4章 例えどこへ行こうとも想っているよ
僕はベッドに仰向けに寝ながら、夢の様な出来事を回想していた。
天国…この世…彼女は、ヤノはそこの管理人だという。
それが真実であるということを机の上のコップの中にさしているこの淡く、暖かく光を発している、この不思議な白い花は、黙って告げていた。
何よりも僕は、結局はヤノに未来の僕がどうなるかを、はっきりと言えなかったのが、一番辛かった。
あの様な、綺麗で明るい世界は、僕のおかげだとヤノは言った。
なら、僕がいなくなるとあの天国はどうなってしまうのか?
僕は、頭を左右に振って、悪い考えを追い出そうとしたけど、それでも、そいつは、僕の頭の中を徐々に黒く染めていった。
― 死 ❘
それは、僕だけの話なら何も怖くない。
ただ、愛する人を、残す、
それも、一番最悪の形で置き去りにしてしまう事が一番怖かった。
僕は眠りにつく、間際、数えきれない位いつものように心底神様に祈った。
― できることなら、この未来を変えてください。
それができないのなら僕がいなくなっても
彼女が幸せな人生を歩めますように ―
僕は、その祈りもむなしくまた、同じ夢を見た。
飛び出すヤノ、迫りくるトラック…僕は、嫌な汗でシーツがぐっしょり濡れて、僕の心も、また、いまにも叫びだしたい気持ちでいっぱいになった。
❘ なぜですか? 神様
僕は、どんな罰も受けても構いません、ただ、ヤノは、ヤノだけは… ❘
僕は、理性を総動員して、今日の学校の準備をした。
制服に袖を通して、朝食を食べて、時計を見る。
いつも通りの日常、そろそろ、ヤノを起こしに行かないと…とふと、カレンダーが目についた。
その時、手に持った学生鞄がばたんと床に落ちて、僕は立ち尽くしてしまった。
もう、秋が残り一週間もない、来週にはもう冬だ。
もう、時間の猶予は全然残されていない。
僕は、無力だ。運命には、どう足掻いたって、勝てなかった。
いろいろ、運命を変えようとしたけど、そのたびに僕の心は悲しみに、浸るだけだった。
その時、ふと、昨日の夢の様な、あの世界が、頭をよぎった。
天国とこの世の境界線…そこなら、そこでなら、また、ヤノに会える、ヤノを支えてあげることができる、それなら、きっとヤノは、独り罪の罪悪感に悩まされることは、なくなるんじゃないだろうか?
僕は、広大な砂漠の中で、一粒の砂金を見つけたように、心の闇は、すっと晴れて行った。
そう、これなら、きっとヤノを救える。
そう、死んだあと、ヤノを支えて、励ますんだと。
僕は、ここ数年感じれらなかった位晴れ晴れしい気持ちで、ヤノを起こしに行って、二人で並びながら、登校した。
「ホソノ君何かあったの?いつもより明るいって言うか、何だかすっきりした顔している。」
僕は、ヤノの頭を撫でながら
「ああ、悩みが解決したんだ。ヤノ、できればまた、あの神社に行って、またあの世界に連れて行ってくれないか?そこで、重大な話がしたいんだ。」
ヤノは、的を射ないようなぽかーんとした顔をしたけど、うん、わかった、また放課後行こうね、と快諾してくれた。
その後、僕の頭の中は授業なんて全然頭に入ってこなかった。
ただ、ただ、ヤノを救えることが嬉しかった。
放課後僕たちは、山を登り、神社へと歩いて、そして、昨日様に、天国とこの世の境界線へと、やってきた。相変わらず、この世界は、明るく、穏やかで、僕の一抹の不安も完全に消え去っていた。
ヤノは、蛍の様な、淡い光の玉を、愛おしいようになでながら、目はどこか、寂しげな色をたたえていた。僕は、思い切って
「ヤノ」
と声をかけると、ヤノは光の玉を見つめながら
「うん、わかっている」
と、独り言のようにつぶやいた。
僕は虚を突かれたように
「ヤノ、何が分かっているんだ。」
ヤノは、撫でていた玉をそっと、僕の目の前に掲げると、一言
「目を閉じて」
とだけ言った。僕は目を閉じると、僕が今まで独り、縋るような思いで毎晩神様に祈った、祈りの声が聞こえてきた。
― 僕が、いなくなっても、ヤノが幸せでいられますように…―
― 神様、この運命を変えてください… ―
― 僕はどうなっても構いません… ―
僕は、混乱した頭で、目を開けると、目の前のヤノは大きな瞳から、ポロポロ、大粒の涙が落ちて泣きじゃくりながら
「わかっていたんだ、ホソノ君が…
でも、私には何もできない、それが悔しくて悲しいのに、
こんなに想われているなんて、私もどうしたらいいのかわからないの。」
僕は、僕の胸の中で、泣き続ける、ヤノの頭を撫でながら
「そうか、苦しいのは、僕だけじゃなかったんだ、ヤノも苦しかったんだ。そっか、そうなんだ。僕こそごめん…」
僕は、ヤノを抱きしめたまま、嗚咽を漏らすように泣きながら
― たとえ どこへ 行こうと 想っているよ ―
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