第11話
深い水底から浮上するような不思議な感覚がした。それは大きな安心感とともに、安らぎの眠りから目覚めるどこか寂寥感を抱かせた。
曖昧だった感覚が冴えていく。閉じた瞼の裏に光を感じる。耳を澄ませると、リズムよく何かを指で叩く音とたまに聞き慣れない高い音が聞こえた。それがキーボードのタイピング音と心電図のモニター音であることをノラは知らなかった。
目を開ける。白い天井が視界に映った。
(……? ここはどこだ)
目だけ動かして辺りを見る。白色のカーテンに囲まれている。音はカーテンの向こうから聞こえていた。
「……」
ノラはゆっくりと身体を起こし、無意識のうちに右腰に手を回した。いつも短剣を差しているところだ。
ところが、そこにあるはずの短剣がなかった。辺りを見回しても見つからない。
(まいったな。武器がないと身を守れない)
ノラは眉をしかめ、ベッドのそばにあった台座に注射器が置かれているのを見つけた。ひとまずそれを武器がわりにする。針が付いていることを確認して、ノラはゆっくりとベッドを下りた。
(ん?)
立ち上がろうとして、服の下から導線が垂れていることに気がついた。服を上げると、身体にシール状の物が貼り付けられている。
両側の鎖骨下辺りと左脇腹やや上に、単に貼られているだけのようだ。
シールから導線が出ており、ベッドの近くに設置された心電図の装置につながっている。
(これが原因か?)
動きの邪魔なので音を立てないよう慎重にシールを剥がす。だが、シールを半分ほど剥がしたとき、突然装置からアラーム音が鳴ってしまった。
タイピング音が止まる。ノラは焦りながら急いでシールをすべて剥がした。
「起きているの?」
少女の声がした。鈴の音のような透き通った高い声だ。サッとカーテンが開く。現れた存在を見て、ノラは固まった。
「目が覚めたのね。よかった」
そこには驚くほど美しい少女がいた。月明かりを溶かし込んだような長い銀髪にルビーの眼差し、目鼻立ちはすっきりとしており、怜悧な雰囲気を纏っている。
(あのガラス容器に入っていた少女だ)
少女はノラが気を失う前に見た、培養装置の中にいた少女だった。違うところがあるならば服を着ているという点だ。今の少女は見慣れない黒を基調とした服の上に白衣を着ている。首にカードを吊るしており、冒険者が身に着けている冒険者証のようであった。
「医務室まで運んだとき、あなたは極度の栄養失調と脱水状態になっていたから点滴をしたの。良く効いたみたいね」
微笑みながら歩み寄る少女だが、ノラの右手にある針付きの注射器を見て眉をひそめた。
「注射器を置いてくれるかしら? それは人を突き傷つけるためのものではないの」
「君に一度攻撃を受けている。無防備はごめんだね」
「あれはあなたがっ!」
そう言って少女は目を逸らす。少女にも思うところがあるようだ。
「とにかく! 危ないから注射器を離して!」
「……分かったよ」
ノラは注射器をトレイに戻した。少女の強い語気に気圧されたからではない。ノラの視線は少女の右手にあるL字型の器具に向けられていた。
(あれは『銃』か?)
ノラは銃というものが何か知っていた。銃は神聖王朝時代の最初期に用いられていた武器だ。後に魔術に取って代わられたが、小さな子供でも獣を倒すことができる強力な武器であったと言われている。
本の絵で見たものとは少し異なるが、大体の形は似ている。もし少女の持っているものが銃ならば戦うのは危険だ。短剣があるならいざ知らず、注射器では分が悪い。
ノラが注射器を手放すと、少女はホッとした様子で銃を腰のホルスターに戻した。
「よかった、話が通じる人で。私の名前はリディア。あなたの来訪を歓迎するわ」
「俺はノラ。オーデンで冒険者をしている」
「ノラね。よろしく」
少女リディアが右手を差し出してきたので、ノラも右手で握手して応えた。
「……ここはどこなんだ? 前哨基地ではなさそうだが……」
ノラが尋ねると、リディアは微笑を浮かべて答えた。
「ここは『ガラカム研究所』。新人類の研究施設よ」
「……は?」
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