第12話:決着
銀の武者は天から見下ろし、黒の魔皇は赤の吸血鬼と壁を作っている。
「……あは、ははは。馬鹿みたい。もういない仇敵を求めて、堕ちる処まで堕ちて――救いようが無いよね」
赤錆ベガは力無く、涙を流しながら自嘲する。
様子がおかしい。自分と相対した時は狂気と憎悪に支配されていたような有り様だったが、今は正気に立ち戻っている。
(そして『もういない仇敵』? 何らかの理由で死んでいたのか? 諫山龍二を殺害した黒い武者とやらは死んでいる)
ふぅ、と息を吐いて話しかける。
「赤錆ベガさん……投降してください。今なら安全な状態で家族と暮らすことが可能です」
壊れ物を扱うかのように、慎重に言葉を選んで告げる。
今の赤錆ベガは崩壊寸前のダムのようだ。何かきっかけがあれば、一瞬にして崩れ去るほど脆いように思える。
だが、今ならばもしかしたら説得出来るかもしれない。『総理大臣』はあくまで説得の失敗を前提とした作戦を立ててていたが、今は想定していた状況とはまるで異なる。
「……帰る場所なんて、もう無いですよ。こんな唾棄すべき汚物が、お姉ちゃん達と一緒に居れる訳、無い――」
……何とも痛々しい顔だった。
こんな九歳に過ぎない少女が、此処まで絶望し、此処まで苦しみ、此処まで追い詰められている。
この街の異常な環境が、彼女という犠牲者を作り出すに至ったのだろうか。それは、一体如何程の業だろうか。
「……私は殺したよ。大悪霊を維持する為にね、無関係な人を沢山殺しちゃったよ。殺された諫山龍二君の仇を取る為に、それだけ願って、狂った振りして誤魔化して――でも、その仇敵はもう居なくて、私のやった事は無意味で、気づけば私だけが加害者になっていた――」
「…………」
「……ごめんなさい、名も知らない人。こんな事を私などが言うのも烏滸がましいけど、幸せに生きてください」
「何を――!?」
「大悪霊アトラ・ハシースに告げます、私を殺して」
「………そう来ましたか……!!」
無数の黒い腕が殺到する。
それは一つ一つが人間を襤褸雑巾のように引き裂く暴力の塊であり、人間どころか同種の吸血鬼にとっても致死の猛攻である。
「ダークマター、触手型、事前待機よりセットアップ、全開起動」
黒い触手はそれらを上回る速度をもって突き刺し、切り払い、両断し、死の津波を迎撃していく。
「多いな……」
並大抵の者ならば瞬時に引き裂かれる人外魔境の戦地を、とその身に刻んだ異能で渡り切っていた。
『自害命令を大悪霊に命じたのは良い方向へ風向きが変わったな』
「それは、どういう事ですか!?」
押し寄せる黒い波に遅滞戦法を取りながら端末で『総理大臣』に叫ぶ。
『大悪霊はマスターを殺せという単純明快な命令を実行出来ずに、逆にペナルティを受けている。命令を最優先したいのに君戦っているからな。要所要所で動きが鈍い』
「――っ、なる、ほどッ! 通常の状態なら十回は死んでいた処です……!」
そう、今の大悪霊アトラ・ハシースは絶対的な命令権によって、その圧倒的な性能も戦闘目的も縛られている。
赤錆ベガの殺害を最優先にしている。その為に目の前の敵の排除を優先せず、赤錆ベガの下に馳せ参じようとしている。
それをダークマターが許さない。
「しかしこのままでは……!」
『恐らくだが、赤錆ベガの命令が最後の拠り処になってしまっているのだろう。命令を果たすまでは消えないだろうし、最悪なのはこの世界の依代である『赤錆ベガ』を取り込まれたら手に負えなくなる事だ。消えずに現界し続けて大悪霊アトラ・ハシースは自然消滅しなくなる』
事もあろうか、本人が魔力源となっていて消滅せず、本人の命令通り果たして赤錆ベガを殺害されたら、あの大喰らいの化け物は彼女そのものを喰らい尽くし、この世界に根付いてしまうというのか……!
「どうすれば良いですかッ!?」
『どうもこうも、もう答えを言ってしまっているようなものだがな』
「答え? 答えですって? 今の何処に対応策があったと!?」
テンパリながら『総理大臣』の次の言葉を催促する。
――にやり、と、『総理大臣』が誰よりも邪悪に嘲笑う姿を克明に幻視出来た。
『――簡単だよ、黒野喫茶。赤錆ベガをその手で縊り殺せば良い。それで万事解決だ。欠片も残らず消滅させるのが理想だ、一滴すら血を飲ませないようにな』
大悪霊アトラ・ハシースをこの世界に固定する依代を消去し、命令も果たせて魔力枯渇させる。それが一挙に叶う理想的な手段を『総理大臣』は平然と言ってのけた。
「は……? 正気、ですか?」
『何を迷う必要がある? 躊躇う必要が何処にある? それは亜門光を殺した少女で、この都市を死都と化す災禍の化身だ。――小娘一人の生命と街一つの人間全て、何方を優先するべきかは考えるまでも無いだろう?』
――考えるまでもない。此処で大悪霊アトラ・ハシースに赤錆ベガを取り込ませてしまったのならば、もやは殺害手段は無くなる。
街一つで済めば良いかもしれない。この都市が死都となって、死者が侵攻し続け、未曽有の災厄を齎すだろう。
『その少女を殺して、君は英雄になるんだ――』
まるで悪魔の甘言のように『総理大臣』の言葉は脳裏に響き渡る。
此処で殺さなければ、街一つが死都と化す。
赤錆ベガの生命で、全員が救われる。
コイツは亜門光を殺した。それは許される事ではない。
彼女とは一週間足らずの付き合いだったが、この街で生きる術を教えてくれた。
返しきれないほどの大恩のある男を、だ。
(この場においては、私しか出来ない……)
手刀を赤錆ベガの喉元に定める。
相手は気を失っており、避けられる心配はまず無い。
阻止は間違い無くされない。速やかに事は成し遂げられるだろう。
「このまま、赤錆ベガを殺せば助かる?」
『その通りだ』
「私も、みんなも、仇も討てる」
『その通りだ』
「殺せば、良いんですね?」
『その通りだ』
「だけど、断ります!! 文学女子のこの黒野喫茶の好きなことは、漫画やアニメのシチュエーションを、原作通りに叫ぶことです!! それに、こんな女の子を殺すなんて後味が悪すぎるッ!! だったらみんな死ぬか! みんな生きるかです!!」
『……度し難い……しかし面白い。ロッズ・フロム・ゴッド出力1%……射出』
雷鳴が轟き、天を裂く光の刃が降ってきた。
それは怪物を的確に貫き、破壊した。
『元々、あの程度の敵なんで造作もないんだ。だが、君の選択肢が見たかった。それだけのことだ。恩に感じてくれ、黒野喫茶。君との有益な取引を続けよう』
霊感少女が「死んだら祟ります」といったから、私は「一緒に死んでやるさ、友達だからね」と返した フリーダム @hsshsbshsb
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