第11話:闇で嗤う存在

「亜門様ー! 見舞いに来たっすよー!」

「騒がしいな、瑠璃。病室では静かにしろといつも言っているだろう」

「へぇーいっす」


 とある病院の個室にて、『彼女』は部下の見舞いを受け入れる。

 経過は極めて順調であり、もう二週間もあれば完全な状態で退院出来る見込みだった。

 甲斐甲斐しく足を運ぶ瑠璃色孔雀はじゃじゃーんとお見舞い品を渡す。


「はいこれ、亜門様の好物の小粒葡萄、デラウェアだっけ?」

「ああ、いつもすまないね」

「で、後は報告書っす。それじゃ自分、他に仕事あるんでー」


 そう言って、慌ただしく瑠璃色孔雀は出ていき――亜門光が行なっている数多の事業の報告書を興味深く眺めながら、『彼女』は感嘆の息を吐いた。


「――実に素晴らしいな。此処までの組織力は生前でも手に入らなかった」


 ――この身体の本来の持ち主、亜門光は大悪霊との一戦でとうの昔に死亡している。

 『彼女』は抜け殻となった身体を拝借し、本体代わりとしている『別の何か』だった。


「どうやら本当にツイているようだ。一時期は悲観し、絶望さえしたが――絶体絶命の窮地の後にこそ、千載一遇の好機は訪れる。前世でもそうだった」


 生前の『彼女』もまた異能力使いの組織を形成したが、これほどまでの粒は揃わなかった。


 亜門光の組織に所属している異能力者はいずれも歴戦の勇士、喉から手が出るほどの精鋭揃いであり――これを義理人情で統率して纏めていた亜門光は大した人物だと感心するばかりである。



「頂点に立つべき王者は、その機を余さず有効活用し、自身を更なる領域へと高める。前世でワタシは失敗し、我が頂点の能力は地に貶められてしまった」


 嘗ての生涯で最も屈辱的な瞬間を思い描き、『彼女』は憎悪と怒りを滾らせる。


 本来なら一顧だにしたくないが、度し難い慢心が『彼女』を殺した。王者の座から『彼女』を引き摺り下ろした。


 戦国の武将、徳川家康は自らが大敗した戦を絵にし、生涯の戦訓としたという。苦々しい記憶が、『彼女』により正しい決断力を与える。『彼女』はそう信じた。


 資料を捲る手が早くなり――新入りの情報欄に入る。自然と資料を見る手に力が入る。『彼女』は底知れぬ憎悪を滾らせながら、その前世の怨敵の名前を呟いた。


「そう、貴様の手によってだ。――黒野喫茶」


 本当に奇妙な運命だと『彼女』自身も思えてならない。


 黒野喫茶さえ居なければ、絶頂期の『彼女』は永遠の栄華をその手に出来た。そして黒野喫茶が居たからこそ、今の『彼女』が此処にある。


 表裏一体、宿命、言葉に出せば何とも陳腐になるが、それが自身に与えられた試練であり、逃れられぬ運命であると『彼女』は己の邪悪を信仰する。



「前世からの因縁に決着を着けよう。貴様との『オリオンの矢』を巡る聖戦に終止符を」



 黒野喫茶との宿命の対決を清算し、監視対象の白羽逆羽も一緒に仲良く葬ってやり――最終的には飼い主である『総理大臣』に下克上を果たし、この都市に君臨する。


 ――『彼女』は静かに邪悪に宣言する。頂点に立つ者は唯一人、そしてそれは自分自身に他ならないと。


「まずは小手調べだ。失望させるなよ、我が宿敵。この程度で敗れてくれるなよ――」


 

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