第12話

「……ということは、この施設は一万年以上も稼働し続けているのか? 想像もつかないな」


ノラは目の前の機械を見つめ、驚きと興味を隠せずにいた。


「信じられないのも無理はないわ。この施設を作った人々も、これほど長く待たされるとは思っていなかったでしょうから」


リディアは静かに答えたが、その声にはどこか寂しげな響きがあった。


ノラが目を覚ましてから数十分が経っていた。彼はこの短い間に、リディアから多くの衝撃的な情報を聞かされていた。


この場所が神聖王朝時代の遺跡ではなく、それよりさらに昔、超古代文明の遺跡であること。ここには超古代人の記憶が保存されており、リディアはその文明の管理者であり、生き残りであることも。


ノラはその話を整理しようとしながら、短剣の柄を握り締めた。装備は自己紹介の後、すぐにリディアから返されていた。


(超古代文明――魔法よりも科学が栄えていた時代。そして夜空に浮かぶ星々をすべて支配した時代……だが、そんな偉大な文明が、なぜ地下深くに埋もれている?)


ノラの思考が渦巻いている中、リディアが小さくため息をつく。


「地上がそんな状態になっているのね……」


彼女の声には、科学ではなく魔法が支配する現在の世界への失望が込められていた。それはただ科学への哀愁だけでなく、魔法を信奉する未来の人々への憐れみも含んでいることを、ノラは敏感に感じ取っていた。


「しかし、超古代文明の遺跡の上に神聖王朝の遺跡があるとは、まるで地層みたいだな」


ノラは軽く歩きながら、部屋の壁を指でなぞり、そんな疑問を投げかけた。


「そうね。神聖王朝の人々は、地下に南天共和国の建物があることを知らなかったのかしら?」


『南天共和国』――リディアがその国の出身であることを初めて聞いたとき、ノラは驚いた。超古代文明時代に存在した国の一つで、ノラが読んだ歴史書にも名前だけは記載があったが、その詳細はほとんどわかっていない。ただ、科学技術に優れていたが滅びた、という一文しか歴史書に載っていなかった。


「知っていたはずだ」


リディアの疑問に、ノラは目を細めながら答えた。


「神聖王朝は魔導技術で栄えていたが、失われた科学技術を復活させようと躍起になっていた。だが、ある時を境に科学を諦め、魔法へとシフトしていったらしい」

「どうして科学を捨てたのかしら?」


リディアの問いかけに、ノラは肩をすくめた。


「どの本にも、科学を捨てた理由は書かれていなかった。ただ、これは俺の推測だが、神聖王朝の連中は科学よりも魔法の方が便利だと思ったんじゃないか?」

「科学は物理法則に基づいているものよ。魔法なんてまやかしとは違う」

「そうか? 俺にはどちらも同じように見えるがな。人を転移させたり、あの小さな筒から獣を倒せるほどの弾丸を発射させたり」


ノラはリディアの持つL字型の筒――銃に目をやった。


「銃を知っているの?」

「多少はな。神聖王朝の遺跡で一度だけ見つけたことがある。まだ科学技術が残っていた初期の頃のものだ」

「そうなのね」


リディアは微笑んだ。だがその瞬間、突然大きな揺れが発生した。


「今のは!?」


ノラの脳裏に、仲間たちを連れ去った白いモノリスの光景が浮かぶ。動揺するノラとは対照的に、リディアは冷静な表情を崩さなかった。


「また暴走が始まったわね」


彼女は椅子から立ち上がると、出口に向かって素早く歩き出した。


「待ってくれ! 何が起きているんだ? 説明してくれ」


ノラは慌てて彼女を追いかけた。


「ついてきて、今は一刻を争うの」


リディアは扉を開け、外へと飛び出した。ノラもすぐに後を追った。


部屋を出ると、目の前には長い通路が果てしなく延びていた。リディアは何やら奇妙な乗り物に乗り込み、しきりに操作をしている。その乗り物は荷車のような形をしているが、車輪がなく、宙に浮いていた。


「何をしているの? 早く乗って!」

「あ、ああ……わかった」


ノラは戸惑いながらも乗り物に乗り込む。宙に浮いているにもかかわらず、彼の体重でバランスが崩れることはなかった。


「しっかり手すりを握って。少し飛ばすわよ!」

「何だと? ……うわっ!」


リディアが操作を始めると、乗り物は急加速した。ノラは強いGに身体を押し付けられ、驚きの声を上げる。


「これは何だ!? こんな移動機、見たことがない!」

「磁気浮上式の移動機よ! リニアモーターカーなんて呼び方もあるわ」


長い銀髪を風になびかせながら、リディアが得意げに答える。ノラはその速度と、振動が全くない静かな乗り物にさらに驚かされた。


「すごいな! これも超古代文明の技術か?」

「こんなもの、私たちの時代では当たり前だったわよ」


リディアは笑みを浮かべたが、ノラの視線はどこか遠くを見つめていた。彼は白いモノリスを思い出し、ふと疑問がよぎる。


「なら、その技術で転移装置も作れたんじゃないのか? あの白いモノリスのようなやつを……」

「それは無理よ」


リディアは首を横に振って答えた。


「転移技術は、私たちの時代には既に失われていたの」


移動機の速度が徐々に落ちていく。ノラは前のめりになりかけた身体を戻し、問いかけた。


「どこに着いたんだ?」

「データセンターよ。あなたにも協力してほしいことがあるわ」


リディアが先に降り、巨大な扉の前に立つと、未知の言語で命令を発した。


「『コード563924 Sタイプ―― リディア 開門を』」


ノラの耳には聞きなれない言語で話すリディアの声が響く。少しすると、幅広い赤い光線が彼女の全身をスキャンしていった。


『コード認証および生体認証の一致を確認。命令を承認』


無機質な声が扉から発せられ、音もなく両側に開かれる。


「ちょっと待ってて」


リディアは軽やかに扉を通り抜けると、すぐに扉は固く閉ざされた。数秒後、再び扉が静かに開き、奥でリディアが小型の通信機を手に、得意げな表情を浮かべながらこちらを見ていた。


「何をしたんだ?」


ノラが尋ねると、リディアはにやりと笑って答えた。


「少し扉の認証機構をハッキングしたの。これであなたも自由に出入りできるわ」

「やるな」


ノラは感心しながら、リディアに続いて扉を通り抜ける。そこには広大なドーム状の空間が広がっていた。まるで闘技場のような構造で、その中央に黒くそびえる柱が立っている。


「ここがデータセンターよ。あの黒い柱には、過去数百億人分のデータが保存されているの」


リディアが黒い柱を見つめながら説明する。ノラは眉をひそめ、柱をじっと見据えた。


「何のためにそんな膨大なデータを保存しているんだ?」


ノラの問いに、リディアは柱に目をやりながら答えた。


「もう一度、蘇るためよ」

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迷宮都市オーデン 熊谷あきら @tororo-totoro

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