第7話
迷宮第四層、石柱の間。
ノラは広間の中心にそびえるモノリスの前に立っていた。
仲間を失ったあの日から、ここは何一つ変わっていない。ただ、今この場に自分しかいないことを除いて。
「一週間ぶりか……結局、何も見つからなかった。くそっ!」
ノラは感情のままに拳でモノリスを叩きつけた。気持ちを抑えきれず、何度も打ちつける。
「大切な仲間だったんだ……勝手に連れていくな!」
やがてノラは拳を下ろし、低く呟いた。
「返してくれよ。もう二度と、あんな仲間には出会えないんだ……」
二年間の冒険者生活で、ノラは多くのパーティを渡り歩いてきた。時には自らリーダーとなり、仲間を率いることもあったが、どのパーティも長続きしなかった。
ノラ自身の未熟さや周囲との実力差など、さまざまな要因があったが、最大の理由は夢や目標を共有できなかったことだ。
迷宮という死と隣り合わせの世界では、仲間同士の信頼が何よりも重要だった。
それでも、ノラはリゲルたちと出会い、初めて夢を共有できる仲間を得た。だが、その仲間はもう戻ってこない。
絶望の中で、ノラはしばらく動けず、石柱の間に立ち尽くしていた。
沈んだ気持ちのノラ。しかし、その身体は周囲の変化を感じ取っていた。
冒険者としての長年の経験から、常に警戒を怠らない癖がついていたのだ。
ふと、近づく足音に気づく。自分以外の存在だ。
「出てこい。さっきからコソコソしやがって、目障りだ」
ノラは柱の一つを睨みつけた。すると、しばらくの静寂の後、長身の男が影から現れた。
白いロングコートをまとい、腰には刀を差している。フードの下から赤い目でノラを鋭く睨んでいる。
「見たことない奴だな……何の用だ?」
男は無言のまま、刀を抜きノラに向けた。
「強盗か?」
ノラも即座に短剣を抜き、低く構える。
瞬間、男がものすごい速度で突っ込んできた。
「くそ、話し合いもなしってか!」
刃が風を切り、ノラの髪をかすめた。ノラは身体を右へひねり、男の斬撃をギリギリで回避する。そして男の刀がモノリスに打ち付けられた瞬間、すかさず左手を開いて男の顎に掌底を叩きこんだ。
「……!」
狙いは正確だったが、男は気絶するどころかすぐに反撃してきた。
「頑丈なやつだな」
ノラは短剣で男の脇腹を突き刺したが、防具に阻まれた。男はノラの左腕を掴み、投げ飛ばす。
「しかも怪力ときた……」
空中で身をひねり、なんとか足から着地したノラ。男はまだ無傷のようだ。
(強敵だな。これは出し惜しみしてる場合じゃない……)
拳も短剣も通じない。身体への負担が大きい魔術を避けたかったが、もうそんなことは言っていられない。
ノラは短剣に魔力を流し込み、『強化』を発動させる。一瞬視界が暗くなった。魔力操作が未熟なため、『暗視』の魔術が一瞬途切れてしまったのだ。
「今度はこっちから行くぞ……!」
ノラは速攻を仕掛ける。魔術を使う以上、体力の消耗は激しい。長引けば不利だと理解していた。
一方、男も次の一手に備え、刀を構えている。ノラが刀の間合いに入る瞬間、男は鋭い横一文字の斬撃を放った。
しかし、ノラは冷静だった。ニヤリと口元を歪める。
(やっぱりそう来ると思った。予想通りだ!)
力と速度はあるが、動きが単調すぎる。ノラは男の攻撃を見切って、タイミングを計り、わずかに後ろへ引いた。刀が首元すれすれを通過し、男は大振りになって無防備となった。
「そこだ!」
ノラは迷わず踏み込み、短剣を男の右腕に振り下ろす。手数を減らすのが最優先だ。冷静さを保つことが、勝利への鍵だとノラは知っていた。
魔術で強化された短剣は、男の右腕をバターのように切り落とした。血が噴き出し、男は動きを止めた。
(今だ!)
ノラは次の一撃を胸に狙った。短剣は男の胸部装甲を貫き、胸骨に届いた。しかし、魔力が足りず、刃は心臓まで届かなかった。
「くそ、踏み込みが甘い!」
ノラは体当たりで男を地面に倒し、馬乗りになって全体重を短剣にかけた。男は左腕で必死に抵抗するが、ノラの体重には勝てない。短剣はゆっくりと男の胸に沈んでいく。
ノラは息を荒げながらも、勝利を確信した。
(これで終わりだ……!)
その瞬間、背後で強烈な光が放たれた。
「なんだ……? まさか……!」
振り返ると、モノリスが眩い光を放っていた。
「このタイミングでかよ!」
突風が吹き荒れ、ノラの体が宙に浮き上がる。短剣を振り下ろしたが、男の脇腹をかすめただけだった。
「くそっ!」
ノラはモノリスに引き込まれ、視界が一瞬で真っ白に染まった。
『暗視』の魔術を発動していたため、モノリスの強烈な光が目を刺すように感じる。
(どうする!?)
この光はノラの心の奥に眠っていた希望と恐怖を一度に掻き立てる、異質な力を持っていた。ミカたちに会いたい気持ちと、未知の力に対する恐れが交錯し、ノラの心に迷いが生じる。
その迷いがノラの運命を決めた。モノリスが激しい閃光を放つと、ノラの身体は光の中に吸い込まれていった。
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