終章 僕の最初で最後の愛した人

― ヤノへ



多分君がこれを読んでいる頃には、僕はもうこの世にはいないと思います。

そのことで、君が落ち込んでいたり悩んでいたりしていると思うと僕の心も張り裂けそうです。

それでも、僕は君がこの世界で一人ではないということを思い出してほしくて、筆を執りました。

今瞼を閉じると君が歌う僕の作った曲が心に響いてきます。

僕は、君から色々なものをいただきました。それだけでも、もう、僕は幸せで溺れてしまいそうです。


毎朝、学校に登校するために朝起こしに行くときの、澄んだ空気と明るい太陽、その後の君が慌てて、準備したのが分かるような、寝癖で乱れた髪、

僕はいつも小言を言っていたばかりだけど、ほんとは楽しかったんだ。

君のそのクルクル変わる表情や、甘えたような視線、僕にとってはそれら一つ一つがまるで僕の体の一部の様にとても大切なものだったんだって、今書いている僕が、気が付きました。


いつか、僕が君を起こしに行かない日があったけど、それは許してほしい。

あれは僕が僕なりに考えて、今の様な状況にならないように頑張ったけど、無理だったよ。


やっぱり、僕の左側には君がいないと、僕は壊れてしまう様な、弱い存在なんだ。

意外におもった?

僕は君なしじゃ、すぐに折れてしまう様なほんと、弱いんだ。

今もこれから、僕が君なしで、一人であそこの世界に行かなければならない、と思うと恐怖で足がすくんでしまうよ。

それでも、君があの、この世の境界線で、僕を見守ってくれているように、僕も向こうで君を想い続けているよ。


ホントはね、僕は、高校を卒業したら、大学へ行って、教育学部へ行って、学校の先生になるのが夢だったんだ。

なんだか、君みたいな、世話のかかる、生徒を見るとほっとけなくて、ついついちょっかいを出してしまうんだよね。

さすがに、僕たちの学校ではそんな生徒、君くらいしかいなかったけどね。

前に君の夢を聞いたらまるで子供の様にお嫁さんになりたいと、聞いた時には僕は笑いが止まらない位、爆笑して、君はむくれたけど、僕もあの時は内心、僕のお嫁さんは君しかいないと思っていたよ。


僕たちが無事に高校を卒業して、僕は大学へ、君は料理が得意だから、料理の専門学校へ進学して、

勉強の合間に、時々デートして、そして、就職して、そのころにはまるで流れるように結婚の話になって、僕が君のご両親に頭下げて、君のお父さん、お母さんのことだ、すぐOKだすと思うけど、

あのおちゃめなお父さんのことだ。

多分一生に一度の「うちの娘はやらん」的なことを言い出すかもしれないけど、それでもなんやかんやで結婚して、子供が生まれて、育児に僕たちが追われて、いつのまにか子供たちが成人したと思ったら、僕たちはいつの間にかおじいちゃん、おばあちゃんになって仲良く余生を過ごすと思っていたのに…


ごめんね、僕だけ先に向こうに行くね。


今日のニュースで、もう今週末には雪が降るかもしれない、と言っていました。この淡い白い結晶を今年は二人で見られないのが残念です。それでも、僕は君の守っている境界線の向こうから祈っています。

君が僕なしで、自立して、前へと歩んでいく人生を。

多分、不安になること、悲しいこと理不尽なこと色々あると思うけど、それでも僕は君が強い子で、絶対にその壁を打ち破れると信じています。

泣きたくなったり悲しくなったりしたら、素直に僕の世界へ祈ってください。

僕は、必ず向こうから強く、強く君のことを想って祈り返すから。

君の幸せを願っている人が向こうの世界でいるって思うだけでも、独りじゃないんだって思えるよね。


君が他の人を好きになれることも、祈っています。

僕の代わりに君を守って、慰めて、励ませる存在が現れて

僕の代わりに君の特別な人が現ることを。

その人と、幸せになって、結婚して、子供を作って、年老いて、幸せな人生だったと思えるような、人生になることを願っています。


怖い、怖いよ、僕は一人になりたくないよ、

もっと君と一緒にいたかったよ。

もっと君の声を聴きたいよ。

もっとそのあどけない明るい顔を見続けていたいよ。

死にたくないよ、生きたいよ、

それでも、僕は君のために死ぬのなら、その恐怖も乗り越えてみせるよ。

僕の人生が君の人生の懸け橋になるのなら、喜んで僕の命を差し出すよ。だって


―  僕の最初で最後の愛した人  ―


なのだから、僕のリボン大切にしてくれてありがとう。

僕の心を明るくしてくれてありがとう。

僕の人生を楽しくさせてくれてありがとう。

君がいてくれてだけでも僕には十分にうれしいです。

最後に向こうの世界でもらった花を押し花にしました、この手紙に同封します。

僕の気持ちもこの花の様にいつでも一緒です。



ほんとうに、ほんとうにありがとう。



私は何度読んだかわからない手紙を机にしまうと、ただ、黙って穏やかな光を放つ押し花を眺めていた。

しばらくしてふと、外を眺めると、空からちらほら粉雪が舞い始めていた。



彼が旅立ってもう二年経とうしている冬だった。

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四季 ~流れるときの中で~ 呉根 詩門 @emile_dead

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