第10話

「……んあ?」


ノラが目を覚ますと、エレベーターの扉が静かに開いていた。ぼんやりとした意識を振り払うように、ノラは頭を振りながらゆっくりと外へ踏み出す。


目の前には、長い廊下が果てしなく続いていた。床には二本の黒い金属製のレールが敷かれ、薄明かりが廊下全体をぼんやりと照らしている。


「……」


ノラは天井を見上げた。遠くに、無数の小さな光の点が浮かんでいるのが見えた。一瞬、外の世界かと錯覚したが、すぐに考えを打ち消す。ここは迷宮の中、深い地の底だ。外の空などあり得ない。


ため息をつき、ノラは足を進める。通路はまっすぐ続いているが、出口の気配はない。


『ノラ、俺たちが最初に第五層に行くんだ』


リゲルの言葉が脳裏に蘇る。ノラは静かに呟いた。


「ああ……俺たちが最初にたどり着いたぞ、リゲル」


その言葉は虚しく、廊下に吸い込まれていった。


一時間後、ようやく通路の終端に到達したノラの前には、巨大な扉がそびえ立っていた。ノラが近づくと、機械音とともに自動で開く。


扉の向こうから聞こえてきたのは、聞き慣れない金属的な騒音。ノラは一瞬の躊躇もなく、足を踏み入れた。


その先には広大な大広間が広がっていた。天井まで届く装置が無数に並び、複雑な配線が蜘蛛の巣のように絡み合っていた。


「……ここは……?」


ノラは呆然と呟く。見たことのない機械と魔法具が騒音を発し、異様な雰囲気が漂う。


視線を広間の中央に向けた瞬間、息を呑んだ。そこには培養装置があり、その中で少女が浮かんでいた。


「ミカ?」


反射的に駆け寄り、ガラス容器に手を当てるが、少女はミカではなかった。落胆し、しばらくその場で俯く。


やがて再び顔を上げ、少女を見つめた。彼女は目を閉じたまま、透き通るような白い肌に、流れるような銀色の髪が液体の中で揺れていた。


ノラは目をそらした。少女は何も身に着けておらず、その肉体は驚くほど蠱惑的だった。ふんわりとした銀髪が水中で優雅に揺れる中、豊かな曲線を描く胸や、引き締まった腰つきが露わになっている。ノラは無意識にその美しい姿に見蕩れてしまい、次の瞬間、恥ずかしさが込み上げてきた。顔が熱くなるのを感じ、慌てて視線を外した。


「……ええい、余計なことを考えるな!」


ノラは自らを叱咤し、すぐに思い直すと冷静に状況を分析し始めた。


この少女を装置から解放すべきか? 迷宮に囚われていることは明らかだが、その理由は不明。だが、彼女は迷宮に関する何かを知っているかもしれない。仲間の手がかりがない今、無視するわけにはいかない。


(ミカたちの居場所を知っているかもしれない……)


ノラは考え込んだ末、少女を解放する決意をする。


装置に触れる。破壊するのは危険だ。迷宮内の破壊行為には容赦なく魔導兵が襲いかかると聞く。ならば、安全な方法を探るべきだ。


装置の周囲を調べると、操作盤を発見した。複数のスイッチが並び、その下には超古代文明の文字が刻まれている。


「……あった、これだ」


スイッチには「解放」を意味する文字が記されていた。


ノラは一瞬ためらう。もしこの装置が何かを封じ込めていたら? だが、考えても仕方ない。


「……やってみるしかない」


スイッチを押すと、警告音が響きわたり、赤いランプが回転し始めた。


培養装置の水位が下がり、ノラは後ろに下がって短剣に魔力を込め、警戒する。装置内の水が抜け、ガラス容器が上昇し、少女が解放された。


「……ん、んぅ」


少女が目を覚まし、ゆっくりと深紅の瞳を開いた。ぼんやりとした表情で周囲を見回し、やがてノラと目が合う。少女の視線が少し下がり、ノラの手元にある短剣に釘付けになった。


短剣から立ち上る紫紺の炎のような魔力に気づいた彼女の目が、みるみるうちに恐怖に見開かれていく。少女の全身が硬直し、まるで捕食者に狙われた小動物のように、その場で動きを止めた。


しばらくの沈黙の後、ノラが言葉を発した。


「……言葉は分かるか?」


その瞬間、少女が叫ぶ。


『来ないで!』


突如、強力な魔力が爆発し、ノラは吹き飛ばされる。背後の機械にぶつかり、意識が遠のく。


(なんて魔力量だ……!)


ノラは驚愕する。人を吹き飛ばすほどの魔力量を持つ者は滅多にいない。かすれゆく意識の中で、少女が慌てて近づいてくるのが見えた。


「待て、俺は……敵じゃない……」


ノラはそう言い残し、意識を失った。

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