友も渡す本の誤り 狂狼の友達

 僕は一生の中で一度だけ大きな間違いを犯したことがある。それも一番やってはいけないことだった。特にこのボーイズラブを嗜む界隈では自ら愛するのは広く愛されていた。だが、多くの者がそれを第三者に読ませ、広める。つまり、意図的に沼らせるのは良くないという考えが広く知れ渡っていた。なので、僕もこの趣味を僕だけの秘密にしようとしていた。例え警察に尋問されようと、固く口を閉ざすほど重大なことであった。なのに、何故だろうか。そう決意していたことほど間違いが起きやすい。僕はやってしまった。よりにも一番その界隈を知らないであろう、無垢な親友を染まらせてしまった。それを今でも後悔している。ここでその名を明らかにするのは、相手が許可している訳ではないので、伏せるが本当に僕はやってしまった。今でも思い出す度に口からは大きな溜め息が出る。過去に戻れる能力があったなら、今すぐにでもそれを是非とも直したい。

 事の発端は今でも忘れることがない。その友達が風邪と聞き、僕は見舞いのために彼に多少は楽しめるだろう、と本を家まで渡しに行った。僕は自室に彼のために渡す本と好んで読む本を置いていた。二つとも同じブックカバーをかけていたのがそもそも間違っていた。僕は浅はかにも、中身を確認せずに適当に合っていると思う方を手に取った。それが最大の過ちだった。幾ら風邪だろうと友達からそのような過激な物を渡されて、戸惑わない人がいる訳がなかった。結果として僕は悲しくも彼の新しい扉を開いてしまった。僕が百パーセント悪いんだが、彼には聞きたい。何故おかしいと思って読むのを止めなかったのか。何故最後まで読み、楽しんでしまったのか。何故僕は性癖が出まくっている一番好みの作品を渡してしまったのか。同じ趣味の友達は欲しかったが、こういう事故で出来て欲しくはなかった。

 この僕の体験を聞いて笑う人も多いと思うが、僕は誰よりも気不味かった。特に風邪が治ったと思った友達の最初の言葉が、その本の感想を嫌でもかと言われると。最初は風邪が完全に治っておらず頭がおかしくなったと思った。だが、その作品を誰よりも愛している僕にはすぐに理解出来た。その作品のことを語っていると。僕は思考停止してから、急いでその友達の口を防いだ。彼はとても不思議そうに無垢な瞳を向けていたが、もう口から吐かれるのはドス黒いボーイズラブの世界だった。僕は自分自身を恨みたくなった。何故もっと温かい優しくて健全で全年齢対象のボーイズラブを読んでいなかったのか。何故こんな困った性癖を持つようになったのか。

 最初は僕も普通だった。宣伝で現れるヤバそうな漫画はムカつきながら、消していた。なのに、いつだろうか僕はそういうのを見るようになっていた。やはり好奇心なのだろうか。それともこれ自体が僕の罪なのだろうか。僕は誰にもそのような物で発散していると知られたくなかった。だから買うことはなかった。使ったのがインターネットだった。だが、この時僕はインターネットの海の深さを知らなかった。それが底がないと言えるほど深く、僕はすっかりプール一杯に入ったチーズに放り込まれるネズミと同じだった。

 それで多くのジャンルに出会うようになり、僕は知ってしまった。特に主人公が痛め付けられる系が好きだと。心が痛くなるのが好きだと。ただ僕がそう痛くされたい訳でも、誰かを痛め付けたい訳ではなかった。そして、親のおつかいで得た金を少しずつ貯めながらやって手に入れたのが、元凶の本であった。慎重な僕はインターネットで一番好きだった作品が、実は書籍化されていると知り、最初に買う記念の本はそれを選んだ。それだなら個人的に素晴らしい話で終わったのに、今ではトラウマにもなっていた。

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銀の花 影冬樹 @kagefuyuki

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