3章 この想いは 一生忘れない

その日の放課後、ヤノと並んで校門を出ていた時、ヤノは僕の手を握って、意を決したように真剣な眼差しで


「私、ホソノ君に言わなきゃならないことがあるの。」


と、すっと僕の瞳を見つめてきた。


ヤノのその瞳はどこまでも純粋で、この世界に存在できない位澄んでいた。


僕も、ヤノが抱えているものが何なのかはわからないけど、残酷だけど、やっぱり僕も、自分の予知夢のことを言わなければならい。


ヤノをあれだけ不安にさせたのだから…


「うん、僕も言わなきゃならならいことがあるんだ。」


それを聞いた、ヤノは笑顔で「うん、わかった。」


と言ったけど。その目は悲しみの色が現れていた。


ヤノは、僕が昔、趣味で書いた曲のメロディーを鼻歌で口ずさみながら、踊る様に僕の先を歩いている。


「ヤノ、その曲、よく歌っているよね、そんなに気に入ったの?」


ヤノはくるりと振り向いて、僕の瞳を見上げながら


「もちろん、だってホソノ君が私のためだけに書いてくれた曲なんだよ。

何があっても一生忘れないよ。」


と、満面の笑顔でハミングを続けた。


その曲は、僕がヤノの高校合格の時のプレゼントとして、今まで表に出していなかった曲を高校入試終了後から合格発表の間までに徹夜で編曲したものだった。


タイトルが


–  これから  旅立つ  君へ   –


そんなヤノの後ろを追いながら僕は、


「ヤノ、まさかこれから行くところって…」


「そう、ホソノ君の思った通りの所だよ。」


段々、坂道が急になり、息も上がって来た。


しかし、そこは色とりどりの紅葉が満ちた、まるでこの世とは別世界の様な森の階段を二人で歩いていく、

きついはずなのに、なぜかヤノのメロディーは、疲労や寒さを忘れされてくれて、僕の心を暖かい気持ちにさせてくれた。


「はい、着きました。ホソノ君頑張ったね。」


ヤノの陽だまりの様な笑みに僕もつられて笑顔で


「うん、ヤノもよく頑張った。夏の頃とは大違いだ。」


僕たちは山の上の神社の鳥居の前で手をつなぎながら、眼下に広がる僕たちの街を眺めた。


「私、思うんだ、多分ここがこの世界で一番天国に近いところじゃないかなって。」


と、独り言のようにヤノが呟いた後


「それじゃ、ホソノ君、目をつぶって。」


僕たちの間にとめどなく黄色や赤の葉が踊っていてその間に僕たちは手をつないでいる。


僕は、黙って頷くと、ヤノは離さないでと、伝えるかのように握った手がしっかり一つになっていた。


− そう 何も 怖くない 僕たちはきっと大丈夫だ  –


僕はヤノに導かれるまま、歩いていくと、ふっと空気が変わった。


まるで、春を思い起こすような暖かな空気が満ちて、目をつぶっていても、穏やかな太陽の様な陽射しが感じられた。


「はい、目を開けていいよ」


僕の目の前には信じられない光景が広がっていた。


今の時期は秋のはずなのに、まるで春の様な、暖かな太陽が空から照らして、僕たちが立っている地面には色とりどりの花が咲き乱れ、目の前には海なのか湖なのかわからないけど果てしない水平線が広がっていた。


僕は、現実と理解が追いついていない状態で


「や、ヤノ、ここは一体?」


ヤノはくるりと僕に体を向けて満面の笑みで


「大丈夫、ここは天国じゃないよ、私たちは生きているもの。」


と、はい、とヤノは地面に咲く花を摘んで僕に差し出した。

その花は見たこともないような位白くてそれなのに、どことなく暖かな光は発しているような、本当に不思議な花だった。


ヤノは、僕に背を向けて、水平線を眺めながら


「ここは、天国と、この世の境界線なの、私はここの管理人って感じかな。」


天国?この世?一体何が何だか雲をつかむような、話で困惑していると


「うん、管理人だから、お仕事はあるけど、私は別に不満はないんだ。ホソノ君がいるだけでこれだけ、明るい世界なんだもの。」


と、ヤノはクルクル踊りながら僕の贈った曲をハミングしていた。


− 今の彼女に 言わなくてはならないのか これからの未来を  –




− 彼女の世界はこれだけ明るいのに それに闇を下すようなことを –




僕は、ひとしきり、黙って、悩んだ。言うべきか、言わざるべきか。


その間にも彼女のハミングが僕の心を揺さぶった。


「ヤノ」


ヤノはハミングを止めて、僕を見つめながら


「どうしたの、ホソノ君?」


ヤノの無垢な笑顔を見つめているうちにこぼす様に


「僕は、ヤノと離れて、見失ってしまうのが怖いんだ。」


と呟くと、ヤノは花を握った手をそっと両手であてて


「大丈夫、この花を持っていれば私はどこでもホソノ君を見失わないよ、どこにいたって見つけることができるのだから。」


僕は、それに応えるように精一杯の笑顔を浮かべて


− この 思いは 一生 忘れない –

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