第7話 初めての野営

「お邪魔しまーす」


 ご飯に行った翌日、俺は防具店に来ていた。久しぶりに来たけど、全然変わってないなあ。


「おいおい、レノじゃねえか!」

「お久しぶりです!お元気でしたか」


 道具を片手に奥から出てきた強面の親父さん。彼は店主のグスタフさんだ。


「まだまだ元気よ。それよりお前、ダートのせいでフリッジが異動したって本当か?」


 二人は、新人の頃からの長い付き合いらしいが、グスタフさんでさえ異動の話を詳しく知らないのか。

 

「俺もよく知らないのですが……本当です」

「そうか……ダートの野郎め、好き勝手しやがって」


 大きなため息が俺達の間に流れる。それにしても、誰とも言葉を交わす間もなく追い出されたフリッジさんは、今何処にいるのだろうか?

 

「で、レノ。お前は大丈夫なのか」


 不意に、カウンター下にある簡易作業台の掃除を始めたグスタフさんは、ぼそっと俺に質問した。

  

「フリッジに可愛がられていたお前とオリバーは、ダートに目をつけられてんじゃねえのか?」


 視線を合わせず台を拭きながら聞いてくる様子は、テキトーに話しているようにも見えるけど……これ、心配してくれている時のやつだな。グスタフさんは悟られたくないのか、何か気がかりな時に突然掃除を始める癖がある。

 

「実は、俺達どちらも退職しまして」

「はあ?!もう我慢ならねえ!俺がダートをとっちめてやる」


 顔を真っ赤にしたグスタフさんは、腕をまくり店のドアに手を掛けた。


「待って待ってグスタフさん!ダートのせいじゃない……とは言いきれないけど、俺達は自主退職したんです」

「言いきれないってお前、ダートのせいなんだろ?」


 怒りが収まらないのか、グスタフさんは拳を握ったまま俺に問い掛ける。

 

「そうとも言えますけど……とにかく!今日は、いち客として来たんです」

「……客として?」

「はい。だから一度店内で話を」


――カランカラン


 俺が必死に説得していると、入口のドアがベルを鳴らしながら開いた。

 

「ジェイド、いいところに!」

「悪い。待たせたか?」


 店に来たのはジェイドだった。よし、これで話題転換できそうだ。


「全然大丈夫。それより紹介するよ。こちらが昨日話した店主のグスタフさん」


 ジェイドの入店により空気が変わったのをきっかけに、俺はすかさずそれぞれを紹介した。


「それで、この素材を使って……」

 

 そして話題が戻ってしまわないように、続けてモライルの素材を渡す。少々無理矢理話を変えたが、グスタフさんの眉間のシワは消えて、職人の顔つきに戻っている。


「全く。上手く話をすり替えよって。フリッジの愛弟子なだけあるな」

「へへへ」

「ま、話はわかった。一週間後に二人でまた来な。それまでに完成させておこう」

「やった!お願いします」


 毒気が抜けたグスタフさんは、呆れたように笑いながらも注文を受けてくれた。ジェイドのことも気に入ったみたいだし、すぐに冷静になったのは存外スキルが効いたのかもしれないな。


***


「お、似合うじゃねえか!なあ、ジェイド」

「良いですね。レノ、よく似合ってる」


 一週間後、完成した防具を試着した俺は、ジェイド達に褒められて照れに照れまくっていた。正直俺自身も、この濃紺のベストと黒い革のロングブーツは似合っている気がする。

 

「へへっ。ありがとうございます。これ、着心地も最高ですね」


 貧弱なこの身体で、モライルの艶々とした鱗を着こなせるのかと不安だったが、流石グスタフさん。鱗はベースの生地に上手く織りまぜられていて、防御力は高いのに見た目は落ち着いた仕上がりになっている。

 

「それと、そこにある物はサービスだ。リュックは防具代わりにもなるから最初は必ず背負うこと。でも討伐に慣れたら、魔法道具のポーチを新調するんだぞ」

「わ。こんなにたくさん!」

「これは……俺にまでありがとうございます」


 グスタフさんは新たな門出にと言って、ジェイドには大剣を背負うための新しいベルト、俺にはチェンジロッドの穴に嵌め込める火と水の魔石をくれた。


「いいってことよ。それともし、道中フリッジに会ったら教えてくれ。二人も時々顔を見せに来るんだぞ」

「はい。何か分かったら必ず」

「よし、良い面構えだな。気をつけて行ってこい」


 肩を叩かれた俺達は、もう一度お礼を伝えて店を出た。目指すのは、ジェイドの仲間が待っているというアレイアの三の町さんのまちだ。


「荷物ってこんな感じでいいんだよな?」

「ああ。今日はそれで大丈夫だ」


 三の町は、今いる二の町から急ぎ足なら一日で着く距離にある。しかし、今回は俺の訓練と体力を考えて、敢えて途中で野営する予定だ。


「チェンジロッドは、大分扱えるようになったか?」

「一応一通りはな。こんな感じで」


 俺は今日までに、武器や道具の扱いを勉強して練習してきていた。剣や槍等の武器に加えて、覚えた変化を次々とジェイドに披露していく。


「鍋やランタンにもなるんだな」

「うん。想像出来れば大体作れるぞ。ほら」

「おおっ」


 俺が手のひらサイズの馬の置物を作ってみせると、ジェイドは目を輝かせた。その様子が面白かったので他の動物も次々作ると、その度に小さく歓声をあげてくれた。


「でも魔力を体に流すっていうのが、よくわからなくてさ。チェンジロッドが無いと難しいや」

「それは俺が教えよう。まず最初は……」


 その後はジェイドに教えてもらいながら、ひたすら魔獣を倒して身体に覚えさせた。でも結局、チェンジロッド無しで魔力を流すことは出来ないままだ。要練習だな。


「レノ。そろそろ野営の準備をしよう。俺はテントを張るから、食事の準備を頼んでも良いか?」

「うん。さっき捌いた肉で何か作ってみるよ」


 俺は冒険者としては野営初心者だ。しかし、ギルド職員時代に出張で何度も野営したことがあるので、多少はその経験が生かせると思う。ま、当時は護衛付きだったけど。


「下ごしらえは終わったし、先にスープから仕込んでおこうかな」


 道中摘んでおいた野草と、訓練がてら狩ったツノニワトリの骨付き肉を一緒に煮込んで塩コショウを振る。これでとりあえずスープは完成だ。


「あとは一旦火から下ろして……」

「レノ」

「わっ!なんだ、びっくりした。設営おわったのか?」


 スープに蓋をして、煮詰めすぎないように火から下ろしていると、いつの間にか背後にきていたジェイドに声をかけられた。スープとは別に仕込んでいたツノウサギの肉をじっと見ている。


「こっちは終わったが、それはなんだ?」

「これはステーキ用の肉だよ。あとは焼くだけ」


 ずっと見てるけどお腹空いたのかな。だったら、テント設営も終わったみたいだし焼いていくか。


 じゃあまずは鉄板を温めて、と。それから切り分けておいた脂身を軽く延ばしたら、下ごしらえ済みのツノウサギの肉をのせる。


「これ本当便利だなあ。魔力を使う練習にもなるし」


 チェンジロッドに嵌めた火の魔石のおかげで、火加減を調節出来るので野外でも料理が楽チンだ。ちなみに、飲み水も水の魔石のおかげですぐに用意出来てしまう。グスタフさん様様さまさまだ。


「ジェイド、別に隣で見てなくてもいいんだぞ」

「……ああ」


 ジェイドはさっきからずっと、俺の側を離れずにじーっと焼ける肉を見つめている。返事も上の空だし、やっぱりお腹が空いているんだろう。いい匂いを前に『待て』と言われた実家の犬にそっくりだ。


「よーし、焼けたぞ。お待たせ」

「完成か。いい匂いだ。早く食べよう」


 率先してお皿を出すジェイドに、俺はつい口角を上げながら料理をのせていく。スープは今飲む分だけ取り分けたら、火にかけ直す。食事中も冷めないように保温するためだ。


「「いただきます」」


 俺はまずスープを口にした。うんうん。まあこんなものかな。ただ具材を切って火に掛けただけだが、なかなか美味いと思う。じゃあステーキは……お!良い感じに焼けたな。火加減が出来たからか、今までの野営で一番上手に焼けている気がする。


「どうだ、ジェイド。味が薄かったら、そこの塩コショウを使って調節していいからな」


 スープをすくいながら何気なくジェイドに声を掛けると、ちょうど黙々とステーキを口に運んでいるところだった。


「レノ!これ、なんでこんなに美味いんだ」

「ふふん。いつものツノウサギより美味いか?」

「ああ、美味い!いつも自分達で作る時と全然違うぞ」


 期待通りの反応に俺が気を良くしながら尋ねると、興奮気味にジェイドは答えた。

 

「口に合って良かった。俺が今調理したツノウサギのステーキは、ロイリアの葉をすりこんで焼いたからな。肉の臭みが消えて、より食べやすくなってるんだよ」


『ツノ』から始まる名前の魔獣は、比較的食べやすいものが殆どなので、焼くだけでも悪くはない。でも、今回のようなちょっとした一手間で、更に美味しくなるんだよな。


「スープも良い香りだし、レノは料理も出来るんだな」

「簡単な料理だけな。自炊生活が長いし、実家でも仕込まれたから」


 昔は凝った料理も作っていたけれど、面倒なので普段は簡単で美味い料理しか作っていない。

  

「実家か……レノの実家はアレイアにあるのか?」

「いや、スパイスナだよ」

「なるほど食の都か。だから料理が得意なんだな」

「あはは。確かにスパイスナは食の都だって言われている国だけど、俺は別に得意ってほどじゃないよ。こんな簡単な料理で威張ったら、たぶん親に怒られる」


 両親は簡単な料理にも肯定的なタイプだが、俺がいつもそういったものばかり作っていると、ちくちく小言を言ってくる。他人なら気にならないのに、親子だからか俺に関してはつい気になってしまうらしい。


「両親とは仲が良いのか?」

「まあ、良いんじゃないかな。ジェイドは?」

「俺はあまり良いとは言えないな。家を出てくる時も、言い合いになってそのままだ」


 ジェイドは俯いてそう言った。怒っているというよりも、寂しげな感じがする。


「んー。じゃあさ一緒にきた仲間は元々友達なのか?」

「そうだな。友達というか幼馴染だと言えると思う」

「幼馴染みか。二人いるんだろ。どんな人達なんだ?」

 

 そういえば、仲間について特に聞いていなかったことを思い出した。これから会うんだし、事前にどんな感じの人なのか知っておきたい。 


「一人は格闘役モンクで、年は俺の一つ上だ。面倒見の良い姉のような人だよ」

「そうなんだ。その人はやっぱり強いのか?」

「ああ。素手で勝負したら、俺は五分五分でしか勝てないぐらい強いな」


 ジェイドが五分五分って滅茶苦茶強いな。しかも姉のような、ってことは女性か。どんな人なのだろうか。


「もう一人は?回復役ヒーラーだっけ」

「ああ。俺の一つ下なんだが魔法の技術力が高くて、怪我をする度に何度も世話になっている」

「一つ下ってことは24才か。性格はどんな感じ?」

「人懐っこくて話しやすい感じだな。レノとも、すぐに仲良くなれるはずだ」

 

 話しやすそうな回復役っていうのはありがたいな。ただでさえお試し加入の身で気を遣うのに、無愛想な回復役だと、万が一の時に治療や回復を頼みづらくなるし。


「俺にはもったいないぐらい良い仲間だ。二人がいなければ、昔もこの旅も俺はもっと孤独だったと思う」

「そっか。大事な友であり仲間なんだな」

「ああ。レノもな」


 ……なっ。薄々思っていたがジェイドって、照れ臭いことをサラっと言っちゃえる人だよな。『モライルを腹一杯食べたかった』とか変なところで恥ずかしがるくせに。

 

「ははっ。嬉しいよ。でもこの流れで名前を出されるのは申し訳無いな。幼馴染の二人も気を悪くすると思うぞ」

 

 俺が二人の立場であれば、出会ってたった数週間の人間と並べて名前を出されるなんて、いい気はしない。俺なら正直嫉妬する。

 

「そうか?レノの存在は、二人にとっても衝撃的だろうし喜ぶと思うが」

 

 それは、スキルが有効なのに意見も出来る存在という意味だろうか。

 

「まあジェイドはそうかもしれないけど」

「賭けても良いぞ」


 え、ジェイドって賭けとかそういうこと言うんだ。なんか意外だな。

  

「よし、何を賭ける?」

「食事がいい。一食分、相手にすること。作るか買うかは自由で。どうだ?」

「いいね。受けて立とう!」


 ふふんと俺が口角を上げると、ジェイドも勝利を確信したような顔で小さく笑った。

 

 それにしても、ジェイドってわりと丁寧な言葉づかいをするよな。『飯を奢る』とか言わないし。『』って言い方も、何も可笑しなことではないのだが、なんとなく可愛げのある言葉選びでじわじわくる。


「飯を奢るって言い方はしないんだよなあ」

「ん?どうかしたか」 

「いや、なんでもないよ」 


 ジェイドなら言っても気にしない気はするが、今のままでいて欲しいので、一応黙っておこうかな。

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