第9話 俺の左目
「あれ……俺……」
「レノ!」
目を開けるとジェイドが俺の腕を掴み、上から覗き込んできた。あ。俺、今ベッドにいるのか。
「レノ、大丈夫?今朝のことは覚えてる?」
「クラウス。レノさんはまだ起きたばかりなんだから、そんなに次々と質問しない方が良いんじゃないの」
「あっ。そうだよね。ごめんね」
心配そうな表情で謝るクラウスの頭を、キルシェさんはポンポンと優しく撫でた。来て早々、俺は皆を心配させてしまったんだな。
「すみません。ご迷惑を……」
「わ、起きなくていいよ!」
「大丈夫だよ。痛みはないし、落ち着いたから」
左目の眼球が無くなったというのに、不思議と最初から痛みは感じなかった。正直まだ混乱はしているが、今朝よりは落ち着いて、状況を考えられるようになった気がする。
「俺ってどれぐらい気を失っていたんだ?」
「時間としては長くないよ。気を失った後すぐに保護魔法をかけて、ジェイドがベッドに運んでって感じだから、大体一時間くらいかな」
クラウスがかけてくれた保護魔法は、これ以上患部が悪化しないようにする魔法、つまり文字通り
「保護魔法はあくまでも保護するだけだから、左目を元に戻すことは出来なくて……」
「……そっか。うん。まあそうだよな」
分かってはいたけれど、言葉にして聞くとやっぱり落ち込む。何故俺の左目は、こんなことになってしまったのだろう。
「……でも、レノの眼球を見つけられれば戻せると思う。僕の魔法なら」
「「え?!」」
恐る恐る言ったクラウスの発言に、俺とジェイドは身を乗り出して驚いた。キルシェも目を見開いて静かに驚いている。
「レノが気を失っている間、そんなこと一言も言っていなかっただろ。本当に方法があるのか?」
「ごめん。ジェイド。確実に治せる保証はないから、レノが目覚めた後に、まずは本人に確認しようと思っていて」
クラウスは今も迷っているのか、下を向き口を噤んでいる。たしかにやっぱり治らなかったとなれば、再び落ち込むかもしれないが、少しでも希望があるなら俺は聞きたい。
「可能性が低くても良いから、教えてもらえるかな」
俺がそう言うと、クラウスは決心したように頷いた。
「うん。まず方法自体はレノの眼球を見つけて、僕が魔法でくっつける。これだけ」
「魔法でくっつけるって、そんなこと出来るのか?」
「難しい魔法だけど、たぶん僕なら出来ると思う」
なんだこの頼もしい青年!もはやその気持ちだけでも嬉しい。
「でも探すって言っても、どこを探せばいいんだろう」
「スティネークを見つければいいと思う。保護魔法をかけたとき、僅かな痕跡が残っていたから」
「スティネーク……?」
スティネークとか痕跡ってなんだ?ジェイドやキルシェはハッとしているから、意味を理解したのだろう。ポカンとしているのは俺だけだ。その様子に気づいたのか、ジェイドはサイドテーブルに置いていた本を開きこちらに向けて広げた。俺が持ってきた魔獣一覧本だ。
「盗みを得意とする蛇のような魔獣だ。この前勉強していた時に、ギルド職員だった頃スティネークには悩まされたと言っていただろう?」
「え!スティネークってあのスティネークか?確かに悩まされたけど、金銀財宝以外を盗むなんて聞いたことがないぞ」
商業ギルドの職員だった頃、スティネークによる商品の盗難騒動が起きて対応に追われたことがある。でも身体の一部を盗むことなんてあるのか?あまりにも予想外な展開に、俺はジェイドに言われるまで同じ魔獣の話だと結びつかなかった。
「実は人が手懐けたスティネークは、指示されたものを何でも盗ってくるようになるんだよね。と言っても、スティネークのテイムは難しいからすごく稀な話だけど」
テイムって魔獣を自分の味方として手懐けるっていうやつだよな。稀とはいえ、あんな泥棒上手みたいな魔獣もテイム出来る人がいるのか。
「でね、これが痕跡だよ」
クラウスは、黒いモヤが入った小瓶を俺に見せた。
「スティネークがものを盗む時、隠蔽効果のある魔力のモヤみたいなものを纏うでしょ。そのモヤがレノの身体にほんの少し付着していたから、採取しておいたんだ」
有能すぎる!そのモヤを手掛かりとしてどう使うのか俺にはわからないけど、とにかく拍手を送りたい。
「クラウス。その小瓶を貸してくれ」
「ん?これを?」
「駄目。クラウス、それはジェイドに渡さないで」
何だ何だ。突然俺以外の三人が、瓶をめぐって揉め出した。揉めている理由が全然わからない。ついていけない俺は一人、キョロキョロと三人を見比べる。
「あの、ごめん。皆どうしたんだ?」
「ジェイドは、一人で犯人を探しに行こうとしているんです。小瓶のモヤと盗んだスティネークは、近付けば反応があるはずですから」
キルシェさんは、小瓶をもつクラウスとジェイドの間に立ちはだかりながら説明してくれた。ジェイドのスキルの影響か、クラウスは今にも手渡しそうな自分の手をぐっと力んで押さえている。
「心配かもしれないけど、堪えて。クラウスとレノさんだけをここに残すわけにはいかないし、ジェイド一人では危険な相手かもしれない」
キルシェの話に対してジェイドも異論はないのか、静かに聞いている。しかし、何かを決心したのか、気まずそうに俯くと小さく呟いた。
「……三人とも、すまない」
眉間にシワを寄せて謝ったジェイドは、瞳を一瞬揺らめかせて俺達三人を見る。
『小瓶を渡して、三人はここで待っていてくれ』
そう言われたキルシェとクラウスは、一度ピクッと小さく身体を振るわせると、言われた通りに動き始めた。え。これってスキルの影響が増大してるのか?
「一人で行っては……駄目」
辛うじて抵抗しようとしているキルシェさんも、手を伸ばすだけで精一杯みたいだ。いや、どうしよう?!まずい、まずい。この状況。
「……っ!ジェイド!」
焦った俺は咄嗟にベッドを抜け出して、ジェイドを呼び止めた。
「レノ……?俺のスキルを使ったのに、動けるのか?」
あれ。本当だ。俺動けるじゃん!
さっきまで縛られた気がしていたけど、もしかして俺にはスキルが効いてないのか?その場の雰囲気に流されてただけ?いや早く気付けよ俺!情けない!
「とにかく、この強力っぽいスキルのこととか、俺も聞きたいことはあるけど、一旦落ち着こうよ。な?」
動けることが分かったので、側に行って俺はジェイドをなだめてみる。しかし、ジェイドは目をそらした。
「もし眼球の行方が分からなくなったらどうする」
「そりゃ嫌だけど、体制は整えるべきだろ?」
「だがその間に、犯人が遠くへ逃げるかもしれない」
「それはジェイドが闇雲に探しても同じだろ?」
「だが……!俺がジェイドを守るって約束したのに……」
ああ。だからこんなに頑ななのか。ジェイドにしては珍しくゴネるなと思っていたけど、責任を感じていたんだな。仲間に誘ってくれた時、俺を守るって言ったことを気にしていたのか。
「ジェイド?心配してくれるのは嬉しいけど、責任を感じなくていいんだよ。悪いのは盗んだヤツで、ジェイドじゃない」
しゅんとするジェイドに俺は話を続ける。
「それに、ジェイドが俺を心配するようにクラウス達もジェイドのことを心配しているんだよ。だからさ、スキルをそんな風に使って、二人を困らせるのは良くないんじゃないかな」
未だにスキルの影響を受けているクラウス達を見て、ジェイドはハッと我に返った。そしてその瞬間、無効化された二人はこちらへ駆け寄ってきた。
「すまない。二人とも」
「大丈夫!ね、キルシェ」
「ああ。気にしなくて良い」
はあ、良かった。このままジェイドに振り切られたら絶対追い付けないし、話で解決出来て安心した。
「でも、これからどうしようか?僕が保護魔法をかけていれば悪化することはないけど、早く見付けたいよね」
「そうだな。小瓶以外の手掛かりも欲しい」
クラウスとジェイドはそう言って考え始めた。キルシェさんも静かに一人目を閉じて熟考している。俺も何か考えないと。手掛かり、何か手掛かり……あ!
「占い
俺がそう言うと、皆ポカンとしてしまった。さすがに占いはまずかったか?
「レノ、占い婆ってなんだ?」
「なんだ。知らなかっただけか。各地にいる占い婆の話って聞いたことがない?」
そこから俺は占い婆の話をした。
占い婆はその名の通り占い師のことで、失せ物や悩み事など様々なことを占ってくれる。よく当たるので皆会いたがるのだが、誰かに紹介してもらう必要があったり、なぜかふと店が現れたりと、その地によって条件は様々で必ず会えるわけではないのだ。
「三の町の占い婆にはどうすれば会えるんだ?」
「ふふん。実は俺、この町の占い婆とはツテがある」
「え!なんでなんで?」
得意気な俺にクラウスが興味津々の目を向けてくるが、勝手に俺はその理由を言えないからなあ。
「ごめんクラウス。今は内緒だ」
「えーっ。気になるよ」
「こら。レノさんを困らせるな」
ムッと拗ねるクラウスの頬を、キルシェさんが軽くつねって止めてくれる。ごめんな、クラウス。
「で、その占い婆はどこに行けば会える?」
「大通りの途中にある狭い裏路地にいるよ。俺と一緒に行けば、自然と見つかるはず」
俺も行くのは久しぶりだけど、たぶん会えるだろう。俺はまだ拗ねているクラウスをなだめながら、四人で裏路地へ向かった。
***
「なんだい、レノ。目でも盗まれたのかい?」
「なっ……!」
占い婆がいる黒い天幕の中に入ろうとすると、内側から声を掛けられた。見ていないのに、目のことも客が俺であることも言い当てちゃうんだもんな。
「レノ、どういうことだ?ここには監視の魔法道具でもあるのか?」
「あははっ。無いよ。占い婆はいつもこんな感じだからね」
ジェイド以外の二人も目を丸くしているが、本当に占い婆の的中率はすごいのだ。知っている俺でも毎回驚かされる。
「じゃ、俺は中に入るから。三人は外で待ってて」
「いや、俺も入る」
天幕内は狭いので一人で入ろうとすると、ジェイドが俺の腕を掴んだ。痛くはないけど、びくともしない。
「ふふっ。よっぽどレノのことが心配なんだね。いいだろう。二人で入っておいで」
なかなか入ってこない俺達を、占い婆は笑って二人とも招き入れてくれた。男二人でぎゅうぎゅうに詰めて座るしかないが、ジェイドはとても満足げだ。
「よく来たね。レノ。とりあえずこれを着けな」
「へ?ああこれは!ありがとうございます」
占い婆は座るなり、俺に眼帯を手渡してくれた。前髪で隠すのも大変だったのでありがたい。
「聞きたいのは眼球のことだろう?それはいずれ戻るから安心しな」
「いずれって、それは」
「ジェイド。待って」
身を乗り出して質問しようとするジェイドを俺は止めた。占い婆がいずれと言うからには、いずれでしかないのだ。それ以上聞いても答えは変わらない。
「ふふ。本当にレノのことが大好きなんだねえ。うちの子にそっくりだ」
うちの子ってそれ、占い婆が飼っているでっかい犬のことだよな。まあたしかに、クールに見えて実は時々子どもっぽいところとか、ちょっと似てるけど……。
「でもそれで良い。そのままレノの側を離れるんじゃないよ。運命の分岐は沢山あるが、互いを手放さなければ大丈夫。二人の関係が、自分自身の幸不幸あるいは一国の命運すら決めてしまうかもしれないからね」
俺達の関係が、一国の命運を?まさかそんなとは思うが、占い婆が言うからにはバカに出来ない。
「それと、ジェイド。双石持ちのモライルの魔石を持っているだろう?貸してごらん」
「え。あ、はい」
ジェイドはまたも言い当てられたことに驚きつつも、言われた通りに魔石を渡した。
「これは二人が初めて一緒に手に入れた魔石だね。一つは黒。もう一つは青色か。少し削ってもいいかい?」
「いいかな?ジェイド」
「ああ。構わない」
俺達が頷くと、占い婆はにこりと笑い、魔石を両手で包んだ。開かれた手のひらには元々手渡したくらいのサイズの魔石が二つと、小さな黒色のピアス、そして青い魔石がついた指輪が乗っている。
「このピアスはジェイド、指輪はレノが着けなさい。それぞれの魔力を補助してくれるはずだよ」
占い婆はそう言いながら俺達にそのアクセサリーを渡し、魔石を返した。さっそく言われた通りに着けてみると、たしかに何かじんわりと魔力が身体をめぐる感覚がある。
「あたしが今出来るのはそれだけさ。じゃあね。また遊びに来るんだよ」
ふふっと笑った占い婆は、いつの間にか天幕ごと消えてしまった。突然俺達が目の前に現れたクラウスとキルシェは、敵だと思ったのか一瞬こちらに向かって身構えた。
「なーんだ、ビックリした。ジェイドとレノか」
「あははっ。驚かせたね。お待たせ」
「で、どうだった?」
「それが実は……」
俺とジェイドは占い婆に言われた話をそのまま伝えた。そして、俺達が離れてはいけないと言われたことも正直に話してみた。離れられないということはつまり、俺がパーティーを抜けられないということだ。
「いいんじゃない?僕はレノが正式に加入するのは賛成だよ」
「え。俺が加入してもいいのか、クラウス?」
「だってレノは強いスキルを使ったジェイドを止めてたでしょ?ずっと探していた人材だし、眼球が見つかるまで、僕も一緒にいた方が良いと思うし」
ね?と、にこにこと笑いながらクラウスは言った。そう言ってもらえるとありがたい。
「私も構わない。最初に言った通り、ジェイドが決めたことに異論はないから」
クラウスのようにニッコリ笑いはしないが、とりあえずキルシェさんも認めてくれた。最初から俺を加入させたがっていたジェイドは、心なしか嬉しそうである。
「じゃ、じゃあえっと……ご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」
こんなに早く正式加入が決まる予定では無かったけれど、良かったのだろうか?俺は自分だけ戦闘能力が低いことをを少し不安に思いながらも、温かく迎えてくれた三人に改めて頭を下げた。
商業ギルドの職員でした 犬海ネイビー @INUTOUMI
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