもないが。
ベッドの隣に荷物の入ったリュックを置き、いつもの部屋着で寝転がる。
思っていたよりも固くはない。王都のベッドよりいいかもしれない。
「夕食は何だろうな?」
「貴族の屋敷だろ、下手な飯はでてこねぇだろうけどな」
「でも城ほど金は掛けられないだろ?」
「坂堂はどう思う?」
「1日分くらいなら城のクオリティは出せると思うから、食べつくして無駄金使わせればいいんじゃないか?」
「実戦の予定が遅れてムカついてるのか?」
ベッドに寝転がった俺を見てくる3人。
心配しているように見えるが、どうしたのだろうか。
「心配することか?」
「いやさ、お前、訓練邪魔されると怒るだろ?」
「ある程度は許容するけど?」
「でも前の実戦から帰って来て、すぐだったっけ?」
「3日後の訓練だったな、倉田」
「ああ。その時、話しかけた騎士に怒ってたよな?」
「嘘つけ、そんなこと覚えてないぞ」
そんな訳がないと笑いながら言うのだが、3人の顔色は一向に戻らない。
そんなことしたっけ?
記憶がないだけでしたのかもしれない。
その頃は魔力枯渇を始めたばかりだったはず。
「失礼します。坂堂さん、おられますか?」
硬い音を響かせてノックされる扉。
声はジンのものだった。
ちょうどいい、記憶のない忘れっぽい俺に変わってジンに話を聞こう。
「入ってくれ」
俺がそう答えると、ジンは扉を開いて後ろにいたグループの女子を入れる。
そうして最後に入り扉を閉めた。
「私たちの部屋と変わらないくらいの大きさですね。もっともこちらは6人1部屋ですけど」
「へー、それで生徒会長たちはどうしたんだ?」
「実戦の予定が遅れることになったので、イライラしてるのではないかと坂堂さんの様子を確認しに来ました」
「さっきコイツらも言ってたな」
「えーと、坂堂は騎士に怒った記憶がないらしい」
入って来て並んでいた女子3人の顔には『そんなわけない』とはっきり書かれている。それぐらい分かりやすく、表情に出ていた。
ベッドから起き上がり、ジンに視線を向ける。
「確かに坂堂さんは騎士に怒っていました」
「どんな風に?」
「魔力枯渇して座り込んでいた坂堂さんは、話しかけた騎士を睨みつけて、気持ち悪いから消えろと言っていました」
「ん? ああ、それか。その騎士の名前は知らないけど、そいつは嶋野の何て言うんだ? ファン? 信者? でな。俺が熱心に訓練してる様子が気に食わないとか言ってたな。だから、そいつに言った」
「そういう事でしたか、坂堂さん。私も何度か陰口があったようです」
俺の言葉に納得したのは生徒会長だけだったようだ。
他の5人は固まったまま、動いていない。
ジンの方を見ると、何度も頷いており、どうやら心当たりがあるらしい。
「神本、それマジ?」
「マジです。桐島さん」
「嶋野のために動く騎士たちがいるかもしれないってことか?」
「はい、私たちに実害があるかもしれないので、このジンさんに調べてもらいました」
「訓練以外は暇だろうから、俺も何か頼むか」
「そうしてください、暇そうでしたから。それで現状、私たちのグループの騎士は問題ないことが分かっています」
「問題あるのは?」
「嶋野さんのグループに5人、瀧脇さんのグループに1人、近藤さんのグループに3人でした」
「やっぱ勇者様ってのは人心を集めるわけだ」
「そうみたいですね。皆さんは今後注意してください」
「注意しろって言われてもな、坂堂みたいな状況は無理じゃないか?」
「複数人で行動していれば、問題ないでしょう」
「問題ありそうな騎士の顔を覚えていればいいか?」
「他の人は大丈夫でしょうけど、坂堂さんは覚えられますか?」
「無理だな」
俺の即答に、質問した生徒会長の顔からは呆れしか見えない。
まあ、仕方ない。俺は人の顔と名前を碌に覚えられないからな。
「気を付けてくださいね、坂堂さん。難しいならジンさんに気を付けてもらってください」
「そうするわ」
俺がそう返答していると、扉がノックされた。
警戒を促す会話内容だったからか、みんなの視線が扉に向かう。
「失礼します。入ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
生徒会長が返事をすると、メイドが部屋に入ってきた。
部屋にいる人数で驚いた様子だったが、すぐに仕事を思い出したのか姿勢を正す。
「夕食の用意が出来ましたので、案内いたします」
「夕食ですか。服装はこれで大丈夫ですか?」
「はい、お好きな服装で、とのことです」
外出用の服に、上質なジャケットを羽織った状態のみんな。
俺は部屋着で騎士さんから奪ったままのジャケットで夕食を食べる場所に案内を受けることになった。
広い屋敷の中をしばらく歩いていると、室内からザワザワとしているのが聞こえてくる大きな扉に着いた。
貴族は食堂の扉も大きいのかと考えていると、メイドが開いた扉の先は食堂ではなかったようだ。
他の勇者候補たちは先に来ており、みんなと同じように上質なジャケット着て隅の方で集まっていた。
というのもザワザワしているのが勇者候補たちではなく、着飾っている貴族らしき集団だったことだ。
公爵の悪い笑みの理由はこれだったのだろう。
騎士団長は予想外に違いない。
仕方なく受け入れてしまった予定の変更で、俺たちは貴族と飯を食わないといけないなんてな。
身を寄せ合う勇者候補たちの所へ向かっていると、部屋の扉が開かれて公爵と騎士団長が一緒に入ってきた。
案の定、騎士団長は公爵に怒りながら何事かを言っていたが、公爵も変わらず受け流している。
2人が話している間に、他の騎士もやって来て騎士団長の後ろで整列した。
「話は以上、候補者の皆さんに注意が終われば、歓談するくらいはいいでしょう」
公爵から離れ、勇者候補の集団に近づき騎士団長は話を始めた。
それは貴族との会話での注意事項だ。
「皆さん、このような事態になってしまい申し訳ない。私にはどうしようもできないので、この食事会で注意してほしいことを言っておきます」
騎士団長の説明している後ろでは長机が用意され、その上に料理が並べられていく。
こういうのは小さな机にいくつか分けられているものだと思ってた。
いや、小さい机もあった。デザートがいくつか並んでいる。
「まず、貴族には皆さんの勇者候補という肩書きは通用しません。下手に約束をしないようにしてください。何かを依頼されても断ってください。病気にかかった身内の話は嘘ですから、気を付けてください。これからこの先、一生ついて回る可能性がありますから、下手な約束、依頼を受ける、贈り物を受け取る、全て断ってください」
「そこまで警戒するものなんですか? ロビンソンさん」
「はい。この先、この世界で暮らしていく皆さんの一生の足枷になるかもしれません。約束事を交わさない、依頼を受けない、贈り物を受け取らない。貴族と何か契約を、口約束でも交わさないように気を付けてください。きっぱりと断るのが難しければ、私と相談して決める、そう答えてください。それで皆さんにとって不利な話は随分と減るはずです」
貴族ってのは怖いんだな。
それよりも俺は腹が減った。
一応、話を聞きはしたけど長机に並ぶ料理の種類が増えてきて、それに目が釘付けだ。
肉と魚、野菜と謎の食べ物。
米がないのはいつも通りだが、それでもとても豪華な食事だ。
「注意は以上です。それでは皆さん、くれぐれも気を付けて食事会を楽しんでください」
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