第9話
「うわあぁぁぁ!」
ノラは悲鳴を上げ、抗う間もなく光の渦に引き込まれた。視界は狂ったように回り、無数の色がマーブル模様となって目の前で混ざり合い、頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。変わり続ける色彩と不定形な光の波が、胃の奥を掴み揺さぶるかのように不快感を増幅させていく。
(何が起こっているんだ!?)
手足を必死に動かしても、何も掴むことができない。手は空を切り、足は宙を漂うだけだ。奈落の底へと吸い込まれるように、永遠に落ち続ける感覚がノラを襲う。
やがて、マーブル模様がゆっくりと溶けていき、視界は徐々に真っ白に染まっていった。突如、強烈な閃光がノラを包み込む。
全身が硬直し、光に飲まれた。次の瞬間、激しい衝撃が襲い、ノラの意識は闇に落ちた。
「……ここは……どこだ?」
ふと目が覚めたノラは、朦朧とする意識の中で呟いた。頭を押さえながら周囲を見渡すが、そこに広がっているのは闇ばかり。ほんの少し前まで白い光に包まれていたはずなのに、今は完全な暗黒に飲まれている。
唯一目に映るのは、足元に浮かぶ光る床だ。複雑な幾何学模様が描かれており、古代の紋章や魔法陣を思わせる。しかし、この光だけがこの異様な空間で唯一の手がかりだった。
ノラは立ち上がり、ゆっくりと床を歩き始めた。だがすぐに、足元の床が途中で途切れていることに気付いた。さらに進もうと目を凝らしたが、その先には漆黒の闇が広がるだけだ。
(ここは一体……)
思考がまとまる間もなく、ノラは空瓶にヒカリゴケを詰め、それを漆黒の空間へと放り投げた。瓶は闇の中に吸い込まれ、やがて見えなくなっていった。耳を澄ませるも、瓶の割れる音すら聞こえてこない。
(底なし……か?)
ノラは軽く息をつき、腕を組んで考え込んだ。この奇妙な空間が何であれ、食料や水の確保は限られている。早急に脱出方法を見つけない限り、時間だけが敵となる。
ふと、足元の幾何学模様に違和感を覚えた。一つだけ他とは異なる形――矢印の形が浮かび上がっている。それは闇の向こうを指し示していた。
(……矢印の先に何かあるのか?)
ノラは矢印の方向をじっと見つめた。すると、闇の中にぼんやりとした何かが浮かんでいるのが見えた。だが、遠すぎてそれが何かは判断できない。
「あそこに行くにはどうすれば……」
ノラは足元に目を向ける。魔法陣の床が途切れ、暗黒の空間がその先に広がっている。
(……やってみるしかない)
ノラは恐る恐る片足を矢印の指す方向へと伸ばした。床から足が外れた瞬間、目の前に光の通路が出現した。闇の中に一本の光の道が一直線に伸び、ノラを導くように輝いている。
「……行ける!」
ノラは緊張の中、微かに笑みを浮かべ、慎重に光る通路を歩き始めた。
数十分後、ノラはようやく光る通路の終点にたどり着いた。
「長い……長すぎる……」
息を切らしながら、終わりを迎えた通路を振り返る。通路は平坦で障害物もなかったが、幅は一人分しかなく、少しでもバランスを崩せば闇に落ちそうだった。その緊張感が、ノラの体力をじわじわと削っていた。
しかし、ノラが目にしたものは、その疲れを一瞬で吹き飛ばした。
巨大な魔法陣が目の前に広がり、その中央には不気味な黒いモノリスが屹立していた。それは、かつて彼女が見た白いモノリスとは全くの対照で、ただ色が異なるだけだったが、異様な雰囲気を漂わせている。
「黒いモノリス……何かがあるはずだ」
ノラは慎重に魔法陣に足を踏み入れ、警戒しながら黒いモノリスに近づいた。間近で見ると、その形や大きさは以前の白いモノリスと寸分違わない。ただ、その色だけが闇を思わせる黒であった。
(この違いに何の意味があるんだ?)
ノラが考え込んでいると、突然、モノリスが一筋の光を放った。
「っ!」
反射的に腕で顔を覆う。光の束は、ノラの全身をまるで調べるかのように何度も照射していく。しかし、痛みも熱も感じられない。
(……攻撃じゃない?)
戸惑うノラの目の前で、モノリスの光は消え、表面に奇妙な文字が浮かび上がった。そして、モノリスがゆっくりと左右に開き、中には小さな部屋が現れた。
「エレベーター……!」
ノラは瞬時に理解し、中に足を踏み入れる。扉が閉じると、身体にこれまでの疲労と緊張が一気にのしかかってきた。
「……ミカ……」
ミカたちを失ってから一週間、ほとんど休まずに迷宮をさまよい続けてきた。その疲労が一気に押し寄せ、視界がにじむ。耐えきれず、ノラはエレベーターの床に静かに腰を下ろし、ゆっくりと目を閉じた。
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