第6話
突如、石柱の間全体が強い光に覆われた。
その光はあまりにも眩しく、ノラたちの目を焼く。
「何だ!?」
手で目を覆いつつ、ノラは立ち上がる。
(一体何が起きた……!)
わずかに目を開けて見ると、石柱の間の中心にある長方形の石柱が光を放っていた。
「目がぁぁ!」
「石柱が突然!?」
ノラたちの混乱をよそに、光はますます輝きを増していた。よく見るとモノリスの表面に渦巻の紋様が浮かび上がっている。
「くそっ! 何だって言うんだ……。っ!!」
目を薄く開けながらモノリスを観察するノラ。
立ち上がろうとした瞬間、恐ろしい寒気がノラを襲った。この感覚は今までに何度か感じたことがある。自身の生命にかかわる危険が生じたときの感覚だ。
ノラは無意識にミカを抱きかかえて地面に伏せた。
次の瞬間、光るモノリスは強力な風を発生させて周囲のものを飲み込みはじめた。
「引き寄せられる!」
「『障壁』を作るんだミカ!」
戸惑うミカにノラは叫んだ。ミカもすぐに反応し、魔力の防壁を発生させる。
「うおおああぁぁぁ!」
「うわあぁぁぁ!」
仲間たちの悲鳴が聞こえた。ノラが伏せたまま顔だけ上げて振り向くと、モノリスに飲み込まれていくクロイツが見えた。
「クロイツ!」
「お前たちは逃げろ!」
半身を飲み込まれつつもノラに叫ぶクロイツ。一瞬の閃光が走った後、クロイツの姿は消えていた。
リゲルとダナンの姿もない。すでに光に飲み込まれてしまったのだろうか。
「ノラ」
微かに聞こえたその弱々しい声に、ノラはハッとする。見るとミカが苦悶の表情を浮かべていた。
「ミカ! 大丈夫か!」
「ごめんノラ。もたないかも……」
ミカの顔は魔力の過量使用で青白くなり、持っている杖も割れかかっている。
長くは持たない。
そう察したノラは持っていた短剣にありったけの魔力を流し込んだ。
「……ぐっ!」
ノラの魔力適正は低い。それでいて魔力量はやたらと多いので身体への負担が一般の魔術師よりも大きい。血の気が引いていく感覚を受けながらも、ノラは時間の許される限り短剣に魔力を込めた。
「ノラ……もう……」
「もう少し耐えてくれミカ!」
そう言うと、ノラは短剣の持ち手に縄の端をきつく縛り付けた。同様にもう片方の端を自身の右腕にきつく縛り付ける。そして短剣を地面に振り下ろした。
ガツン、という音とともにセラミックの床にひびが入る。
短剣の刃先がわずかに床に突き刺さった。
「くそっ!」
もう一度、突き刺すことを考えるノラ。だが、それをする余裕はなかった。
ガラスが粉々に割れる音が聞こえた。ミカの魔術杖の先にある水晶がはじけた音だ。
ノラはすぐにミカの腰に手を回して抱きかかえた。
木製の持ち手がひび割れ、引き裂かれるように魔術杖が壊れる。同時に触媒が消えて統制を失った魔力が暴れだし、魔術が解除される。ノラとミカは強烈な引き込む風に襲われた。
身体が浮き上がるほどの暴風。
ノラは右手だけで自身とミカの二人分の体重を支えていた。
「無茶だよノラ! このままだと共倒れになっちゃう……!」
ミカが叫ぶように言う。ミカの言うことはもっともだ。そもそも右手だけで二人の身体を支えるのは無理がある。それに魔術を使用しているせいでノラは体力を急激に消耗させている。
ノラは力の限り短円を強く握りしめる。だが、ノラの体力にも限界が来ていた。
「ノラ。私を置いて行って。あなただけなら、きっと助かる」
(バカ言え! そんなこと出来るか!)
ミカの発言にノラは内心で叫んだ。声を出す余裕はない。抗議の視線だけミカに送ると、ミカは少しおかしそうに笑った。
「ありがとうノラ。さようなら」
ミカの手元に小さな魔術陣が現れる。その魔術が何なのか、ノラは知っていた。
(『突風』? っ!)
「やめろミカ!」
ミカが魔術を発動させる。強烈な風が魔術陣から放出され、ノラは吹き飛ばされた。モノリスから離れる方向に飛んでいく。反対にミカはモノリスに引き寄せられていく。
「ミカ!」
必死に伸ばした手はミカのマフラーにかすり、しかし掴むことが出来なかった。
「うぐっ!」
背中から壁にぶつかる。蛙のつぶれるような声を出してノラは地面にうずくまった。息ができず喘ぐことしか出来ない。
(ミカ!)
ミカが遠ざかって行く。その顔は驚くほど穏やかなものだ。祈りを込めるように胸元で手を組んでいる。そこに一つの魔術陣が現れていた。
「ノラ。……て」
ミカがモノリスの光に飲み込まれる。
その直後、石柱の間に轟音が響き渡った。
爆心地はモノリスだ。
爆発の衝撃で光るモノリスの表面にひびが入り、光が消えて風もおさまった。
モノリスが元の状態に戻る。表面のひびはいつの間にか修復され、何事も起きていないかのように鎮座している。
「待ってくれ……。俺を……置いて行かないでくれ……」
後に残るは暗闇の空間。天井に生えたヒカリゴケが発光して、夜の星のように輝いていた。
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