第8話 クラウスとキルシェ
翌日、俺達は軽く朝食を食べた後
「てっきり、宿屋に泊まってるのかと思ってたよ」
「それも考えたんだが、祭りの影響で長期間の宿泊は、どこも予約が埋まっていてな」
隣国イビックの祭りのことかな。たしかに三の町は国境に面する町だから、祭りの時はここに滞在する人が多くなる。
「でも祭りはもう少し先の話だろ?そんなに長く滞在する予定だったのか?」
「ああ。治療に使えるようなサイズのモライルが、いつ現れてくれるか、分からなかったからな」
なるほど、そういうことか。帰りを待つ仲間からしてみれば、いつジェイドが帰ってくるか分からないわけだし、なるべく長期間滞在できる宿の方が安心だもんな。
「それで結局宿は見つからなくて、一軒家を買った」
「買った?!」
「買ったといっても、町のはずれにある古い家だがな」
まあ本当に古い家だとして年単位で考えれば、宿屋より安く済む可能性はあるけど、普通は簡単に買う発想にはならないよ。冒険者業でそんなに稼いでいるのだろうか?
「ほら、あの緑の屋根の家が今話した家だ」
「え。古いけど綺麗な良い家じゃん。これを買うってすごいな……ってなんかあれ、揉めていないか?」
ジェイドと顔を見合わせて足を早めると、言い合いをしているのは青年と商人らしき人物だとわかった。
「しつこいなあ。いらないってば」
「まあそう言わず。怪我をされた方がいるのでしょう?手軽に栄養がとれるので最適ですよ」
きらびやかな装飾品を纏った商人は、赤く丸い果実を青年に売りたいようだが、何か胡散臭い。
「クラウス」
ジェイドは青年の方に声を掛けた。ブラックグリーンの長い髪を後ろで三つ編みにした青年は、俺達に気付くとパアッと笑顔になった。華奢な感じがするし、彼はジェイドが
「ジェイド!おかえり。そちらの方は?」
「彼は、素材を獲得する時に世話になった人で……」
「ちょーっとお客さん。まだこちらが話の途中なんですが」
俺達が無視して自己紹介タイムに入ろうとすると、商人がぬるっと割り込んできた。クラウスという名の青年は、ムッとして冷たい視線を商人に向ける。
「お客さんになった覚えはないんだけど」
「そんなことおっしゃらず。ね。美味しいですよ」
なかなかしつこい商人だな。それに、あの果実ってリンスターだよな。栄養がとれるのは嘘ではないが、あの押し売りの感じを見るに、おそらく詐偽かぼったくりのパターンだと思う。
「ジェイド、あの商人はどんな感じ?」
俺は青年と商人が揉めている隙に、スキルが有効な相手かどうかジェイドに尋ねた。
「無効だな」
今日まで何度か一緒に過ごしてみて実感したが、ジェイドのスキルは、相手が友好的かそうでないか見分けるためにも使える。
何の嘘をついているかまでは分からないが、ジェイドいわく相手を見れば何となく分かるらしい。波動のような、蜃気楼のような、もやのようなものだとか。
「ありがとう。これで心置きなく追い返せるよ。ってことで、俺がクラウスさん?と変わって、あの商人と話してみてもいいか」
「ああ、頼む」
ジェイドのスキルのおかげでよくない相手だということがハッキリしたので、俺は頭を仕事モードに切り替えて話に割り込んでみる。
「お話し中のところすみません。私にも見せていただけませんか?あまりに美味しそうなので、気になっちゃって」
「勿論。栄養満点!あのウリエル産のリンスターですよ。本当は一個500Gですが……興味を持ってくださったお礼に三個で900G!いかがです?」
げ。その見た目で高すぎるだろ。ウリエル産のリンスターのうち、ブランドものなら500Gを超えるものもあるが、商人が持っているリンスターは鮮やかさに欠ける。おそらく他国産か、ウリエル産だとしてもノーブランド品ってところだろうな。
でも問い詰めるには、まだ証拠が甘い。
「わあ、どうしよう。買っちゃおうかなあ。でもその前に一度、手にとってみてもいいですか?」
「どうぞ、どうぞ!」
いいカモが来たと勘違いした商人は、疑い無く俺にリンスターを手渡してきた。さてさて、まずは産地の確認だけど……あー。やっぱりこれ、ウリエル産の印が無いな。
「どうです?お客さん」
「……どうもこうも、これってウリエル産じゃないですよね」
確実に産地を偽っていることがわかったので、お客さんの振りはもう終わりだ。ぴくっと眉を動かした商人に、俺はにっこり笑顔で圧をかけて詰め寄る。
「それと、取扱い登録証は持ってますか?」
「え。い、いやあ。忘れてきちゃったみたいで」
これもアウトか。ウリエル産のリンスターを販売するためには、専用の登録証が必須且つ携帯していなければいけない。この商人の場合は、反応的に無登録だろうな。
「ジェイド。ちょっとその人見ててもらえる?」
「ああ。わかった」
ジェイドは頷くと、商人の肩をがっしりと掴んだ。これで落ち着いて警備隊を呼べる。違法行為のオンパレードなこの商人を、このまま見逃すわけにはいかないからな。
「クラウスさん。挨拶もまだなのに申し訳ないのですが……玄関に入ってすぐのところに透明の魔鉱石が嵌め込まれた壁とか、柱がありませんか?」
「いえ、こちらこそ!ちょっと待ってくださいね」
碌に自己紹介も出来ていないのに、頼みごとをするのは気が引けたが、クラウスさんは快く手伝ってくれた。ジェイドが言っていた通り話しやすい人で助かる。
「透明の魔鉱石……あっ。ありましたー!」
「そしたら、そこに手を当ててもらえますか?赤く光ったら、手を離していただいて大丈夫です」
これで良し。国境に面する三の町は、警備体制が充実している。クラウスさんに探してもらった魔鉱石もその一つで、手を当てれば警備隊を呼べる魔法道具だ。三の町の住居や施設には、必ず設置されている。
「お、おい。ちょっとあんた、さっきから何を」
「何って、警備隊を呼びました。『登録証の不携帯もしくは無登録での販売』『産地の偽装』『不当な価格での押し売り』ここまで酷いと、もう私の手には負えませんからね」
そう答えると、商人は顔を真っ青にして逃げ出そうとした。が、ジェイドに肩を掴まれているので当然逃げられない。ジェイドに頼んでおいて大正解だ。
「大丈夫ですか!こちらの家から警報器の反応がありましたが」
「あっ。私達が呼びました。この人をお願いします」
やっぱり便利だな。このシステム。少し話している間に、もう警備隊が駆けつけてくれた。俺達は経緯を話して、商人を引き渡す。これで一件落着だ。
「ちょっと、ちょっと!ジェイドってば、凄い人を連れてきたね」
警備隊の背中を見送った後、クラウスさんが興奮気味にジェイドへ話し掛けた。
「そうだろう。レノはすごいんだ」
そして何故かジェイドは得意気である。褒められて嬉しいけど、なんか恥ずかしいな。
「あははっ。私もここまで大事になるとは思っていなかったのですが……それより、自己紹介が遅くなってしまいすみません。レノと言います」
「そうでした!こちらこそすみません。クラウスです。もう一人仲間がいるんですが、今出掛けていて……」
そこからは事の経緯を話して、互いに気軽な口調で話せるくらいに打ち解けることが出来た。クラウスは明るく親しみやすい。なんて良い子なのだろうか。
「ねえレノ。そういえば、どうしてウリエル産じゃないってわかったの?」
もう一人の仲間の帰りを待ちながら家の中でほっと一息ついていると、クラウスが興味津々な様子で聞いてきた。
「見分け方があるんだよ。リンスターの上下をひっくり返して底を見た時、軸を囲む丸い円の模様が二つ入っていたらウリエル産。一つなら別の産地って感じでね」
この見分け方はまだあまり浸透していないので、今日みたいなことが時々起こってしまうらしい。困ったものだ。
――カチャ
「クラウス?帰ったよ」
「あ、キルシェだ。おかえりー!」
どうやら、仲間が帰ってきたらしい。クラウスが走って迎えに行くと、腕を引っ張ってこちらの部屋へ連れてきた。
「ジェイド、おかえり。それと……レノさん?」
「あっ。はい、お邪魔してます」
びっくりした。強い女性だと聞いていたから、どんな人か全く想像がつかなかったけれど、この人めちゃめちゃかっこいい。
無造作にかき上げたダークネイビーの髪は、首がしっかり見えるくらい短く切られていて、中性的なかっこ良さがある。
「クラウスから簡単に話は聞きました。私は
どわーっ。声も中性的で格好いい。絶対女の子にモテるだろうなこの人。
「レノさん?」
「あっ。すみません。ボーッとしてて。何の話でしたっけ?」
キルシェさんのイケメンっぷりに、憧れのような、男として敗北感を感じるような複雑な気持ちになっている間に、話を聞き逃してしまっていた。申し訳ない。
「レノさんの加入の話ですが、私もクラウスも、ジェイドの決断に異論はありません」
「え。そんなにあっさり決めてしまって良いんですか?キルシェさんとはまだ全然お話出来ていないのに」
クラウスとは雑談もしたし、それなりに盛り上がったのでまだわかる。問題はキルシェさんだ。自己紹介と事の経緯ぐらいしか話をしていないのに、即断即決すぎないか?
「ジェイドのスキルとレノさんの関係を考えれば、パーティーに加入してもらうべきだと思います。当然、レノさんが加入したくないと言うのであれば、別ですが」
「加入したくないとは思っていませんけど……」
あっさり許可が下りたのは良いが、キルシェさんは本当にそれで不満は無いのだろうか?嫌悪感は感じないけど、なんか壁を感じるんだよな。
ま、でも会ったばかりだし壁があるのは当然か。
「とりあえず最初の話通り、俺はお試し加入ということにしませんか。今日会ったばかりの関係ですし」
「僕はいいよ!レノにも考える時間が必要だろうし」
「俺も、まあ。正式加入して欲しいとは思うが」
「私も問題ありません」
良かった。お試しなのか正式加入なのかで、然程違いは無いかもしれないけど、精神的には負担が軽くなるからな。例えば、もし仮に誰かがやっぱり合わないと感じた時は、脱退して欲しい旨を伝えやすいだろうし、俺も言いやすい。
とはいえ、具体的にこれからどういう生活になるんだろう。旅の目的はあるのかとか、俺はどんな役割を担えば良いのかとか……。
「レノはそこの部屋を使ってくれ。隣は俺。正面はクラウス。斜め前がキルシェだ」
「うん、わかった。ありがとう」
聞きたいことは色々あるが、キルシェさんとクラウスはこれから怪我の治療を行うらしいので、今日はもう休むことになった。
俺は俺で野営と訓練もしたから疲れているし、ぐっすり眠れそうだ。寝るには少し早いが、もうベッドに入ろう。今後のことはまた落ち着いて決めればいいかと、俺はそっと目を閉じた。
明日の朝、何が起きるとも知らずに……。
***
「……眩し」
もう朝か。部屋に差し込む日の光で目が覚めた俺は、ベッドに寝転んだままぐっと背伸びをして起き上がる。今何時だろう。俺は早起きな方だし、ジェイド達はまだ寝てるかな。
「顔、洗ってこよう」
洗面所が混む前に身支度を済ませた方が良いよな。三の町にも当然、各家庭や施設にライフラインとして魔鉱液が流れているので、蛇口を捻れば水が出る。
「古い家だってジェイドは言ってたけど、水回りも綺麗だよなあ……え……あれ……?」
顔を洗おうと何気なく鏡を見た俺は、絶句した。夢かと思って頬をつまむが、ちゃんと感覚がある。え?どういうこと?
「……目が」
信じられなくて、恐る恐る左目のあたりに手をのばしてみる。
「あっ。レノだー!朝早いね。おはよう」
訳が分からずそのままペタペタと目のまわりを触っていると、クラウスが洗面所にやって来た。
「クラウス。あのさ……」
「ん?」
「これ……俺の顔って、今どうなってる?」
「顔?デキモノなら治すけど……あ……」
顔を見合わせた俺達は、そのまま互いに混乱したのか数秒見つめ合った状態で固まった。
「無い……」
クラウスは固まったまま、小さく呟いた。
「だよな……俺の左目……」
「「……っ……うわああああっ!」」
そこで俺の意識は途絶えた。
俺の左目の眼球が、ぽっかり無くなっていたのだ。
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