第35話


 翌日、騎士さんに怒られながら訓練を開始した。

 理由は、もちろん町へ出るときに騎士さん他数名を振り切ったことだ。

 屋内訓練場はいつもより騎士の数が少なかった。

 そういえば、朝食を食べに行った時も騎士や文官らしき人たちがバタバタしてたな。


「坂堂さん、聞いてますか?」

「聞いてる聞いてる。枯渇させたら軽く運動するからジン呼んできて」

「はあ、分かりました」


 騎士さんの小言を回避し、体内にある魔力を体外に放出していく。

 前回の実戦から1ヶ月。ジンの言う感知方法の訓練をしているところだ。

 魔力を枯渇させているから、影分身を使っての訓練は行っておらず、各自が訓練に励んでいる、はずだ。

 はずだ。というのは魔力枯渇が想像していた以上に辛かったから、他の訓練の様子を確認する余裕がなかった。


 初めて魔力枯渇させたときは、めまいと吐き気、想定していた以上の脱力感から地面に寝転んで呼吸するしかできなかった。

 しかし今は、ジンと木刀で打ちあうくらいはできる。

 ただ今でも自分の訓練以外に目を向けることが出来ないから、他の人の訓練内容を知らない。

 

 それでも俺は他の人が「同じ訓練をしたい」と言った時のために教えられるようしている。

 魔力枯渇のやり方は何でもいい。

 俺は身体強化をする要領で循環させず体外に魔力を放出し、枯渇させている。

 魔力枯渇は慣れると吐き気、めまいがしなくなる。

 しかしいつまで経っても、脱力感だけがなくならない。体が怠くて重いというやつだ。

 脱力感は全く慣れないが、体が怠くて重く感じるのにしばらくすると動けるようになる。


 ただこの訓練の目的である感知は少しずつしかできない。

 ジンと木刀で打ちあいながら、感知が出来ているか確認していく。

 自分の感覚で確認していると、攻撃してくるジンが問いかけてきた。


「坂堂さん、感知はどうですか?」

「大雑把な魔力の大小しか分からない」

「それは魔力の扱いに慣れてくると出来ることですよ」

「そうじゃなくて、周囲に漂う魔力の濃い薄いだ」


 驚いた様子で攻撃を止めた。

 どうやら勘違いしているようだから、動きを止めたジンへ詳しく話していく。


「と言っても、枯渇している状態の時だけだ。魔力が少しずつ戻り始めると段々と分からなくなっていく。そういうことだ」

「いえ、坂堂さん。今の状態で知覚できるならそれと同じ魔力を周囲に放出すれば、感知は出来るようになります。もちろん、魔力の濃い薄いを知覚できるのが最良ではありますけど」


「そうだよな。知覚できた方が楽だろうから、訓練は続けるよ」

「分かりました」

「それで、ちょっとした疑問だけど」

「はい」

「他の人がジンの言う感知方法で魔力を広げていたら、俺は知覚できるのか?」

「できません。魔力としては知覚できますが、それを周囲に漂う魔力か人のものか判断はつきません」


「厄介だな」

「だからこそ、この感知方法が廃れていないのだと思います。人はどうも周囲の濃度と同じだと自然のものと認識してしまうようですから」

「気付く方法とかはないのか?」

「知覚できる人だけの方法であれば、あります」

「どんな?」


「一定の濃度の魔力が妙な広がり方をしていれば、それは人か魔物の魔力である可能性が高いです」

「広げているのは魔力を操作している奴か」

「はい」

「それなら、知覚できるようになるまで訓練だな」

「分かりました」


 その日の夕食時、宰相と騎士団長がやって来た。

 初めて夕食時に来たと驚いていると、どうやら予定していたよりも状況が悪くなり、急遽明日から実戦に向かってほしいという話だ。

 だから朝に文官や騎士が動き回っていたのかと、納得した。


「今回の実戦に際して、騎士は援護に回ります。魔物の捜索、周囲の警戒、戦闘の段取り、全て勇者候補である皆さんに行っていただきます。野営地や道中は騎士にお任せください」

「今回はグループ毎に対処する魔物が異なっております。公爵領にいる4体の強力な魔物の討伐をお願いします」


 騎士団長と宰相は報告だけ行い、帰っていった。

 騎士たちは準備が忙しいだろうけど、俺たちは武具の準備をしておくだけだ。

 


 翌日、馬車と機関車で1日かけて公爵領へ向かう。

 機関車はいつもとは真逆の方向へ走り出す。

 車両はグループ毎に分かれており、今回の魔物の詳細を騎士が話せる範囲で教えてくれた。

 

「今回の魔物の詳細ですが、私たちも詳しくは聞かされていません」

「向かった先で聞くのでしょうか?」

「そうなんですが、どうも詳しく分かっていることはないらしいです」

「というと?」


「はい、神本さんたちが相手するのは黒い鎧を纏った詳細不明の魔物です。公爵領の兵士の間では『黒騎士』と呼ばれているようです」

「騎士として、その呼び名はいいんですか?」

「はい。どうもその魔物は一定の場所から動かず、近づいてきた者に攻撃し、何もせず離れる者は気にもしないらしいです。まるで何かを守っているようで『黒騎士』と呼ばれていると」

「なるほど。それは人だったりしないんですか?」

「オーガと似たよう大きさだそうですから、それはなさそうです」


「そうですか」

「攻撃するっていうけど、拳か?」

「いいえ、高橋さん。大きさに見合った剣を持っているようです。剣だけでも人より大きいそうです」


 車両内では騎士の説明により、なんとも言えない空気が流れる。

 黒い鎧、どういう鎧か分からないが人型の魔物だというのは分かった。

 人より大きい剣、それをどういう風に扱うのかは分からないが、振るうだけの力はあるということだ。

 その情報だけでも、空気が重くなるのも分かる。


「はあ。気落ちするのは、公爵領で詳しい話を聞いてからにしましょう」


 最初の溜め息で、後の言葉を帳消しにした生徒会長。

 それにみんなは思わず、苦笑いを浮かべる。

 俺も笑ったが、生徒会長の鋭い眼光で真顔になった。


 公爵領にある駅へ着いた。

 王都の駅ほど大きくなく、ホームが2つあるタイプの駅だ。

 駅の外には大量の馬車があり、グループごとではなく4人ずつ馬車に乗っていく。

 急いでいるのか、駅から出てきた順番で馬車に案内された。


 俺が乗った馬車は、生徒会長、水上、桐島、俺だった。

 2頭引きの馬車は全員が乗ると、すぐに走り出す。

 窓から町の様子が見られるため、それをボーっと眺めていると馬車は町の中から出る様子がない。


「公爵領の外だよな、野営地って」

「そうでしょうけど。どうやら町の中でも綺麗な場所に入ったようですよ」

「ってことは、俺たちは公爵んとこ行くわけか?」

「そうみたい」

「うわ、この道の先に公爵の屋敷っぽいのがあるぞ」

「うわ、マジじゃん」

「今日は屋敷で1日を過ごすわけですか」

「みたいだな。兵士が並んでいるのが見えてきた」


 兵士の列を抜け、敷地内にある馬車を停めるような場所で下ろされる。

 近くには兵士の訓練場だと思われる場所があった。実戦が終わればここで訓練するのだろうか。

 他のみんなを待っていると、最後の方に到着した馬車から急いで騎士団長が下りてきた。

 その後には何人かの騎士が付いてきている。


 騎士団長はそのまま身なりの良い人に話しかけた。

 特に怒声は聞こえないが、聞こえてきそうなほど顔は怒っている。

 身なりの良い公爵だと思われる男は、騎士団長の言葉に何度か頷いているが全く響いた様子がない。

 想像していた貴族像と一致しているが、より面倒くさそうに思える。


「予定と違って公爵の屋敷へ来たことに抗議しているようです」

「良く聞こえるな」

「騎士団長と同じ馬車だったというジンから聞きました」

「それはまた、ジンも災難だったな」

「いえ、他のグループの方に不思議そうな顔をされましたが」

「そういえば、他の人たちはジンに関して質問とかしないのか?」


 今まで特に考えてこなかった。

 自分の訓練が忙しくて、他まで気を回していなかった。

 色々忘れ気味な俺の疑問に、生徒会長はこれ見よがしな溜め息を吐く。

 集まって来ていたグループの全員も似たような反応だ。


「はあ」

「え? なに?」

「他のグループからずっと聞かれてました」

「ホントに? ジンが来た頃にはそういう感じなかったけど」

「坂堂さんのいないところで皆は話しかけられて、質問されてましたよ。それより話が終わったようです」


 騎士団長の方へ視線を向けると、公爵らしき人と一緒にこちらへ歩いてきた。

 勇者候補たちが全員いることを確認した騎士団長は、これからの予定を話し始める。


「本日、この公爵様の屋敷で皆さんには1泊していただきます。明日の朝食後、森にある野営地へ向かい、実戦を開始します。それでは男性と女性に分かれてください。今日の宿泊する部屋へ案内してもらいます」


 騎士団長の言葉を隣で聞いていた公爵は、誰が見ても分かる悪い笑みを浮かべていた。

 屋敷で1泊する以上の何かが、これから待ち受けているという訳だろう。

 俺たちは男女に分かれて、今日の部屋へ案内された。

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