第5話

一週間前の出来事だ。

ノラは仲間を失った。一年間、共に迷宮を探索したBクラス冒険者パーティ『地下の栄光』の仲間たちだ。


騎士のリゲル、戦士のダナン、射手のクロイツ、そして魔術師のミカ。彼らは優れた冒険者であり、困難に直面しても互いに助け合って乗りこえてきた。共通した夢が彼らとノラを結束させていた。


その日、ノラたち『地下の栄光』は、迷宮の最深部、石柱の間の調査を行なっていた。この調査は単なる探索ではない。彼ら『地下の栄光』のAクラス冒険者への昇格試験もかねている。


ただでさえ探索する者が少ない第四層のさらに奥、今はなき神聖王朝の魔導技術が眠るとされる石柱の間を調査することは、それだけで大きな意味を持っていた。


オーデンの財政は、迷宮から得られる神聖王朝時代の遺物によって成り立っている。遺物が枯渇しつつある現状、新たなエリアの開拓は冒険者ギルドの急務である。


ノラたちはギルドの期待を一身に背負っており、ノラたち自身も今回の探索に並々ならぬ熱意を秘めていた。



迷宮最深部の探索は順調に進んだ。およそ二か月にわたる事前準備が功を奏した。


「意外と殺風景ね。もっと何かあるのかと思った」


ミカがつまらなさそうに言った。以前にいた魔術学園で古代魔術学を専攻していたミカにとって、迷宮最深部の探索は知の探究もかねていた。


「古代魔術が記された本でも見つかると思っていたのか? そりゃ甘いぜ。そんなもの、とっくに他の冒険者か盗賊が持って行ってるよ」


つばの長い帽子をかぶったクロイツがカカカと喉を震わせて笑う。ミカは気に入らなかったのかクロイツにかみついた。


「そういう俗物的なものを言っているんじゃないの! 全く、これだから元傭兵は……」

「好奇心だけじゃ腹は満たせんぜ。お前もそう思うだろ? ノラ」


座っているノラにクロイツは声をかけた。ノラは口角を上げて答える。


「そうだな。だが知識は身を救うぞ。ここまで来れたのも魔術を使えるミカのおかげだからな」

「それもそうだ。俺のクロスボウじゃ、人の甲冑は貫けても魔導兵は貫けねえ」


クロイツが持っていたクロスボウを掲げて言った。このクロスボウは急所に当たればアラクネを一撃で倒すことができるが、魔導兵の装甲を貫くには威力不足だ。


「それにしても相変わらず湿っぽい所だ。昔の人間はよくこんな所に都市を造ろうと思ったのかね?」

「ダルガーフ戦役が原因じゃないかしら? 神聖王朝衰退の引き金になった戦いだけど、この地方も巻き込まれたはずよ。戦火を免れるために地下に都市を築いたのかも」

「にしても大袈裟すぎるだろ。見つかりたくなけりゃ、小っちゃく町を造ればいいんだ」


クロイツが呆れた表情で言った。クロイツの発言ももっともだ。今は迷宮となった地下遺跡はその役目に対して異常なまでに大きかった。地下千メートルを超える地底に、十数キロにおよぶ規模の都市を造ったのだ。


他の同時代の遺跡を見てもこれほどの規模のものはない。無機質とまで称されるほどの合理的な造りが特徴の神聖王朝時代の遺跡で、巨大な地下都市は例外的であった。


「別の目的があって、この都市を建てたかもしれないな」


ノラがつぶやくように言った。


「別の目的って、例えば?」


ミカがノラに尋ねる。ノラは少し考えてから答えた。


「そうだな……。何かをもっと大事なものを隠すためとか、かな」

「何かを隠すため、ねえ」


クロイツが顎髭をさすりながらつぶやいた。あまり納得していない様子だ。ノラがさらに説明をしようと口を開いたとき、リゲルから声がかかった。


「おーい、そろそろ交代を頼む」

「分かった。クロイツ、ミカ、行こう」

「あいよ」

「はーい」


三人は休憩を止めて持ち場に戻った。


「……ねえ、ノラ」


手分けして石柱の間を調べていたとき、ノラは近づいてきたミカに声を掛けられた。


「ミカ? どうした」

「ちょっとね」


しゃがんでいるノラの傍にミカも身をかがめる。少し間をおいてからミカは口を開いた。


「この探索が終われば私たちAクラス冒険者になるでしょ?」

「? まあ、そうなるだろうな」

「そうしたら私たち自由を得られるよね」

「ああ、そうだな」


ミカの言葉にノラは頷いた。Aクラス冒険者には他の冒険者と違い、オーデンの市民権が与えられている。市民権には特別な権限があり、その中に領地間の移動の自由がある。


この権利は言葉のとおり、移動の自由を示している。市民権があれば、領主の許可を得ることなく、他の領地へ移動することができるのだ。


市民権を持たない冒険者たちはオーデンを自由に出ることができない。もし無断でオーデンを抜け出して捕まった場合、奴隷の身に落とされる。


仮に逃げ切ったとしても市民権が無ければ他の都市に入ることができず、路頭に迷って野垂れ死にするか、盗賊として生きる他ない。市民権は、自分が自分の望む生き方をするために必要不可欠なものである。市民権を得ることは冒険者の夢であった。


「もう少しだ。あともう少しで俺たちはどこへだって行くことができるようになる」

「うん、それでねノラ。あなたに聞きたいことがあるの」

「俺に? 何かな?」


ミカは一呼吸おいて口を開いた。


「Aクラス冒険者になった後、あなたはどうするの? 他の土地に移動する? それともオーデンに留まるの?」

「うーん、どうだろうな……」


ミカの問いかけにノラは腕を組んで考えた。Aクラス冒険者になることばかり考えていたため、その先のことはおざなりになっていた。改めて聞かれるとなかなか難しい問いである。


(新天地で心機一転もいいが、見知った土地の方が生きやすいことは確かだ……)


「あのね、ノラ」


悩みだすノラにミカが声をかける。視線を下げつつ、両手の指を合わせて続ける。


「どっちでも良いのだけど、私もノラに着いて行っていいかな?」


一瞬、何が言われたのか分からず固まるノラ。驚いてミカに視線を向けると、少し頬を赤く染めて上目遣いのミカと目が合った。


少ししてノラはミカの言葉の意味を理解する。急に顔が熱くなるのを感じた。


「お、おう。どうなるかまだ決まってないけど、ミカが良ければ……」


頬を掻きながらノラは答える。少し視線を落とすとベージュ色のマフラーが目に入った。


「それは……」

「ふふ、やっと気づいてくれたのね」


ミカが微笑む。このベージュのマフラーは、ノラがミカの誕生日にプレゼントとして送ったものだ。クロイツに揶揄われて着ていなかったが、今回はこっそり身に着けていたらしい。


「ローブを羽織っているから気づかれにくいでしょ?」

「ああ、たしかに」

「でしょ? これならバレない」

「てっきり好みじゃなかったのかと思っていた」

「そんなことないよ!」


ミカが首を横に振る。


「とっても嬉しかった。ちょっと恥ずかしかったけどね」

「そうか……。それは良かった」


ノラとミカは互いにくすくすと笑った。心から通じ合っている。ノラはそう感じた。


ドン、という重い音とともに突如地面が揺れた。


「わわっ!」


ノラは驚きつつも転びそうになるミカを抱きとめる。揺れはすぐに収まった。


「何だ?」

「地震かな?」

「おーい無事か!」


クロイツの声が聞こえた。声の方に目を向けるが、先ほどの地震で明かりが消えてしまったのか、クロイツの姿は見えない。


「俺もミカも大丈夫だ」

「そいつはよかった……うお!」


再び大きな揺れが起きる。今度は揺れだけではなかった。

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