第8話
「うわあぁぁぁ!」
ノラは悲鳴を上げながら、光の渦へと飲み込まれていく。視界はぐるぐると回り、無数の色がマーブル模様となって目の前で混ざり合っている。絶えず変わり続ける色と形が、胃の奥を不快に揺さぶった。
(何が起こっているんだ!?)
もがいても何も掴めない。手は空を切り、足は宙を漂っているだけ。奈落へと吸い込まれるように、終わりのない落下に囚われたかのようだった。
やがて、マーブル模様が次第に溶け、視界は真っ白に染まっていく。突然、強烈な閃光がノラを覆った。
全身が硬直し、光に飲まれる。次の瞬間、衝撃とともに意識が途絶えた。
「……ここは……どこだ?」
意識を取り戻したノラは、朦朧とする意識のなかで、ぼんやりと呟く。頭を押さえながら、周囲を見回すが、目の前に広がるのは闇ばかり。ほんの少し前まで眩い白い光に包まれていたはずなのに、今は真っ暗闇の空間が広がっている。
唯一見えるのは、足元に浮かぶ光る床。複雑な幾何学模様が描かれていて、まるで古代の紋章か魔法陣のようだ。だが、この光だけがこの空間で唯一の手がかりだった。
ノラは立ち上がり、ゆっくりと床を歩き始める。だが、すぐに足元の床が途切れていることに気付いた。さらに外側に何か続いているかと思ったが、その先にはただの漆黒の空間が広がっているだけだ。
(ここは一体……)
考えをまとめる暇もなく、ノラは試しに空瓶にヒカリゴケを詰めて外へ投げた。瓶は小さくなり、やがて一つの点となって消えた。しばらく耳を澄ますが、何の音も聞こえない。
(底なし……か?)
ノラは軽く息をつき、腕を組んで考え込んだ。この場所が何であれ、水や食料は限られている。早く脱出方法を見つけなければ、時間だけが敵となる。
ふと、足元の床に違和感を覚えた。幾何学模様の中に、一つだけ異なる形を見つける。それは矢印の形をしており、その先は暗闇へと向かっていた。
(……矢印の先に何かあるのか?)
ノラは矢印の指す方向をじっと見つめる。すると、遠くの闇の中に何かがぼんやりと見えた。だが、遠すぎて何かはわからない。
「あそこに行くにはどうすればいい……」
ノラは足もとに目を向けた。魔法陣の暗黒の空間が広がっている。
(……やってみるか)
ノラは心を決め、恐る恐る片足を矢印の指す方向へと伸ばした。足が床から外れた瞬間、光の通路が目の前に現れた。闇の中に一直線に続く光の道がノラを導くように伸びている。
「……行ける!」
ノラは微かに笑みを浮かべ、光る通路を歩き始めた。
数十分後、ノラはようやく目的地にたどり着いた。
「長い……長すぎるだろ……」
息を切らしながら、光る通路の終わりを見下ろす。通路は平坦で何の障害もなかったが、一人分の幅しかなく、少しでもよろければ暗闇に落ちそうだった。長い平行棒を渡るかのような緊張感が、ノラの体力を奪っていた。
だが、その先に待ち受けていたものを目にして、ノラは思わず息を飲んだ。
巨大な魔法陣が目の前に広がり、その中央には黒いモノリスが屹立していた。白いモノリスに吸い込まれ、この場所へ来たノラにとって、あまりに不気味な存在だった。
「黒いモノリス……何かがあるに違いない」
ノラは慎重に魔法陣に足を踏み入れ、周囲を警戒しながら黒いモノリスに近づいた。目の前に立つと、それは以前に見た白いモノリスと全く同じ形、大きさだった。ただ色が異なるだけだ。
(この違いに何の意味があるんだ?)
ノラが考え込んでいると、突然、モノリスが一筋の光を放った。
「っ!」
とっさに腕で顔を覆う。光線はノラの全身を何度もなぞるように行き来する。だが、何も感じない。
(……攻撃じゃないのか?)
困惑している内に光は消え、モノリスの表面に文字が浮かび上がった。そしてその表面が左右に開き、中に小さな部屋が現れた。
「エレベーターだな!」
ノラは納得し、中に足を踏み入れる。扉が閉じると、疲れ切っていた身体に、これまでの緊張が一気に重くのしかかった。
「……ミカ……」
ミカたちを失ってから一週間、ノラはほとんど休まずに迷宮を彷徨っていた。その疲れが一気に押し寄せ、視界がぼやける。耐えきれず、ノラはエレベーターの床にゆっくりと座り込んだ。
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