本を捨て黒狼を得る セイン・シルヴィス

 セインはクローゼットの奥に手を伸ばすと、隠していた一冊の本を取り出した。表紙にはセインの手書きで「ゼドの取扱説明書」と書かれていた。それを見るとセインは口角を上げてしまい、急いで口元に手を当てた。色が少しだけ褪せ始めているとしても、セインははっきりと書いた時のことを覚えていた。まだゼドが銀狼隊に馴染めていなく、いつも硬かった。それが今では別人のようになっていた。だが、セインは知っていた。それが本当のゼドで、ゼドは始めから心優しい青年だった、と。

「……懐かしいなぁ」

 セインはそれを手に取るとベッドに静かに腰かけた。枕を背中のクッションにするとセインは、ベッドに足を伸ばした。そのままその本に惹きつけられるように、ページを捲った。


ゼドの取扱説明書


ゼドとは 

 ゼドとはゼド・クロスネフのことである。闇夜のように美しい黒髪に、宝石のように輝く翡翠色の瞳を持つ青年。銀狼隊の黒狼としてこれから活躍することが期待されている、若いホープである。現在は副隊長として日々仕事を全力で熟している。ぶっきらぼうに見えるが、本当は隊員思いである。猫舌でポップコーンを好む。野良猫に触ろうとはしないが、非常に気にかけていることが視線から分かる。ただ一方で自らのことを大切にしようとしないので、それは気にかける必要がある。是非、銀狼隊が一丸となり生きる楽しさについて、教えていきたい。


私服の着せ方 

 ゼドは軍属なので私服を一着も持っていない。なので、着慣れてない私服を着て欲しい時は戦略的に動くことが求められる。この場合、協力者がいることが重要である。簡単な方法は手が滑った、と軍服に水をかけることである。この時、可能な限り被害が少ない場所を選ぶ必要がある。そして、すかさずたまたま持っていた着替えの私服を渡す。もし乗り気でない場合は、風邪を引いて欲しくないからと、そっと言えば大体仕方ないと言わないばかりに頷いてくれる。ただそこで堂々と着替えるのはよろしくない。隊長室という、限られた人しか入ってこれないことに何度も感謝した。


食事の誘い方 

 ゼドは一緒に食事に誘うのが食堂だとしても、難しい。それは他者との交流を拒むという点もあるが、他には好き嫌いが激しいからである。ただ良く見ていない場合、しっかりと食事を取っているか分からない。なのでさり気なく隊長命令で全隊員で食べることにする。そうすることで、ゼドも一緒に食べてくれる。一見無愛想には見えるが、横顔を見てると口角を少しだけ上げているのが分かる。ただ見過ぎていると睨まれるので注意。


入隊記念日 

 ゼドには誕生日がないため、入隊記念日の六月六日を誕生日としている。隊員にも多少はこのことを周知させる必要がある。もし少しでもゼドの居心地が悪くなると、銀狼隊を離れてしまう可能性がある。それだけは何としてもでも防ぎたい。


 その横にはメモとして、他の隊員の誕生日がいつであるかが羅列されていた。隊長、十二月二五日。ギール、四月九日。フェルベル、四月二九日。ノラット、九月七日。セインは読みたい所だけに目を通すと、取り出したペンでフェルベル・イエダスの文字に横線を引いた。列に新たに「イシャル・ベニトス、二月十四日」、「セイン二世・ギンロウ、十月九日」と付け足した。そして、ゼド・クロスネフの文字を優しく指でなぞった。

「君の本当の誕生日を忘れる訳ないじゃないか。九月十日。これで年に二度。いや、入隊記念日を入れると三度も君を祝える。……でも、記念日じゃないとしても僕らはいつまでも君を祝福しているよ」

 と、セインは笑みを浮かべながら本を閉じた。

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